EP03 自作自演

「あ、天峯さん」

「……お、また会ったね」振り返りもせずに、天峯は答えた。声色から驚いた様子は無く、先程の会話から続くような口ぶりだった。


 全く動揺を見せない姿に、カエデは警戒を強める。


「ここは……何?」

「んー、学校が、なんか光輝くスーパー視聴覚室を作りたいって思って作った部屋、らしいよ」

「そんなはずないでしょ。この濃い感じ、普通の人は入れないはず…」

「うん、入れないし、そもそも気付けない。エーテルを感じ取れるのは、魔法少女くらいだよね」


 カエデは両肩を掴むようにして震えた。

 全身をぬるっと舐められるような濃いエーテルの感覚。

 エーテルに耐性が無ければ、10秒も持たずに気絶してしまうだろう。


 パンパンっ、と手にこびりついた何かをはたき落しながら、キララは立ち上がると、真っ直ぐにカエデを見やった。


「知ってたの?」カエデは天峯の鋭い視線から目を逸らしつつ聞いた。

「いや全然。さっき教室で私だって! と手にエーテルを集中させていたから、もしかしたら〜って思って!」


 ──やはり見られていた。

 先程、手のひらにエーテルを集めた際、僅かに光っていた。ただ、普通の人間に目撃されたとしても、スマホの画面が光ったのを見間違えた? と勘違いし、気にも留めないだろう。

 しかし、エーテル感知が可能な魔法少女であれば、それがエーテルを活性化させた光だと理解できる。


 まるで挨拶を交わすように、キララは右手を青白く光らせた。


「その色。……へぇ、エリアルって天峯さんだったんだ」カエデは動揺を押し隠すように答えた。

「そうなの?」

「今光らせでしょ」

「うわ!? ホントだ、何か光ってる」


 ふざけるキララに近づこうとした瞬間、キララの背後に何かが蠢くのを見て後ずさった。


「ってか……ちょっと、その足の間にいるのは……」

「え、何もいないよ!」


 クスッと笑みを浮かべながら、キララは両足の踵をつけて背後に居る何かを隠そうとする。だが、大きくて無骨なハサミのような何かが、モゾモゾと足の間から伸びた。

 カチンカチンっ、と獲物を狙うかのように打ち鳴らし、その音が大きく反響する。

 じっとキララを睨みつけると、観念したかのようなに舌を出した。


「もう出てきたちゃダメだって。あはは、ラン、ランララ、ランランラン……まだ、何も悪いことしていないのに!」

「まさか、ここで……育ててるの?」

「お腹空かして可哀想だったから、餌をあげてるだけ」

「……虫一匹であんなにビビってたのに」

「このくらい大きいとエビとかカニみたいで逆に平気じゃない? ほら、結構可愛くてさ。エーテルを込めた石とかむしゃむしゃ食べる」


 足の間からぬるりと這い出たその異型の生物に、カエデは片足を下げ、重心を落として構えた。

 芋虫を巨大化させたような姿だったが、頭部と思われる部分は厚い装甲のような皮膚に覆われている。ただ、芋虫のように小さな足は無く、代わりと言わんばかりに3本のハサミのついた腕と、尻尾の先端が花の蕾のように膨らんでいた。


「大丈夫大丈夫。ここはエーテルが濃いからこれ以上大きくならない。でも、外に出しちゃうと、エーテルが薄いからか知らんけど、一気に巨大化しちゃうんだよね」

「待って……え、どういうこと? ってか、どうしてそんなこと知ってるの?」

「そりゃ、何度も試したから」


 カエデは絶句した。

 恐怖と怒りが入り混じったカエデの表情に、キララはむっと頬を膨らませて喚く。


「怖い顔しないで。魔法少女が活躍するためには仕方ないじゃん。怪獣がいないと、あたしたちの存在意義って無いじゃん」


 ──それはそう。確かにその通り。

 巨大生物が姿を消してから、ヒーローのように扱われていた魔法少女は、疎まれる存在に変化した歴史があった。

 その歴史故に、魔法少女は人々から隠れて生きる道を選択した。

 カエデが納得した瞬間、キララは足元で蠢くそれに手をかざした。

 一瞬青色の光に包まれた瞬間、部屋全体が煌々と輝いた。

 あまりの眩しさにカエデは何も見えなくなる。


「天峯さん!?」


 キララと生物の姿が消えていた。


 どぉおおおんっ!!


 地響きが部屋を揺らした。

 慌てて外に飛び出すと、巨大生物の唸り声が響き渡る。

 一見サソリのような風貌だが、顔と思われる箇所から3本も巨大な鋏のついた腕が伸びている。持ち上がった尻尾の先端には、花の蕾のようなシルエットが浮かび、その尻尾と3本の腕を振り回して暴れようとしていた。


「全部、自作自演ってこと……」

「違う違う。戦うのはマジだって。別に街を襲え! って命令してないし、そもそもできない。あいつら勝手に暴れて街を破壊し、か弱い人間に襲いかかるから、あたしが討伐しているんだ」


 カエデが独り言を呟いた瞬間、いつの間にか背後に立っていたキララは口を尖らせて反論する。


「討伐って、それまでに街が襲われて、誰かが瓦礫の下敷きにでもなったらどうする気?」

「そーならないために、魔法少女が存在する」


 ふぁ、と欠伸を一つして、キララは巨大生物を見やる。吊られて、カエデも。

 逃げ惑う人々の悲鳴が二人の下まで聞こえてくる。


「……行かないの?」

「行きたいのは山々なんだけど、今日は生理休暇。お腹痛すぎて動けません。残念無念また来週」

「はぁ!? じゃあどうして怪獣を街に放ったのよ」

「お手並み拝見するため」


 片手を巨大生物に向けて、キララは不敵な笑みを浮かべた。


「告発するから。全部終わったら、あんたが怪獣を育てて街に放っているって。自作自演、騙されるなって」カエデは吐き捨てるように口にする。



// 続く

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