EP02 怪獣育成中



 突如復活した魔法少女の映像は、瞬く間に再生数を伸ばした。

 2回目、3回目の巨大生物の来襲に対しても、魔法少女は果敢に挑み、余裕の笑みを浮かべながら撃破する。

 その可憐で威風堂々した姿に、人々は熱狂していた。


「はぁ……」


 大歓声を浴びながら手を振る魔法少女を、ため息をつきながら一人の女子高校生──欅カエデは眺めていた。


「私だって……」


 そこまで言葉にしながら、後が続かない。

 スマホから片手を離し、そっと手のひらを見やる。

 指先から溢れるエーテルの流れを感知し、形をイメージしながら集中させて──。


「私だって、何?」

「え? あっ!?」


 声をかけられ、カエデは思わず仰け反る。背もたれに体重が一気にかかり、そのままゆっくりと背後に倒れ──。


「おっと、危ない!」


 傾きかけたところで、その声をかけてきた女子高校生は反射的に移動し、カエデの椅子を押さえ込んだ。


「あ、ありがと──天峯さん」

「ごめんね、驚かせちゃって」


 笑みを浮かべながらその女子高校生──天峯(あまみね)キララはそう答えた。

 カエデと同じクラスの生徒だった。

 全く悪びれた様子は無いが、その余裕たっぷりの笑みと整った顔立ちに何でも許してしまうような圧力を覚えた。

 教室にはカエデ一人のはずであったが、いつの間にか隣にキララが立っていたのだ。


「何見てたの? あっ、エリアルじゃん」


 カエデが答えるよりも先に口を開いた。

 ──魔法少女は自身の名をエリアルと宣言したので、巷では魔法少女エリアルの名前で呼ばれていた。


「エリアルのファンなの?」

「ファンって程じゃないけど」

「じゃあ、もしかして怪獣に興味あり?」

「ないでしょ。グロすぎ」

「ね! こんなの戦えるエリアルありえないよね。あたしなんて虫が入ってきた程度でビビっちゃうし」


 その言葉に、カエデは先日の休み時間を思い出した。


 ──そういえば、この前の教室で大きな蜂がブンブンと音を鳴らしながら飛んでいた。女子は悲鳴を上げ、特に天峯さんは大きな声で喚いた。すると、その声を合図に男子たちがバットやラケットやサッカーボールを片手に立ち向かう。虫一匹にピーピー大袈裟に鳴いてんじゃねーよ、とさっきまで一緒に逃げていた女子は若干白けていたけど、それが許されるだけの愛嬌と愛らしさと美貌を天峯さんは携えていた。


「でも全部動画見てんじゃん。やっぱ好きなんでしょ」

「まぁ、応援はしてるけど」

「わかる。あたしも!」

「へぇ、意外」

「こー見えて昔っから魔法少女とか好きなんで。それに…ほら、この動画見た? 瓦礫に潰されそうになった子供を助けたのマジで感動したよね? エリアルが瓦礫ぶっ飛ばして子供を両親も下に連れてって、顔がイカついおっさんが号泣しながら我が子と抱き合って、あーもう思い出すだけで泣いちゃう」


 キララは二重でまつ毛の長い大きな瞳に涙の幕を煌めかせ、その光景を脳内で反芻させるようにうっとりとした表情で惚けている。

 キララは教室内はもちろん、学年でも1、2を争う超美少女。

 緩く広がる長髪は明るく染められ、小顔に整った顔立ち、華奢な体躯は女子の羨望の的だった。

 クラスカーストの上位グループに君臨し、普段愉快にケラケラ笑っている普段のキララからは想像もできない姿にカエデは驚きつつも警戒していた。

 なぜなら、嬉々として語りながらも、その実カエデの反応を観察しているからだ。

 不審に思いつつ、時計を眺めるとそろそろバスが到着する時間だった。


「ごめん、もうバスが来るから帰るね」

「え〜もっとエリアルについて語ろうよ。魔法少女語れる人ってあたしの周りにいないんだよね」

「別に私も語れる程詳しくないから」

「えーなんか好きそうなのに」

「は?」

「え? 顔こわっ! あ、違う違うっ! チーチー鳴きながらキショいホモ動画見てそう……とかそういう意味じゃないから! だって欅さん可愛いし、自分の素材の良さを理解しつつそれに驕らす可愛いからホント尊敬してる。ぜんっぜんオタクっぽくないから。地雷メイク可愛いし、髪のインナカラーもチラッと見える度に毎回いいなぁ〜って思う。まぁそのダルメシアンっぽいシロクロのクマはちょっとアレだけど……」


 カバンに吊るされたゆるキャラの人形を指差して言う。


「おい、この子が一番可愛いでしょ」

「そうだね、趣向は人それぞれ。でね、あたしが言いたいのは、なんか実は魔法少女とか好きなんじゃないのかな〜と思っただけ」

「だから、そんなに興味無いから。

「ホント?」

「ホント」

「実は……欅さんがエリアルだったりしない?」

「こんなひらひらした格好、無理」

「え、可愛いじゃん」

「趣味じゃない。ってか乗り遅れたらまた待つのダルいから。また明日──」

「はぁ、じゃあねーバイバーイ」


 教室を後にして階段を降りていると、カエデの全身をざらりと削るような不快感を覚えた。

 この感触……。

 下駄箱から靴に履き替え、校舎の外に出る。

 学校の外から──ではなかった。高校の敷地内から、あの感触──最近巨大生物が現れた時に感じる、エーテルの乱れをカエデは感じ取った。


 カエデは意を決して、そのエーテルが乱れている場所を目指して進む。

 新校舎と旧校舎がぴたりと重なった箇所に、人一人が入り込めるだけの隙間があった。

 ぞわっと、冷気を浴びるような不快感。

 その隙間の先から、違和感が漏れ出るようにエーテルが揺らいでいた。

 躊躇するも、カエデはその隙間に体を滑り込ませた。

 2メートル程進むと、すぐに壁が見えた。

 何も無い? と思った瞬間、鳥肌が総毛立った。

 なぜなら、壁にエーテルの歪みが大きな穴を開けていたからだ。

 常人では感じ取ることはもちろん、知覚することもできない。それ故に、ここまで大きな状態で残っていたのだろう。


 カエデは、まるで何かに導かれるかのように、その穴に入った。

 途端に、真っ白な光が目に突き刺さる。片手で目元を隠しつつ、そっと周りを観察した。

 外は夕焼け空だったはずなのに、純白の光が広がっている。

 洞穴のようだったが、壁はびっしりと宝石のような物質で覆われ、それが眩しく発光していた。


「なに…これ……」


 ……パキッ…かちゃ……


 奥の方から音が聞こえた。

 カエデは左手の肘を右手で掴みながら、その通路をゆっくり進んだ。

 すると、大きく開けた部屋に出た。

 天井まで10メートル程あり、壁一面が宝石のような物質に覆われた異様な空間。校舎の中にこのような空間があるとは思えず、あの穴から異空間に繋がっているのでは? とカエデは推察していた。


 その隅に──「よしよし、たくさん食べるんだぞ〜」と天峯キララがしゃがみ込んで何かに語りかけていた。



// 続く

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