魔法少女として活躍するために怪獣を街に放って自作自演する魔法少女の私

八澤

EP01 エリアルと私

 サイレンの音が弱々しく鳴っていた。

 凄まじい地響きの後、ビルのガラスが一斉に割れた。

 逃げ惑う人々の喧騒を嘲笑うかのように、空間を揺るがす咆哮が轟いた。


 ずしん、ずしんッ、と足音を鳴らしながら異形の巨大生物が街中を練り歩く。

 大きい。

 エビを一際グロテスクにしたような風貌だった。

 ハサミは無いが、その代わりと言わんばかりに無数の触手が体の至るところから伸びていた。触手が付着すると、コンクリートや金属が異様な臭いを漂わせながら溶ける。

 ビルよりも頭一つ巨大な体躯。

 巨大な足が持ち上がり、地面を強く踏み締める──ただ歩行するだけで、地響きが建造物を揺るがし、人々に深い絶望と抗いようのない恐怖を植え付ける。


「あっ! 待ってぇ、ママ……ママ〜っ!」


 逃げ惑う人々の集団から振り落とされるように、幼い女の子が転んだ。

 手を繋いでいたはずの母親は必死の形相で振り返るも、逃げ惑う人の波に押し流されて戻れない。


 ──女の子を巨大な影が覆い尽くす。


 恐る恐る振り返ると、巨大生物の姿が映り込む。その顔──と思われる部分に無数にこびりついた目玉が、じっと女の子を見つめていた。

 感情の一切籠っていない視線が女の子に突き刺さる。

 ゾワっと、体を這うような恐怖感に声も出せない。

 その瞬間、巨大生物の体から伸びる無数の触手が、女の子に向かって襲いかかった。

 

 ──キィンっ


 無数の触手は光に揉まれながら宙に弾けた。

 眩しい光に、思わず顔を覆っていた女の子の頭を優しく撫でる手の感触。

 そっと目を開くと──。


「もう大丈夫。おねえちゃんが来たから」


 鮮やかなブルーライトに包まれた一人の少女が、女の子の前に立っていた。

 右手から剣の形に伸びる光を携え、その煌々とした姿に女の子は釘付けとなる。

 背中からも羽のように光が集まっている。

 光が衣服のように体を包み、まるで少女の感情に沿うようにゆったりと揺れた。


「て……てんし、さん?」


 思わず女の子が呟くと、その少女はにっこりと笑みを浮かべて口を開く。


「ふふっ。違うよ。私は……そう、魔法少女──エリアル」


 宙に散らばっていた無数の触手が、再びうねりながら迫り来る。

 今度は女の子ではなく、魔法少女エリアルを狙って。

 四方八方から迫り来る触手は、エリアルが立っていた場所で絡み合った。

 ぐしゅぅ……と煙を漂わせながら溶解液が迸る。

 だが、そこにエリアルの姿はなかった。

 巨大生物は無数の視線を辺りに散らし、エリアルの姿を捜索する。

 

「はい、お母さん。今度はしっかりと手を繋いであげてね」

「あ、あ、……ありがとう、ありがとう、ありがとうございますぅ!!」

「ママっ!」


 ──先ほど触手が宙に広がった瞬間、エリアルは女の子を抱き上げると、触手が襲いかかるよりも先に移動し、母親の下に女の子を届けたのだった。

 

 号泣しながら抱き合う親子。

 その姿を、

 エリアルは、

 愛おしげに眺めていた。


「さて、と……」


 エリアルは振り返ると、再び大きく跳躍した。

 まるで空を駆けるように一直線に巨大生物へと突き進む。

 巨大生物はエリアルを発見すると、触手を打ち付ける。が、エリアルはひらりと躱し、すれ違いざまに触手を切り裂いた。

 右腕から伸びる光の影が、刃となって触手を切断する。

 負けじと巨大生物は触手の数を増やすが、エリアルは軽々と潜り抜けた。

 疾い。

 まるで舞っているかのように美しい。

 青い光が空中にラインを描いた。

 恐怖で慄いていた人々はエリアルの姿に見惚れていた。


 ──巨大生物は恐怖していた。


 自身の100分の1にも満たない大きさのエリアルの進行を止めることができない。

 自慢の触手はバラバラに切り裂かれ、なすすべなくエリアルの接近を許している。

 それでも巨大生物は唸りながら体をしならせて、エリアルに全身を打ち付けようと跳躍した。巨体の優劣を生かし、エリアルを押し潰そうと最後の反撃である。

 瞬間、エリアルも飛んだ。

 弾丸が放たれたかのように、エリアルは空を翔ける。

 光の線が空に広がった後に、上下真っ二つに分断された巨大生物の姿があった。

 巨大生物は地面に落下すると、痙攣しながら泡となって体が溶けていく。


 タンっ、とエリアルは着地する。

 笑顔で。

 一瞬の間を置いて、エリアルを見守っていた人々から地を揺るがすような大歓声が響いた。

 エリアルは余裕の笑みを浮かべながら、その声に対して片手をあげて応えていた。


☆★

魔法少女として活躍するために

怪獣を街に放って

自作自演する

魔法少女の私

☆★


「……すごいなぁ」


 とある高校の教室。

 時刻は、放課後。

 夕焼けの光が差し込む教室の片隅で、一人の少女はスマホに映る──先日突如として街に現れた巨大生物を葬ったエリアルの姿に感嘆のため息をついていた。



// 続く

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