第23話 旧友(断片/人間関係)

 今日古い友人に会った。

 僕が勤務する図書館で、勤務時間の終り頃だ。

 オレンジ色の濃くなった西日が入る頃、書架を巡っていると僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 振り返ると、背の高い男がそこにいた。正直言って何者なのかを思い出すことが瞬時にできず、その男の顔を目をさらにして見つめることになった。僕の解答として高校時代のM君の名を思い浮かべたが、しびれを切らしたのか彼は自分から実名を名乗ったので、M君の名を話さなくて非常に安堵した。

 彼とは小中学校で同じだった。正確には高校も一緒だったようだが記憶が一切ない。文理別れ部活動もお互い全く違うものを選んだため接点がゼロだったので、僕が持つ彼に関する記憶は中学時代で止まっていた。

 おかっぱ頭の朴訥な印象だった友人は今や僕より頭ひとつ分は高い背丈になっており、うっすらと茶色に染めたロングヘアー、アゴヒゲ、サーファー風のTシャツにハーフパンツなんかがワイルドさを醸し出していた。首には麻紐で造られたクリスタルのネックレスがかけられている。

 彼は僕を見るなり笑みを口に含んでいるようだった。それがこちらに気付かれないように顔を背け、左肩の位置でくすくすと押し殺したような殺した声を立てている。

「今何をしてるの」

 彼は言った。顔にはにや付いた笑みを浮かべている。嘲笑か、それとも再開に喜ぶ笑みかは検討してみるまでも無かった。

「図書館で働いているよ。臨時(職員)だけど」

 僕はあまり大きくない声で言った。その自信のなさに何か面白さでも感じたのか、彼はさっきの左肩での笑いをもう一度した。

 彼の態度にあまり良い感情を覚えていなかったとはいえ、そこまで悪い気がしなかった。というのは、僕もお互い様で彼に嘲りの気持ちが全く無い訳ではなかったからだ。サーファー風のファッションが全く似合っていなかった。せっかく伸ばしたと思われるロングヘアーも少し小麦色に焼けた肌も、彫りの深いタイプの者がやれば様になるが、彼のような扁平で凹凸にかける顔面の持ち主がやっては、小汚いという印象しか残らなかった。

「似合ってないね、それ」という言葉を飲み込み、僕も嘲笑の笑みが外にこぼれていないか気を使っていた。

 今度は友人が自分の上京を語り始めた。

「東京にいるんだけど」ココで彼は一拍置いた。どうやら東京にいることを強調したかったのだろう。「こんど親の仕事を継ぐことになって」地元に帰ってくる旨を告げた。

「福祉関係だよね」僕は言った。叔母は彼の母親と知り合いなので、彼の情報はちょくちょく入ってきていた。こういうと、知っていたことが意外そうに、「そうだよ」と答えた。

「じゃあ、近いうち飲みましょう」彼は投げやりな口調で言った。

「ここに、図書館にいるので、いつでもこえかけて」と僕が何故か得意げに言うと、彼はまた肩で笑い始めた。

 僕は仕事が残っていたので、足早にその場を去ったものの、心はまだそこにあったようだ。

 帰り道、僕は彼に無くて僕に無いものを頭の中で決済していた。もちろん彼のことは何一つ分からないので憶測のみで作られているイメージだが。

 僕は哲学をかじったし、ロックにも詳しい。

 そんな馬鹿げたことを誇りにしている自分に気がついた。それはそれ、ひとに誇れるようなことではない。そんなことで自信をえたって結局は幻想なのだ。

 それより、無理やり自分を彼より価値の高いものだなんて考えることは、とても疲れるし下らないことではないだろうか。

 僕は僕のままでいいのだ。それだけ素晴らしいとデヴィットボウイが歌詞の中で言ってたので多分真実だ。

 辺に張り合おうとするのは若者の、しかも男の習性であると言える。それがモチベーションになっていたりするかも知れない。

 だが、僕はいち早くそれを捨てよう。

 そして皆より賢く、省エネで生きよう。

 そういう風に思った。


終了

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