第11話 テレビ(マントの怪人)(小説/アンチヒーロー)

 君は怪人黄金マスクを知っているだろうか。

 怪人黄金マスクは戦後混乱期に現れた救世のヒーローである。

 戦後、日本は悪意に満ちていた。

 殺人、強盗、強姦、放火、窃盗、万引き、誘拐……。

 か弱き者たちは悪意の犠牲になっていた。

 警察機構は維持されていたものの、その活動には限りがあり、本当の弱者を守ることは叶わなかった。

 ならず者や暴漢の手によって、日がな積まれる死体の山。

 弱者は泣いて絶望するしかなかった。


 誰が彼らを救ったのか?

 そう、怪人黄金マスクである。


 暴漢から婦女子を救い、借金取りから農民を救い、誘拐犯からお嬢様を助け出した。

 怪人黄金マスクこそ本当に弱者の味方!

 真の救世主!

 黄金マスク!


 だが、彼の活躍は後世に伝えられることは無かった。

 黄金マスクは感謝されこそすれ、決して愛される存在では無かったのである。

 命を奪うほどの悪意から、身を守ってくれる彼をどうして人々は愛さなかったのか?


 一つはは彼の容姿にあった。

 黄金マスクは、その名のとおり黄金色のマスクを顔に被り、真っ赤な軍服を来て、頭には軍帽をかぶっていた。

 マスクは本物の黄金ではなく黄銅をなめしたもので、不動明王のような怒り顔が彫られていた。

 確かにこれだけでも不気味であるが、ヒーローとしての威厳を損ねるものではない。


 では、何が原因であったのか?

 彼は助けたものに対し、マスクを脱ぎ素顔を見せた。

 その時、人々の謝辞は悲鳴に変わり、笑顔は凍りついた。

 そのマスクの下には、皮膚を剥がれた、赤剥けの肉体があった。

 血走った眼球は飛び出ていて、歯は剥き出しだった。

 鼻は消失しており二つの小さな空洞がひゅうと音を立ててた。

 人々は恐怖のあまり逃げ出した。助けてもらった全ての恩を忘れて。


 二つめは残虐ファイトである。

 悪漢から人を守るとき、黄金マスクは残虐の限りを尽くした。

 腕を折り、腹わたを切り、皮を剥いだ。

 血を浴び、吐瀉物を浴び、悲鳴を浴びた。

 助けられた者たちはこの残酷なショウを見せられることになった。


 ある者は気を失い、ある者はノイローゼに陥ってのちのちフラッシュバック苦しんだ。

 命を救われたとて、これでは救われた気にはならなかった。


 三つめに彼は言葉を話さなかった。

 人々は考えた。もしかしたら話さなかったのかも知れない。あるいは知らなかったのかも知らない。真相はどちらでもなかったが。

 とにかく、黄金マスクは言葉を話す代わりに雄叫びを上げた。

 チェーンソーで木を切断するときのようなけたたましいさ。

 死を覚悟した熊の枯れた喉の奥から放たれる咆哮。


 闘いの前に黄金マスクは叫んだ。

 長屋に住むものは黄金マスクの悲鳴を聞きつけると、家の戸締りをして、灯りを消し、早々に眠りについたと伝えられる。


 彼は愛されなかった。

 黄金マスク、彼こそ稀代のアンチヒーローであったのだ。

 彼の真っ赤な軍服は、ある非道な憲兵から奪ってその血で染めたものであり、軍帽は進駐軍のレイプ魔を殺して手に入れたものだと言われていた。


 彼は警察に追われていた。

 その時、人々は決まって口をつぐんだ。

 自分たちを救うのは警察ではなく、怪人黄金マスク、彼の他にありえないことを知っていたのである。

 恐れられていたとはいえ、人々からの揺るぎない信頼を得ていたのであった。


 社会が安定してくるに連れて、黄金マスクを求める声は急速にしぼんでいった。

 

 そして、ある事件を期に彼は完全に表舞台から姿を消すことになる。

 彼の最後の事件に登場するのは、盲目の美少女で現在は消息不明となっているのだが(消息不明の理由は後述する)これについては実弟による手記が残されている。


 盲目の少女はさる富豪の令嬢で、悪辣な身代金目当ての誘拐犯により連れ去れられ、監禁された。

 黄金マスクはその場に現れ、誘拐犯の息の根を止めた。

 残虐な手腕とその容姿を見ることの出来なかった彼女は、黄金マスクの肉声を聞いた最初の人物となった。


「吾輩を前にして取り乱さなかったものは貴殿が初めてである」

 地の底から響くような野太い声音であった。

「今宵貴殿に結婚を申し込む」

 結婚に夢を描いていた少女は自身を救ってくれた白馬の王子の申し出を快諾した。


 屋敷に帰されてから、少女は猛烈な反対に合った。

 相手はあの黄金マスクである。

 警察からは連続殺人犯として追われる危険人物である。


 両親は私兵を屋敷に配置して、来たる日の黄金マスクの到来に備えた。

 高らかな高尚が闇夜を切り裂いた。

 黄金マスクは少女の家の屋根に現れた。


「撃て!」

 警視総監が叫んだ。

 黄金マスクを銃弾が襲った。その体はくずおれ、屋根から地面はと真っ逆さまに落ちてきた。

 死亡したと思い、警視総監と富豪が近づくと、黄金マスクは何と起き上がった。

 黄金マスクは悲鳴を上げた。

 そして、富豪の首を締め上げた。

 その間も銃弾が彼の身体を撃ちぬくが、それはのれんに腕押し、彼はビクともしなかった。


「おやめくださいッ」

 そこに。少女が姿を現した。

 少女は流れ弾の餌食となった。

 生き絶えた少女の亡骸をそっと抱き上げ、黄金マスクは涙を流した。

「わたしの可愛い婚約者、彼女はもらっていく」

「わたしは乱世を救うために現れた。だが、得られたものは確実な憎しみだけだった」

「日本は安定に向かっている。だがしかし、その平安が再び乱れたとき、わたしは再び降り立とう。こんどは救済のためでなく地獄の使者として!」


 彼の身体は宙に浮かんだ。

 闇夜に亀裂が走る。

 一瞬垣間見えたその中は人の臓腑のように赤かった。

 亀裂の中に二つの陰は消えていった。


 そして現代。

 光の円盤が空一面に現れた。エビ星人だ。みき子と彼氏は市民プールのプールサイドでその光景を見ていた。

 あれはなに?

 言うが早いか、中から現れたのはエビの頭部を持った異形の宇宙人だった。

 その名をエビ星人といい、彼らはあっという間に日本を、いや世界を制圧した。


 逃げまとうみき子と彼氏の的にもエビ星人の魔の手が迫る!

 助けて!

 少女が祈ったその時。


 ギャァアアアアアア‼︎


 空が割れ、赤い内臓が見えた時、その中から耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた、

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