第3話 ジャンピング・ジャック・フラッシュ(小説/アクション)
ガーン。耳をつんざくよう銃声が鳴り響いた直後、砕けた天井の木材と塵埃が酒場を舞った。女は悲鳴を上げ、男は我先にとテーブルの下に隠れた。横倒しにされたグラスからこぼれたビールがテーブルを伝って床へと流れ出した。
ウェッジウッドは、汚れた床に腹ばいになって頭をかばった――他の男たちがしているのと同じように。
森閑。
こぼれたビールが床を叩く音と、スイングドア揺さぶる砂埃混じりの風の音だけが鳴っていた。
「ぶっ殺してやる、てめえら全員だこの野郎!」
暴れん坊ガス・ガスが発情期のオス犬のように吠え立てた。
カウンターの裏にいたウェッジウッドは――なぜいたのかって? 愛しの料理人アイリーンとしけこむためだよ。まあ、この日はあいにく不在だったけどね――床に胸をつけたまま前進して、カウンターの外をのぞこうと試みた。そーっと、そーっと、音を立てないように。
カウンターの脇から店内を見渡すと、ガス・ガスが銃口を子どもに向けていた。
「まずはてめえからだ。クソガキ」
クソガキと呼ばれた男は、鍛冶職人の息子・ジャレッドだった。クソガキとは誰もが認めるところで、クソガキの名に恥じず、厚顔無恥な男だった。毎日賭場を遊び歩いては、ルックスの良さを武器に女をとっかえひかっかえ。性格の悪い野郎で、ウェッジウッドもさんざんいじめられた。
「お、おれが何したっていうんだよ。頼むからその物騒なもんを下げてくれ、頼むよミスター」
ジャレッドが言った。声は雪の中で一時間転がされていたみたいに震えていた。
何をしたか、俺は説明できる。ジャレッドは不良仲間のデイビッドと、ガス・ガスの小屋を破壊したのだ。やつの家は枯れ木と麻布で作ったみじめな小屋で、貧乏な街の景観をますます貧乏に見せるのに一役買っており、目障りに感じていたやつも多かったのだろう。
ジャレッドはマジにやった。そのときにガス・ガスは村唯一の娼婦(おなじみのグレタばあさん)とイチャイチャしていたところだから、そうとう頭にきたはずだ。ガス・ガスはグレタばあさんに心から惚れていて、その女の前でこれ以上ないかっこ悪い姿を晒したのだから。だが、これは六月――ひと月前の話。
このときは、ガス・ガスは何もしなかった。ジャレッドの親父にガス・ガスは借金していたから逆らうに逆らえなかったのだ。
ガス・ガスは撃鉄を下げた。リボルバーが無慈悲な回転音を上げた。
「やめるんだ、ガス」
声のした方向にガス・ガスは振り向いた。銃口と一緒にだ。
「息子が何かしたのなら謝る。ご覧の通り、ドラ息子でな。だが、息子の罪はわしの罪だ。その弾丸を打ち込むのはわしの頭だけにしてくれないか」
「お、おやじぃぃぃぃ!」
テーブルの下から這い出てきたのは――愛息子の紹介にあったとおり――鍛冶職人のドナルドだった。普段から物静かな男だったが、このときも慌てた様子はなかった。もっともリラックスした様子でもなかったが。
ガス・ガスは微動だにしなかった。ドナルドが嘘をついているのかいないのか、その様子を吟味してるようにもしていないようにも見えた。
「さあ、撃て。わしを打つんだ。男を見せろ。これで終わりにするんだ」
「お、親父! ヤメロよぉ。マジで殺されちまうぞっ!」
ガス・ガスは引き金を引いた。
ズガン!
テーブルの下から半身を乗り出していたドナルドは頭の中身をぶちまけ、ぐったりと倒れ込んだ。頭の中のサワークリームはドナルドの後ろにいた客どもに降りかかった。天才的技工で殺傷能力抜群の銃を作る男がこの世からひとり消えた。脳みそを浴びた客どもはゲロを吐いた。そのゲロを浴びた客がまた吐いた。
恐怖と悲鳴と――それから銃声と木っ端。
「な、なんてひでえことをしやがるんだよぉぉ。本当に殺すなんて……」
ジャレッドは泣いた。めそめそ泣いた。女を引っ掛けるときのクールガイっぷりはモハーベ砂漠に降った粉雪のように消え去った。
ガス・ガスは答える代わりに、よれたジャケットの内側に手を突っ込んだ。泥汚れた包帯の巻かれた左手が、なにかを床に放り投げた。
ジャレッドと他の客はじっと見た。
四つばかりの小さくて長い不可解な塊。人の指みたいな長さと太さ。片一方は尖り気味でもう片一方は赤い断面。ていうか、これ人の指だ。
「人の指だー!」
誰かが叫んだ。
パニックが広がって、
恐怖と悲鳴と――それから銃声と木っ端。
「おいジャレ公、そいつに見覚えはあるだろう? ないとは言わせねえぞこのゲス野郎」
ガス・ガスは銃口を向けて言った。
切り取られた指には入れ墨が掘られていた。うっすらと黒いシャレコウベとバラの花びら。
「デイビット……デイビットか……」
ジャレッドは放心していた。
デイビット。ジャレッドのマブダチ。よくつるんでは女にちょっかいかけていたし、酒場に繰り出していた。粗暴さでいえばガス・ガスに引けをとらないが、ガス・ガスほどにはイカれていなかったし、分別があった。例えば、金持ちに媚びへつらうとか、女にジェントルに振る舞うとか。ウェッジウッドもなにかの気まぐれで一緒に飲んだことがある。一杯おごってくれた。いいやつだと思っていた。
「デイビッドになにしたんだよ……なにしたんだよっ」
ジャレッドは叫んだ。そのハンサムフェイスをいっぱいの涙で汚して。
「そいつは白状したぞ。俺の小屋を襲わせたのはそこのドナルドだってな。俺が賞金を掴んだってデマを聞いてお前らを向かわせたんだってな。で、お前らは嘘だってわかった途端に俺の小屋をぶっ潰しやがったってな。そう白状したぞ」
ガス・ガスの銃がジャレッドの額に押し付けられた。ジャレットから小さな悲鳴が上がった。その顔は青ざめ、涙でべちゃべちゃで、目も当てられなかった。
「次はてめえだぜ」
ガス・ガスがその赤ら顔をにいっと歪めた。
いくらジャレッドの野郎がバカでアホでどうしようもなくても、俺は同情を禁じ得なかった。父を殺され、親友を殺され、そして自分が殺されようとしている、ガス・ガスはやりすぎだ。鬼畜の所業だ。もはや奴に正義はない。神様、もしあんたがいるのならガスガスのやろうを止めちゃくれないだろうか。
そのときだった。客が逃げて静かになった店の真ん中で、何者が起き上がった。バーテンダーのマレコフがあっと悲鳴をあげた。俺もあんぐりと口を開けずにはいられなかった。その場に立ち上がったのがジャレッドの親父だったからだ。
「お、親父?」
ジャレッドは声を震わせた。
「な、なんだてめえ。なんで生きてんだ」
ガス・ガスの額を朝が流れた。
ナメクジの歩行を思わせるゆったりとした動きで、ジャレッドの親父は両の手を上げ、さっきガスに撃ち抜かれた自分の側頭部を両側から掴んだ。すると、あろうことか頭部を胴体から切り離したのである。
泉のように噴き出すおびただしい血液。
ジャレットは気を失い、ガス・ガスはすっかり青ざめた。
「ウソだろ?」
俺は自分の正気を疑わずにはいられなかった。ジャレッドの親父の首、そいつが取れると、そこには代わりに巨大なエビの頭のようなものが鎮座していたからだ。
「あの親父、人間じゃなかったのかよ!」
「化け物め!」
ガス・ガスは発砲した。ジャレットの親父の胴を何発も銃弾が貫いた。黄色いコーンポタージュのような汁が流れ出した。それでも、ジャレッドの親父はこともなかったかののうに動きば始めた。ガス・ガスに向かって。
「ちくしょう、こんな時に」
ガス・ガスが叫んだ。弾切れだ。ジャレッドの親父はガス・ガスに再接近していた。そのままハグするようにガス・ガスの体を抱きしめ、エビの口で首筋に噛み付いた。
ガス・ガスの悲鳴。ジャレッドの親父は汲めどもつきぬ泉のごとくあふれる血をごくごく飲んでいた。
「悪魔だ」
俺は泣いていたと思う。
「何があったか教えてくれヨォ!」
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