第2話 エビ星人の野望(小説/宇宙人ホラー)

 そっと壁の向こうをのぞいて、トシハルはその顔を恐怖に歪ませた。トシハルの背後に隠れるようにしていたミハルは、トシハルの様子に激しく動揺した。

「ねえ……なに!? どうしたの!? なにがあって……」

「静かにッ!!」

 押し殺した声で、トシハルはいった。ミハルは口をつぐんだ。

「見ないほうがいい……絶対に」

「タケヨは……妹は……?」

 トシハルは首を横に振った。ミハルは息を呑んだ。


「タケヨ……」

 幽鬼のような足取りで、ミハルは俊治の横をすり抜けると、壁の端へと移動した。

 トシハルが静止する予感があったけど、何も起きなかった。さっきトシハルがしたように、ミハルは壁の横から河の向こう側をのぞいた。

 ごうごうと流れる川の向こう、明けたばかりの薄明かりなか、なにかわからないものがうごめいていた。


 なに? あれは⁉︎

 そいつらはエビの頭に人間の体を持っていた。黒色硬質の皮膚。やつらが寄り集まって何をしているのかを知ったとき、ミハルは小さく悲鳴を上げた。

「ああ……嘘でしょ……」ミハルのつぶらな目の奥から涙がこぼれ落ちた「あいつら……人間を食べてる」

 エビ頭が寄ってたかっていたのは、倒れ伏した人間の体だった。裸に剝き、先の尖った巨大な彫刻刀のよなもので、じわじわ肌を削り、肉を沿いでは、その破片を口に運んでいた。

 ここからでは河の流れる音で声こそ聞こえてこないが、苦悶の表情からは想像を絶する痛みを訴えているように見えた

「タケヨ……タケヨは」

 必死に目を凝らす。切り刻まれ、食い散らかされ、ただの肉片と化していく人たちのなかに、必死に妹の姿を探す。

 長い髪の美しい少女。切れ長の目元に高い鼻を持った、自慢の妹。クラスのなかで一番勉強ができた。バレーボールではアタッカーとして活躍した。人当たりがよく、男からも女からも好かれた。医療系の大学に進むのが夢だと勉強に励んでいた。幸せな人生を歩んでいた。そんな妹が……こんなところであんな死に方をしていいわけがない。


「もうよせ。見つかる」

 トシハルの手が肩に置かれ、ミハルははっと返った。

「身を乗り出しすぎだ」

「タケヨが……タケヨがいないの」

「…………」

「タケヨを見つけないと……だってここにいるはずがないもの」

「落ち着くんだ。いまは安全な場所に逃げなくては」

「でも、探さないと……あの子きっと怖がっている」

 トシハルはため息をついた。どうしてそんな反応を返してくるのか、ミハルには理解できなかった。トシハルは恋人である自分のために最大限協力してくれるものだと思っていた。

「ミハルちゃんは無事だよ」

 とトシハルはいった。

「…………嘘」

「本当だって」

「嘘よ。なんで分かるの!?」


 トシハルは黙り込んで、そして続けた。

「さっき姿を見た。やつらの隙をついて逃げ出したんだ。他の獲物に食らいついているあいつらを尻目に、向こう側の土手を登っていった。きっと今頃市街地を歩いているよ。もしかしたら誰かに助けられているかもしれない。いまごろどこかで家族の無事を……君の無事を祈っているところだろう」

 トシハルはミハルの両肩に手を置き、まっすぐな目で恋人を見つめてきた。表情が緩む。額を汗がひとしずく垂れ落ちる。土まみれのスウェットパーカーのハードに顔を隠していても相変わらず彼は魅力的だった。

 そうだ、彼が嘘を言うはずがない。トシハルは一部始終を見ていたのだ。

「そう、そうよね。タケヨは生きている」

「ああ、そうだ。タケヨちゃんは生きているよ」

 トシハルはミハルとの距離をぐっと縮め、その背中をきつく抱きしめてきた。大柄なトシハルの腕の中ですこし息苦しかった。

 あれ?

 いつもとは感覚が違った。体のぬくもりも、こころを踊らせるニオイもなにも感じられなかった。


「まずはここを逃げよう。どうにか橋の向こう側に行かなくては。こっち側はもうあいつらに占領され尽くしている」

「そうね。ここにいたら危ない。向こう側に、タケヨのところに向かわなきゃね」

 希望が見えてきた。鈍重な雲の合間から日差しがさしてきた。望みを捨てることはない。私達はまだやるべきことあるのだ。


「これを」

 トシハルの手が伸びてきて、私に何かをつかませた。それはグミの包装パックだった。コーラのボトルの形をした最もポピュラーな商品のうちの一つだ。

「これをどうしろというの?」

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