第10話
男は死ぬほど痛い頭を抱え、早朝の光が清々しいビル群の間を勇者に退治され忘れたゾンビのように歩いていた。
街を少しずつ明るくしていく太陽も、朗らかに男の顔を照らすことができないのか、男は病的に青白く眉間に深いシワを刻み、目の下には真黒なクマが染みついていた。
せかせかと大またで駅に向かうサラリーマンが男とすれ違う度に、男から漂う酒の臭いに顔をしかめる。それでも男は少しも気にする様子はなかった。
ゾンビが向かっているのは会社だった。彼が勤めている会社だ。
誤解しないでほしいのだが会社が彼をゾンビにしたのではない。
表向き会社は順調で展望は明るい。
採用条件は誰もが応募できるものではなかったがその分野では妥当な条件で給料や福利厚生も見合うものだった。
そして魅力的な待偶は決して世間に向けたハリボテではなく、ちゃんと機能し運用されていた。
最近の健康的な労働への波に乗るべく細々と根づいていた悪しき昭和の習わしからも脱却しつつあった。
つまりまごうことなき正真正銘の優良企業だった。
そこでの彼は、自分の能力をいかんなく発揮し会社の業績を上げ、人をもうらやむ出世街道が開かれている。彼は製薬会社で薬の開発を行なう28才の輝かしい男、天海寛士だった。
そして昨晩、鈴野さんごを誘拐して強姦しようとした男だった。
(選んだ女が悪かったか)
それとも死に際に使える運がなかったのか。
すでに運を使い果たしていたのかもしれない。人生はずっと順調だったから。 そういう実感がある。やりたいことやり、その分成果が出た。家族にも友人にも恵まれている。
仕事や経済的な面で困ったことはない。もちろん苦労や失敗も経験したがそれは誰もが経験することで彼の心を折るような出来事ではなかった。
天海には昨晩、実行すべき計画がた。二つあった。 二つとも自己中心的で身勝手なもので、計画通りにいけば数時間前に目的を達成し、思い残すことはない状態になり肉体と別れを告げているはずだった。
それが1つ目の計画だった。
たが一人の女のせいで計画が大いに狂った。
天海は女への怒りと頭に規則的に打ち込まれる杭のような痛みにぎりぎりと歯をきしませた。
あの女のヘラヘラした顔が浮かび、いら立ちと頭痛に拍車がかかる。
確かにあの女は言った。一時間もしたら動けるようになると。
(何をデタラメを!あの後二時間も動けなかったんだぞ!)
身体は動くようになったものの平行感覚がおかしく体を引きずりながらベッドから這い出た。
(あの女、俺に何をしたんだ)
船酔いになったような状態で足元がおぼつかない。よろつきながらホテルから出た。その時の天海の様子をたまたま見かけたホテルの従業員は(ずいぶん激しいプレイだったんだな。部屋の掃除大変そう……)と思った。
ようやくホテルから出たときには、ビルが立ち並ぶ隙間から、うっすら日が差し始めていた。ここー帯の夜の乱恥気騒きを隠すように徐々にホテル街の影は薄くなっていった。
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