第7話

「はいっ!」


縛られている右手をひらひらさせて最大限の挙手した。


「お手洗、お手洗に行きたいです!」


「はあ?」


陰気な男の眉も形が変わるほど、あからさまに怪訝な顔をした。

さんごは必死に訴えた。


「これからお楽しみの時間なんでしょう?

自分で創った薬を用意するくらい時間をかけて準備してきたんじゃないですか?

それなのに一番良い時に私の生理現象で中断されたら台無しじゃありません?

私、実は渋谷に行ってから一回もお手洗に行ってないんです。

一回、一回行ったらあと数時間は行かなくていいですから」


さんごが希望を込めて男を説得する。

男は少し考えていたが、さんごの訴えをのんだようで渋々ながら、さんごの体から下りると慎重に手と足の縛りを解いて男は早く行けとばかりにトイレの方をあごでしゃくった。


さんには愛想笑いを浮かべて、そろそろとベッドからはい出た。

テーブルにのっていた自分のハンドバッグひっつかむと、素早くトイレに駆け込んだ。


バタン。



ドアを閉めた途端、一気に緊張の糸が切れた。

力が抜け、さんごはドアの前でへたり込んでしまった。

自分を追う男の視線をドア一枚が遮断する。

それだけでも、さんごはいくらか安心できた。

トイレの天井をあおぐ。

もう少し気を抜くと白目を剥いて気絶しそうだった。


時間は短い。女のトイレは長いといっても

10分も20分も籠もっているわけにいかない。

そんなに長く籠もっていたら、不審に思った男が突撃してくるに違いない。

このトイレには鍵がないのだ。

何か策を練らなければ、さんごの未来、いや明日さえ来ない。


さんごは目をつむり深呼吸した。

何度か深呼吸を繰り返すと、さっきよりマシな気持ちになってきた。

よろめきながら立ち上がる。


あらためて見回すと、ここのトイレは普通より広いようだ。右側の壁に大きな一枚鏡の洗面化粧台がついている。

それが、さんごの上半身を映した。

一瞬固まった。


(誰?)


鏡に映るさんごははメイド服を着ていた。それもかなり大胆なデザインの。


(これ私……?)


自分だと分かった瞬間、血の気が引いていく。

フリルの詰め入りの清楚さに反比例して大きく開かれる胸元。

コルセットで締められているせいか、いつもよりも胸が大きく強調されている。

短かすぎるふんわりスカートにフリルのエプロン。

こんなメイドいるもんか。


(この人こういう趣味なんだ……)


いくらお酒で理性がぶっ飛んでいても、道端で誘拐した女にメイド服を着せる男の思考回路はどうなっているのか。

メイド服を着せられていることに気づいていない、さんごもさんごだが。


(あっ)

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