第4話

「りょっと」


ものすごく陰気でろれつの怪しい声が暗い路地に異質に響いた。

食おうとしている者も食われそうな者も一様にぎょっとした。 さんごはお化けかと思った。


男たちはぎょっとしたものの振り向いて、すぐに安堵した。

後ろにいたのはベロベロに酔っぱらった三十代くらいの男だったからだ。


ベロベロの男はいつ洗濯したのか分からないしわくちゃのシャツを着て、立っているのもやっとなのか、毎秒倒れないようにゾンビのように揺れながら据わった目で男二人を睨めつけていた。


渋谷の暗がりを庭のように闊歩している男たちにとって、この手の酔っぱらいは酔いにまかせたただの虚勢で、ちょっと脅せばすぐに逃げる。

なのでイチャモンをつけられたと理由をつけて憂さ晴らしにボコボコにして、ついでに財布を頂く恰好のカモだった。


何か用かとばかりにメンチを切りながら今度は酔っぱらい男を二人で囲む。けれど二人の男は意外な事に、次の瞬間にはもんどりうって倒れていた。


うぅぅ、むおぉぉと生き埋めにされた人間のように無念の声をあげて、股間を押さえている。


「らいじょぶ?」


足下で悶える男たちの有り様にさんごは、はいと返事をしようとしたのだが、声は声にならず、さんごは頷くのが精一杯だった。

失神寸前の男たちを慎重によけながら少しでも明るい方へ行こうとした。


「飲んで」


酔っぱらい男は背負っていたリュックサックから、ミネラルウォームを差し出した。小刻みに震える手でさんごは受け取った。一気に半分ほど飲んだ。ぐらり。


視界が回転した。ぶつぶつと強制的に意識が遮断される。マズイと思ったがもう遅い。


(知らない人からもらった物を食べたり飲んだりしたらダメって言われたよなぁ…)


 自分自身に呆れながらさんごが最後に見たのは男のシワだらけのシャツだった。周囲の音が急激に遠ざかり、さんごの意識は真っ暗な底へと吸いこまれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る