第9話
「お母さんどっか行きたい」
「え、えっとね。うーん」
母上が大変困っていらっしゃる。しかし仕方がないのだ。俺は外にでたい。欲望には逆らえらないのだ。
そもそもの話、俺はほぼほぼ外に出た事がない。だから、家の周りすらよく知らない。もちろんご近所さんとかもいるはずなのにいない。そういないのだ。
改めて考えてみると、母さん、案外緩めに見えるかもしれないけどこういう所はキチンとしている気がする。
はっ!? これがいわゆるギャップ萌えというやつなのか。いかんぞ、冬人。相手は実母。どんなに可愛かろうと実母。犯罪やぞ。
「神社とか池とか行きたい」
「ちょーっと待っててねー」
「うん」
あらあら、携帯を持って廊下へと向かわれました。
あー、暇ー。残念ながら、夏美たんはお昼寝中。なので俺は暇を持て余している。だから外に出たいと言うか。
「冬人、おばあちゃん達が来てくれるから神社に行けるって」
「やったー!!」
おばあちゃんが家に来ます。
◇◇◇
チャイムが鳴った。どうやらお婆様が来なさったようです。
「冬人ー、おばあちゃんだよ!」
「おばあちゃん!」
「久しぶり。うーん。少し大きくなったようじゃないか」
「わかる? 2センチ伸びた」
「大きくなったね」
「えへへ」
おばあちゃんとは2ヶ月ぶりに会ったのです。実はおばあちゃんは仕事がなかなかに忙しく、時間がなかなか取れないが、極力会いに来てくれる。会えるのはとても嬉しい。ちなみに何してるかは知らない。
「冬人はどこ行きたい?」
「神社!」
「お、おー、なかなかに変わってるわね」
「ふふ、お母さん、そこは冬人だし」
「そうね。冬人だからね」
ちょっとそこー、まるで『冬人』というのが悪口かのように扱うのはやめてくだされ。俺はれっきとした『冬人』であり、『冬人』なのです。お分かりいただけましたかな? と抗議の目を向けておこう。
「冬人ごめんごめん。機嫌を直しておくれ」
「冬人ごめんなさいね」
わかったならよし。
ほんとうに今いう事じゃないけど、母さんは20代前半。おばあちゃんは40代前半だ。女性の年齢を聞いたり教えたりするのは充分マナー違反だ。そこら辺は冬人くんも弁えてますとも。だが、母上とお婆様の人物像が捉えづらいかと思っての妥協点でこれ。
しかし、若いよね。
しかも、これにひいお婆様もひいひいお婆様も在命ときた。前は、ひいひいおばあちゃんとかひいおばあちゃんって遺影とかでしか見たことなかったからさすがに在命してるのがすごいのは俺でもわかる。だってひいひいおばあちゃんからみたらおばあちゃんは孫なわけで俺は孫の孫なわけよ?
意味がわからない。
◇◇◇
やってきました。神社!
まさかまさかのリムジンでここまで来るとは。おばあちゃん何者?
普通に目立ってたし、一般車両で来た方がよかったんじゃないかと思うわけでしてね。
あとあと、黒服さんがいるわけよ。これは笑ったね。
俺1人のためにこんな厳重なわけよ。ちょっとやりすぎ。そして今、夏美たんはおばあちゃんが相手をしている。夏美たんにっこにこ。おばあちゃんデッロデロ。孫が可愛くないおばあちゃんなどいないのだろう。
しかし、こんな大人数で神社とは風情が些かないのではなくて?
ざわざわ。いやいや、あの名シーンの『ざわざわ』ではなくて、森林を風が抜けるオトマトペですとも。
はて?
母さんとおばあちゃんはいずこへ?
周りを確認してみるが、母さんやおばあちゃんはいない。つまり今は、俺1人な状況だ。森の中を抜ける風の音が聞こえる。俺は正直焦っていた。
が、どこからか、下駄の音が近づいてくるのが聞こえる。
歩いてくる音が止まり、何やら後ろに気配を感じた。恐る恐る後ろ振り返る。
「そう、慌てるでない」
「いやいや、慌てて……な……っ!?」
「どうしたんじゃ?」
「なん、だ……と……!?」
「き、急にどうした」
「結婚してください」
「……? っ!! ……ふぇ!?」
「結婚してください」
「…………」
急な求婚をされるとは思っていなかったのだろう、彼女は驚いたような素っ頓狂な顔をしており、頬を赤ております。大変可愛らしい事この上ない。今、攻めずして何になる。むしろ、今こそ攻め時である。そうガンガン行こう!
「結婚してください」
「あー、えーっとじゃな。うーんとな」
「結婚してください」
「だからちょっと待つのじゃ!!」
「はて?」
「まず、順を追って話をさせて欲しいのじゃが」
「分かりました」
「んん!」
場を改めようとして咳払いをしているのもとても可愛らしい。見た目も相まって、ちょっと背伸びしたような感じがする。全然改まってないけど。
「まずは言わせてもらおう。おぬしは何者じゃ?」
あらやだ。同じこと考えているなんて運命感じちゃうな。俺たちは赤い糸で結ばれた運命共同体なのだろう。きっと。
「何と言われまして一般人としか応えようがありませんね。あと、俺もそっくりそのままお返しを。はいどうぞ」
「わしが求めているのはその返しでない事をわかっておるのじゃろ?」
はて? 全くもってわからない。あと、無視された。悲しきかな。
俺が何者であるか知りたいイコール、俺を知りたいイコール、私の事も知って欲しいイコール、結婚したい。完璧な方程式が成立してしまった。つまり彼女から暗に示唆されているという事だろう。結婚したいという事を!! なら、これに応えなくては男が廃るって物よ。
「ええ。分かりましたとも」
「そうかそうか。わかってくれたか」
「はい! 式はいつにしましょか!」
「うむうむ……は?」
「え?」
「は?」
「いやだから、結婚するためには式をあげますよね。つまりそういう事でしょ?」
「いや、違うが?」
「式あげたくないんですか?」
「いやいやいやいや、その話ではなかろう! 話の脈絡が無さすぎて一緒わからなかったぞ!」
「いや、バッチリ繋がってましたって」
「ダーメじゃ。話にならんぞこやつ」
「そんな褒められても照れますって」
「……はぁ………」
◇◇◇
「とりあえず、落ち着くんかんかえ?」
「いやいや、落ち着いて……いや、ある意味興奮状態か」
そんなわけで彼女とのお話続行である。
俺が話始めると話が1ミリも進まないらしいからとりあえず喋るなと言われたが喋ってしまいましたとさ。あっさり約束を破る。これが冬人くんクオリティですとも。
「わしは、おぬしが何者か聞いたのにはわけがあってな。まぁなんじゃ。不思議な気配がしておったから多少の興味本意で聞いたんじゃ」
「な「あー、喋るでない。頷いておれ」」
喋る権利は今の俺には皆無らしい。どうやって意思を伝えようかと考えもしたが、今は取りつく島もない様子。なので言われた通りに頷いておく。何に対しての頷きなのだろうか? 俺は頷きbotへと化した。
「でじゃ、ちょっとこちら側へと呼んで、今の状況というわけじゃな」
「へ「だから喋るでない」」
喋る事が許されない。解せない。どうしてこうなったのやら。不思議でしょうがない。うーん。
「ちなみにわしは、そうじゃの。『ソラちゃん』とでも呼んでおくれ」
「ソ「だから喋るな!」」
名前くらい呼ばせてよ! あ、なんか縄を口に巻かれ出した。どうしましょ、これ。
これじゃ、何も喋れませんぞ。
抗議の声すら出せなくなってしまった。唸るぐらいしかできないぞ。うー! うー!
「…はぁ………でじゃ、見たところ多少ごちゃ混ぜ感は否めぬな。……もう良いぞ」
あ、縄解かれた。
「ごちゃ混ぜってどんな?」
「表現し辛いんじゃが、たとえば、絵の具の白と黒を混ぜ合わせた時の初期状態というべきかのう」
「へー。マーブルなのか。あ、マーブルチョコ美味しいですよね。今度持ってきます」
「……よいよい。で、何故かわかるか?」
「んー。まー、一応。でも言っていいやつなんすかね」
「知らぬが」
「じゃあ、責任とって結婚してくれるなら話しましょう」
「その取引、わしに1つも利点などないのう。話さんで良いぞ」
「そんな殺生な」
諦めたのか、こちらをまじまじと見てきた。なんかゾクゾクする。いや、この言い方だとただの変態だな。何というかゾワゾワする。いや、言い方変えただけで変態度が鰻上りしたような。
「……で、どこまで本気なんじゃ?」
「と言いますと」
「わ、わしに言わすでないわ!」
「……ふむふむ。まじまじのまじですとも。是非末永くお願い申し上げたく」
話は打って変わってどうやら先程の求婚に対する真意を聞きたいようだ。俺の誠意が伝わったのかポッと顔を赤らめている。なんかブツブツ言い始めた。あら、こっち見た。あ、違うところ見た。
「……」
「じゃあ、結婚」
「……」
「嫌?」
「いや……嫌とは言ってはおらぬが」
「なら良いじゃん!」
「じゃが」
「じゃが?」
「まずそもそもの問題として種族が違うじゃろ」
「愛さえあればそんなの些細な事」
「それに歳だって」
「愛さえあればそんなの些細な事」
「それにわしおぬしのこと知らぬし、おぬしには、あまりいいイメージが無いというか」
「愛さえ「じゃかましいわ!」」
「とにかくじゃ、やはりわしは反対じゃ!」
「えー何でー!」
「あまりにも歳が離れすぎておるし、やはりわしはおぬしとは合わん気がする」
「ソラちゃんって何さ」
あ、ビンタされた。イッタ……くないや? あれ? あれれれ?
「いったー! 何じゃおぬしの身体! 硬すぎぬか!? とても幼児の身体とは思えぬぞ!?」
「ふっ。油断しましたね!」
「戯言は良いからわけを話さんか!」
「それが、心当たりが、まったk……あ」
「なんじゃ?」
「あー、ここで伏線回収か。あのカミサマ馬鹿じゃないの」
「カミサマ?」
「あー、こっちの話だよ。うん」
「気になるんじゃが……」
「つまり結婚したいというわけだね!」
「だから何故そうなる!?」
「いやだって、この話すると先程の話に繋がるわけで間接的にも直接的にも俺との結婚は確定事項となるけどいいの?」
「………うわー」
「ちょ、やめて、そのガチのドン引き。ある意味傷つかないけどある意味傷つくんだけど」
「もう良い「いやいや、結婚しよ!」」
「だから、しつこい。あー、もうわかったわい。話せ、結婚してやるから話せ!」
「いえーい!!」
しつこい男は嫌われるというけど、1周回って勝利。災い転じて福となすとはこの事よ。え? 使い方違うって? いいよ、いいよ、そんなこまけぇこった。
俺は今とにかくハッピー。幸せ。最高。ウルトラマックス。
「じゃあ、順を追って話すねー」
◇◇◇
「なるほどのう、じゃから幼児らしくない言葉遣いと振る舞いなわけじゃな。全部合点いったわい」
「やったね。超レアな人種なわけよ。これはソラちゃんの旦那さんとしてピッタリ!」
「……はぁ。さすがにおぬしと四六時中一緒は嫌じゃからな。わしの平穏が害される」
「いやいや、何を言いますか! 四六時中一緒! べったりイチャイチャ!」
「はぁ……。何でこやつに一瞬でも気を許してしまったのじゃろう」
「残念だったね! ソラちゃん!」
「ほんとうにガッカリで残念じゃよ」
そう口にしながらも顔は笑っていた。イヤイヤとは言っていたが、少なくとも嫌われてはいない様子。少しずつでいいから、好きになってもらわないとな……。
この人が俺のお嫁さんだと思うと嬉しくてしょうがない。きっと、いや、俺の願望だけど、いずれ彼女も同じ気持ちになって欲しい。
「何でオッケーしてくれたわけ?」
「ん?」
「結婚の事。絶対、押しに負けた以外にもあるでしょ」
「?」
まるで何を言っているのかわからないという顔をしている。が、俺にはわかる。絶対わかってる。何でわかるかって? だって俺はソラの旦那さんだからね! ドヤ!
「あー、もうわかった。降参じゃ降参」
「わかればよろしい」
「全く、困った旦那じゃのう」
「いいでしょ、こんな旦那も」
「まぁまぁ」
「ほんとーは?」
やばいニヤニヤしちゃう。ソラの照れ隠しがわかりやすすぎる。ほんとうによかった。もうソラ以外いらない。
「あー! もう! うるさいのじゃ!」
「やーいやーい! 照れてる照れてる!」
「こいつ!!」
「で、結局どうなの?」
「いきなり素に戻るでないわ! ……最初は、ただの生意気な小僧かと思ってあったが、あんなに必死に告白されたらいやでも気になってしまうじゃろ……。顔は正直わし好みじゃったし(ボソ)」
俺の地獄耳はしっかりと聞こえましたとも。やばい。めちゃくちゃ嬉しいんだけど。顔がニヤついちゃう。
「え? 何だって?」
「2度と言うか!」
「顔が好きだとか聞こえたな〜」
「っ!! 聞こえておったんなら揶揄うでない!!」
耳まで真っ赤で若干涙目なのがまたいい。俺の嫁さん可愛すぎじゃね? やばい、もっといじりたい。
「さーせーん」
「誠意が感じぬわ!!」
「さーせーした!」
「ふざけるでない!!」
「でさ」
「うわっ!! だから、急に素になるなと言うておろう!!」
「いやだって、あまりにもソラがかわいいからつい」
「っ!! じゃから!!」
「かわいいのは本当だよ」
「……ふ、ふん」
やばい。本当にやばい。かわいいがすぎるんだが!?
え? 何このかわいい生き物。そう、俺の嫁ちゃんです。俺の嫁ちゃんです!!
何でこんなかわいいんですかね。もうかわいいの部類に入れちゃうのが惜しいくらいだよ。かわいいの部類と同系統に『ソラ』っていう枠を作るべきだよ。むしろ、作らないでどうする。
「ここからは真面目な話ね」
「わかっておる」
「ぶっちゃけ、俺は今4歳児なわけよ。もう少しで5歳だけど」
「小さいのう」
「いいんだぁい。すぐ大きくなるもんねー」
「ふっ。ガキが!」
「言ってろ。そのうち、俺の方がデカくなるから」
こういうやり取りも楽しい。
ソラ相手だと本当の自分が曝け出せて楽しい。
改めて思うけど、俺本当にこの人のこと大好きなんだなぁって思う。まだ会って数十分だけど……ん?
そういや、何分経った?
「ソラ、今、俺たちが初めて遭遇してから何分経った?」
「遭遇とか、モンスターではないんじゃから、もう少しいい言い方あろう? そうじゃのう、あまり経っておらぬぞ? 人間の時間感覚は知らんが」
「マジで?」
「マジで」
「ほへぇー」
「なんじゃ、腑抜けた声を出しおって」
「ん、いや、何となくそうなのかなぁって。お決まりだから」
「わしの力に対して酷い言い方をするな。ちと傷つくではないか」
「ソラスゴーイ」
「棒読みやめい!」
ソラは揶揄いがいがあるのもまたいいね。あんまりやりすぎると、そのうち大どんでん返しされそうな恐ろしさはあるからほどほどにしないとねー。
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