【問われて】

 土佐の東部、特に紀伊水道に面している地域は、国境線によって土佐に属しているが、歴史的には、土佐の中央よりも阿波の南部地域『阿南』とのつながりの方が強く、両地域間での婚姻も多く行われている。


 今回の阿波からの援兵は、別に長曾我部家を脅威に感じた三好家による牽制というわけではなく、その地域の伝統的なつながりによる身内の情によって発生したもののようだった。現に、この来訪者たちは土佐東部にほど近い阿南のみから来ている。


 多数の兵を連れていけば、三好家を刺激し本格的に事を構えることになるかもしれない。


 そう思った元親は、直属の一領具足のみを連れていくことに決めた。


 招集をかけてから彼らが集まるまで時間はかかる。元親はその間に共を連れて、城下にある鍛冶町へと向かった。前に注文しておいた大砲を受け取りにいくために、砲を載せる砲座も持って行っている。


 地面のギリギリを車輪で這う木製の玩具の様な砲座を、紐で引っ張りながら鍛冶町に入ると、前回来た時と同じように金地が薄着で軒先に座っていた。


「あ、大将。例の物を?」


「うん。戦に出ることになったから、それを持って行こうかと」


 元親の用事を聞くと、金地が弟子を呼びつけ、完成した物を持ってこさせるように指示した。


「暫くお待ちを」


 そう言われ、元親は軒先で座って待った。金地が貴人に対する礼儀として奥に案内しようとしていたが、直ぐに発つからとそれは断った。


 しばらくすると、弟子が『大きな鉄砲』を持って来た。太い銃身部分の下部に木製の台木が取り付けられている。見たまんまで言えば、ずんぐりむっくりな火縄銃だった。


「『大砲』でございます」


「ああ……。これが」


 元親は『大きな鉄砲』に見えたのが大砲の砲身なのだと分かった。


「うん。注文通りの口径だね」


 口径は四センチメートルほどある。これは元親が現在配備している火縄銃の三倍以上の大きさがあった。現代の軍隊では口径が二センチメートルを超えると砲として分類する。それからしてみれば立派な大砲であろう。重量もかなり重いが人が一人で担げる重さではある。この軽さなら刻一刻と状況の変わる戦場でも立派に運用できるだろう。


「こいつはかなり撃ち方に癖があります故、撃ち慣れた者を一人お付けしたいと思いますがいかがでしょう?」


 とってもありがたい申し出だった。元親も知識としては大砲の操法を知っているが、それでも実際には使ったことが無い。熟練者がついていてくれるというのは非常にありがたかった。


 金地に礼とねぎらいの言葉をかけると、元親は大砲を砲座に載せ、引っ張りながら鍛冶町を出て行った。


 


 翌日、岡豊を発った。


 馬上で先頭を行く元親の後に続くのは、銃兵である一領具足二百、騎兵である馬廻り四十、そして新たに加え入れた砲兵。小規模であり、各兵の様相も戦国時代そのままといった風だが、その実態は紛れもなく近世的な西欧式軍隊であった。


 上方にはこの部隊よりも鉄砲の数の多い家があるだろう。騎乗身分の多い家もあるだろう。大砲は分からない。だが、それらを有機的に組み合わせたのはこの時代、この部隊だけであるという事だけは言えた。世界で最も先進的な兵制の部隊を我が物としているという自負心によって自然と元親の口角は上がりきっていた。


 訓練の成果によって統制された一領具足の一糸乱れぬ歩調。その揃った足音を聞きながら東へ進んで行くと、夜須に差し掛かった辺りで、行く手に一団が見えた。


 敵ではない。三つ引き両の描かれた旗を掲げている。


「……招集はかけていない筈だけどね」


 そのまま進軍を止めず近づいていくと、一団の方から一騎、元親の方にやってきた。


「同行させてもらうぞ」


 完全に軍装を整えている長曾我部の老将、吉田重俊がそう言った。その様子から断ってもついてくる気だろうと察した元親は、


「お好きにどうぞ」


 とだけ言った。


 倍以上の数になった一隊は、昨年まで安芸氏の領内だった和食に入り、東部平定の指揮官親秦がいる安芸城へと向かった。


 安芸城に入ると、元親はそこで詳しい状況説明を受けた。


 親秦が説明するに、現在、長曾我部家の勢力下にある奈半利より東の土豪たちが連合し、『羽根』という地にまで進出してきているようだった。


「阿波勢は?」


「土佐と境を接している海部郡より千人程。地元勢と合わせ、敵は二千を少し超える規模になると思われます」


 こちらも増援を合わせて二千程。彼我の戦力差はほとんど無いようだった。


 それでも、元親はこの戦に完勝する自信があった。


 夜が明けると、羽根の近くまで行き、布陣する。元親が中央、左右には親秦と重俊の部隊を配置する。


「まるで八流みたいだね……」


 羽根を見て、元親はそう呟いた。この地方ではよく見られる海中から隆起したような台状の地。そこで敵が陣を張り、待ち構えている。


 八流の時は、数の多さを活かして戦ったが、同数である今回はそうはいかない。それでも、元親の自信は揺るがなかった。


 高所を抑え、防備を固めた相手を撃破するには、通常、かなりの被害が出る。だが、攻撃側が防御側よりも射程距離の長い兵器を有している場合はこの限りではなかった。


「撃ち方よーい!」


 元親の号令で、金地から貸し出してもらった弟子が手慣れた動きで装填を始める。その筈が、何故かぎこちなく装填している。


「……初陣で緊張しているのかな?……まあすぐ慣れるか」


 思っていたよりも長い時間をかけて装填していた弟子が、元親に合図を送ってきた。それは装填が完了したという合図であった。


「放て!」


 すかさず繰り出した射撃号令。間髪も入れず発射。とはいかず、もたついてやや間が開いた。


 撃つまでは理想通りではなかったが、砲口から噴き出た砲弾の威力は思っていた通りのものだった。人力では到底出すことのできない運動エネルギー。それは鎧、人体、馬体の別なく触れるものを皆粉々に砕き粉砕した、であろう。


 『であろう』というのは、砲弾が明後日の方向に飛んだからだった。大量の火薬と金で生み出した運動エネルギーは砲弾が大空を舞うのに空費され、それを使い切った砲弾は重力の力によって海に落ちていった。


 唖然とする元親に、弟子が気まずそうに話しかけた。


「あのー……この台座みたいなやつ外してもいいですか?」


 何か故障があったのかと思い、元親は許可した。寧ろ気持ち的には、故障個所が見つかってほしいぐらいだった。そうでなければ、不良品をつかまされたのではないかという疑念が湧く。


 元親の許可を受けて、弟子は砲座から大砲を外すと、。そして、慣れた手つきでその大砲を膝射 ひざうちで構えると敵方に狙いを付けて、放った。


 結果は、元親が大砲に求めていたことそのものだった。火縄銃の弾丸の三十倍の重さの鉛玉は、第一射の爆音で何事かと興味を持ち、崖上に押し寄せた肉壁を容易く撃ち砕いたのだ。


 何人もの顔や腹に、拳が通りそうな風穴が空く。腕をもがれただけで済んだ者は幸運だと言えた。


「……そうやって撃つのか」


 弟子が、反動を受け流すようにころころと後ろに転がっている。その動きの滑らかさから見て普段からこのような撃ち方をしていたのだろう。よくよく見れば、筒の下に取り付けられた台木は人が撃ちやすいような形に作られていた。


 元親は笑った。金地は元親の注文通りに、立派な『大きな鉄砲』を作り上げていたようだった。イメージしていた物と違うが、それは注文した者の責任である。


 己の失態を反省しつつ、元親は、弟子改め砲手に次の砲撃の指示をした。


 標的は、身なりの良い、恐らく大将格の侍であった。


 砲手は小気味よく返事すると、砲を担ぎ、射撃に適した位置へ移動していった。


 戦場は平らに整地されていない。そんな地形でも人の足は車輪と違って適応し、軽快に動く。山がちな日本列島という場で戦うならばこっちの方が適しているのではないか。そんなことを元親は思った。


 少ししてまた砲撃が行われた。今度は的を外したが、それでも周囲にいる者を何人か巻き添えにした。


 その砲撃に恐れをなしたのか、敵は崖上から姿を消し始めた。


「押すぞ!」


 元親は法螺貝を吹かせ、両翼を前進させた。その先陣が台上に立っても戦闘が始まらないところを見るとどうやら敵は撤退しているらしい。


「追うぞ!」


 追撃戦が始まった。


 崩れた敵を追うと戦果手柄を上げやすい。将兵達は皆競うように背中を見せた獲物を追いかけていく。


 元親としては、砲手にもこの追撃戦に参加してほしかったが、担げるとはいえかなり重量のある兵器を持って、逃げる敵を追うというのは難しいようだった。


「今度は馬に乗せてみるか……。それと砲弾と火薬を運ぶ者がそれぞれいるな……」


 新しく導入した大砲はその有用性と発展性を充分に見せ、初陣を飾った。


「名前も大砲だとなんか違和感あるな……そうだ『大筒』と呼ぶか」


 火縄銃は筒と呼ばれることがある。それから着想を得た安易な名称だった。


 決着がつくと、元親は事後処理を弟の親奏に任せ、兵を引き上げることにした。あまり長居して三好氏を刺激しない為である。


 元親は数百の敵の死体と数十の味方の死体、そして自作の砲座を戦場に残して岡豊へと帰還していった。




 岡豊城への帰路。元親が黒潮を左手にして街道を進んでいると、重俊が馬を寄せてきた。既視感がある展開だと元親が思っていると重俊が口を開いた。


「此度の戦は見事だったな。………お前が来てからというもの勝ってばかりいるな……おかげで長曾我部の家名は上がってばかりだ」


「はぁ……」


 元親は重俊の言葉に曖昧に返事した。これはあくまで前置きであり、後に控えている本題の妨げにならないようにしなければならない事を悟ったからである。


「今回のその太い鉄砲……大筒だったか?それもかなりの威力だったな……当然儂はそのような物初めて見たが……」


 元親は相槌を打たなかった。相手の様子から不要だと感じ取ったからである。


 ここで重俊は沈黙した。言いたいことを全てハッキリと言う彼には珍しく、口に出すに溜めがいるような事を元親に言おうとしているようだった。


 元親は無意識に生唾を飲んだ。それの嚥下が終わり切った頃、重俊がまた口を開いた。


「元親……いや小森よ……お前は何処から来て何処へ行こうとしている?」


 小森は答えに詰まった。

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