【目を向けて】

 西に進むことも出来ず、かといって、三好氏を刺激しないよう東にも進み辛い現状。元親の目は自然と内に向いた。


 今まで政務を怠ってきたわけではない。だが、元親の意識も、長曾我部家のリソースも、戦とそれに関連する事柄に大部分が割かれていたのは間違いなかった。


 そのため、この状況を契機として、広がりに広がった領地を整理し、整備することに努めた。


 とはいっても、現代にいた時の元親の興味は、軍事に偏っており、現代知識に基づく革新的な土木技術や殖産興業政策を行えるというわけではない。この時代に普及している技術を最大限に活かすしかなかった。


 まず取り掛かったのは、干拓だった。土佐平野の中心を蝕むように存在している浦戸湾。これを干し、埋め立てていくことによって田畑を作り、この時代の貨幣的役割も担っている食糧、米の収穫量を増やすことにした。人夫は幅広く募った。浦戸近辺の村人だけでなく、土佐中から。


 通常、人夫は各領主を経由して集める。だが元親は、費用の全てを自家で負担してまで直接、各地に高札などを立てて人を集めた。


 この工事に参加し続けた者には土地をやる。望むのであれば、一領具足の一員にも迎え入れる。


 そんな条件を見て集まってきたのは、各村々の百姓の次男、三男であった。彼らは先祖伝来の土地を継ぐことができない。そのため、家の畑仕事の手伝いをほっぽり出して、自分の土地を持つことのできるフロンティアに喜び勇んでやって来たのだった。


「士気が高いね」


 皆口々に、元親に感謝しながら懸命に働いている。まだ水を抜くための堤防づくりに取り掛かった段階であるが、将来的に、この事業が完了すれば、多くの者が一領具足に志願する事であろう。


 工事にかかる費用は決して安くない。それでも、その費用に見合う投資だと元親は思っている。米も兵も増え、何よりうれしいことに、それらが直接元親の手元に入ってくる。更に、人口が増加することによる経済力の発展も期待できた。


 土佐の殆どに至るまでその勢力を伸ばしている長曾我部家であったが、封建制下では、各領主にその土地の税収を抑えられているため、その単体の経済力は最近配下に加わった津野氏の倍もない。主導力を高めていくうえでも、長曾我部自体が強大になっていく必要があった。


 次に、元親はの要とも言える場所へ向かった。


「あ、大将!毎度!」


 景気よく迎えてくれたのは、鉄砲鍛冶の棟梁の一人、金地だった。奥の工房は暑いのだろう、冬にもかかわらず薄着で、汗をかいている。


「大きくなったねぇ。ここも」


「へぇ。おかげさまで」


 岡豊にやってきたばかりの頃は、同じく一緒にやってきた春田との二人で鉄砲を作っていたが、今では弟子も十数人を数える。弟子の中には既に独立している者もおり、岡豊城下には数軒の鉄砲鍛冶屋が軒を連ねるちょっとした鍛冶町が出来上がっていた。


 月産三十丁。これが現在の生産高であり、その数は日を追うごとに増えていく。四国では一番の生産量といっていいだろう。上方にはもっと大規模な生産地が幾つもあるらしいが……。


 余所は余所であると湧きあがってきた劣等感を揉みつぶし、元親はここ、四国第一の生産量を誇る長曾我部家直轄の鉄砲生産地に訪れた用事を済ませることにした。


「……今回来たのはね。普段作っているのとは全く違う鉄砲を作ってほしいんだ」


 愛想よく笑っていた金地の顔が引き締まり、職人の顔つきになる。


「それは、特注の物という事で?」


「うん。大砲を作ってほしいんだけど……」


 元親の目指す近世的な軍隊は銃兵、騎兵、砲兵の三兵種から成る。銃兵は少ないながら、ある。騎兵もあるにはある。だが、砲兵が居なかった。


 砲兵が居れば、敵の密集した固い陣形も崩せる。城壁も安全な位置から壊せる。強大な三好氏と戦う前に是非とも揃えておきたかった。


「大砲……ですか……?」


 『大砲』という言葉が伝わるか不安に思っていたが、案の定まだこの時代の日本にはない言葉のようだった。


「……えーっと。……その……あっ!『大きな鉄砲』って言えばわかるかな?」


「ああ!分かりました!『大きな鉄砲』を作ればよろしいのですな?」


 金地の合点がいった様子を見て、元親は安堵した。砲身さえ作ってもらえればあとは射石砲の様に砲座に乗せて運用できる。欲を言えば車輪付きの砲架付も作ってほしかったが、それは贅沢というものだろう。


 口径は指定したが、砲身長や重さは持ち運びができる程度であれば職人の裁量に任せる。そんな雑な注文を金地は快く聞き入れてくれた。


「これを四つ――いや、一つ作ってほしいんだけど……」


 この一つという数は、理想から懐事情を差し引いた現実的な数であった。火薬は非常に高い。鉄砲よりも大量の火薬を一度に消費する大砲を運用できるのは、この数が限界であった。今はまだ。


で。承りました」


 助数詞が思っていたのと違ったが、些細なことだと元親は流した。それよりも、大砲の生産によって、鉄砲の生産数が落ちるという続いた発言の方が大事であった。


 元親は、土佐の売れ筋商品ともいえる木材の生産地も見て回った。鬱蒼とした山ばかりの土佐では、長い年月をかけ、太陽と土の栄養を蓄えて丸々と太った木が多く生えており、それらは中々いい値段で売れる。


 そこで元親がしたのは、触れを出すことであった。まず、それらをみだりに伐るのを禁じ、次に、伐ったら同じ種類の幼木を植えるよう命ずる。そうして限りある資源を保護したが、不満の声は当然上がった。しかし、多少恨まれようとも、樹齢百年以上の大木が薪に代えられるのを防ぐには、強引だがこうするしかなかった。


 それらの事を決め、その他細々としたことを定めていると、冬が終わっていた。


 この間、京の方では、足利義明が三好氏に攻撃されている。防備が手薄になったところを狙われたのだ。この攻撃が成功し、三好氏の勢力がまた増すことになるようなことになれば、元親の計画は破綻しかねない。だが結果は三好勢が撃退されたという、元親にとって喜ばしい結果に終わった。


 噂によれば、義昭は中国の毛利と九州の大友を和睦させ、彼らに阿波を攻撃するよう命じているらしい。阿波の隣国にいる元親には、残念ながらその命令は来なかった。土佐一国も領有していない小身の元親に、何ら、期待はかけられていないようだった。


 そんな事を思っていると、慌ただしく取り次の者が来た。


「安芸の親秦殿より急報です!『東部の者共、阿波より援兵を受けその勢威日に日に増したり』とのことです!」


 味方よりも、敵の方が自分を評価してくれているようだった。

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