ジャックポットが終わるまで

 将樹は一応財布の中身を見た。やはり、空だ。30分ほど前に確認したときにも空だったので必然ではある。

 スロットは目まぐるしく回転している。

「ときめき学園高等部~HAPPY PARTY~」という台であった。主人公がヒロインと結ばれたら大当たりなのだが、かれこれ1時間以上フラれっぱなしである。


「今日は駄目な日だな……」


 煙草を咥えながら呟く。その声は、店内中に響き渡る激しい電子音にかき消されて、自分の耳にすら届かない。

 メダルは残り僅かだ。これを使い切ったら帰ることにした。というより、帰らざるを得ない。


「……ま……せ……」


 煙草を携帯灰皿に押し付ける。煙草の箱を叩く。何も出てこなかった。将樹は舌打ちをする。

 Awazon超お急ぎ便の箱が出現していた。開封して将樹はもう一度舌打ちをした。煙草ではなかった。中に入っていたのはガムであった。強いハッカが配合されているものである。

 将樹はそれを口に放り込んだ。欲しいのは煙草だが、何も無いよりはマシだ。


「……すみ……せ……」


 ギラギラと光る画面上で、主人公が平手を振り抜かれていた。またハズレである。将樹はメダルを無造作に掴む――


「すみません!」


 将樹はびくっとした。隣で、女が叫んでいた。

 肩までの黒髪の女であった。近くの大学に通っている学生だろうか。パチンコ店に入り浸るような見た目には見えなかった。


「ちょっと揃えて欲しいんですけど!」


 将樹は女のスロットを見る。「世紀末格闘伝200X」という台である。

「BIG BONUS」の表示が出たまま止まっていた。大当たりではあるが、ここで777を目押ししないとボーナスタイムが始まらない。


「……ちょっとすみません」


 将樹はぐいっと体を乗り出した。どうしても顔が近くなる。ハッカのガムを噛んでいて本当に良かったと思う。

 レバーを倒し、ボタンを押す。一発で777が揃った。


「うわー! 一発とかすごーい! ありがとうございます!」


 女は大げさに拍手する。

 将樹は「いえ……」とだけ言った。

 女が顔を耳元に近づけてくる。


「おにーさん、良い匂いしますね。わたし好きですよ」


 そう言うと、女はスロットに向き直る。

 女はスロットをどんどんと回す。メダルが、どんどんと出てくる。

 将樹はその台のことは良く知っていた。この当たりはそんなに長く続くタイプの当たりではない。


「好きですよ」。その言葉が頭の中でリフレインしていた。ハッカの匂いのことだ。そんなことはわかっていた。それでも、鼓動は店内の音に負けないくらい大きくなっていた。

 メダルは残り数枚だ。当たれ。将樹は祈るようにボタンを押す。

 画面上で、主人公がヒロインに伝説の樹の下で告白する。好きだ、付き合ってください。成功しろ。将樹は心の底から願った。

 隣で、メダルがどんどん排出されていた。

 将樹は画面上の2人を見つめる。付き合え、付き合え。

 しばしの沈黙、そしてヒロインは口を開く。


『よろしく……お願いします』


 ガッツポーズ。思わずしていた。確定演出だ。後は777を揃えるだけ。将樹はメダルを掴もうとする。指が、空を切った。メダルが、1枚も無かった。

 左側から、手が伸びてくる。一掴みのメダルが足されていた。


「さっきはありがとうございました!」


 女が、メダルを入れていた。


「ありがとうございます!」


 将樹は叫んだ。女は微笑んでいた。

 レバーを倒す、ボタンを押す。777は一発で揃った。『ときめき学園高等部』の主題歌が流れ始める。ボーナスタイム確定だ。

 左を向くと目が合った。2人で、笑い合う。

 将樹は画面に向き直り、当たりが長く続くように願った。

 2人分の食事代が稼げるくらいには、と。

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