僕の近くて遠い隣人(後編)
「なあカナタ、私と一緒に来ないか?」
トウはカナタの眼をまっすぐに見て、固い声で言った。
いつも通り、無機質な喋り口だ。しかし、わずかながら感情の揺れをカナタは感じた。この宇宙人と出会ってもうすぐ3年になる。ずっと無表情なのは変わりがないが、今何を思っているのかは、少しずつわかるようにはなっていた。
車が、横を通り過ぎていった。夕闇が紫から濃紺へと移り変わっている。
カナタの自宅と、トウが住み着いている家はすぐそこだ。
「トウ、もう5時だぞ。遊びに行くなら明日にしようぜ」
「そうじゃない。私は言葉の選択を間違えたようだ。カナタ、私の住んでいる星に来ないか」
カナタは眼をぱちくりさせる。
「それはトウの実家に俺が行くってこと?」
「その解釈で構わない。『縺。縺阪e縺』に永住しないか?」
トウは無表情だ。しかし頭から生えたツノが、所在なさげに揺れていた。
「いや、エイジューとか急に言われても……学校とかサッカーとかあるし……」
「ふむ……いやしかし……」
永住と言われてもぴんと来なかった。学校帰りにする決断としてはあまりに重い。
「なあ、なんで今そんな話をするんだ?」
「私が今から『縺。縺阪e縺』に帰還するからだ」
「え、今から?」
カナタは唖然とした。心臓が強く鳴っていた。思考が、心に追いついてこない。
「なんでそんな急に? Awazon超お急ぎ便の仕組みを解明出来たのか?」
「いや、それは出来なかった。認めるよ、君たちの技術は素晴らしい。『縺。縺阪e縺』以上だ」
「素晴らしい、じゃないぞ。だったらどうして帰るなんて言うんだ!」
トウは、遠くを見るような眼をした。カナタはそこで自分の語気が強くなっていたことに気がつく。
「……ごめん」
「いや、カナタの疑問はもっともだ」
「なあ、今日じゃなきゃ駄目なのか? せめて卒業するまでとかさ」
カナタは6年生になっていた。トウも6年生ということになっていた。あと半年もすれば卒業だ。
「駄目だ。今日がタイムリミットだ。私は仕事のために『縺。縺阪e縺』に帰らなければならない」
トウの顔に影が差していく。カナタは何も言い出せなかった。何を言えば良いか、何も思いつかなかった。
不意に、トウはカナタの腕を掴む。トウの手は、思った以上に柔らかかった。指が、食い込んでくる。こんなことをされるのは、およそ3年の付き合いで初めてだった。
「カナタ、もう一度頼む。私と共に『縺。縺阪e縺』に来てくれないか」
「べ、別に一緒に行く必要ないだろ? 会えなくなるのは、さ……寂しいけどさ、またこっちに来れるんだろ? また遊ぼうぜ」
トウは、強くカナタを見つめた。ツノは、忙しなく動いていた。
「カナタ、落ち着いて聞いてくれ」
カナタは息を呑んだ。友人の目から、一筋の涙が流れていた。
「地球の知的生命体は5年後に絶滅するんだ」
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