クラッシュシンバル・シンバルクラッシュ

 Awazon超お急ぎ便。箱にはそう書いてあった。

 山崎は、内側から冷たい汗が滲み出てくるのを感じた。それでも、ドラムを同じリズムで叩き続けた。

 箱は、平べったい形の正方形だった。それだけで、山崎はこれから起きる不幸を悟った。


 曲がサビに入る。ロックフェスに相応しい、アップテンポの曲だ。どうしたって、


 Awazon超お急ぎ便は、10秒後に欲しくなる商品が手配されるサービスだ。

 逆説的に言えば、10、ということだ。


 箱の中は、間違いなくクラッシュシンバルが入っているはずだ。


 ——馬鹿な。


 山崎はやや上に視線をやり、クラッシュシンバルを一瞥した。


 ——昨日買ったばかりだぞ。


 ジルジャンKカスタム。ギラギラと、真夏の日の光を跳ね返していた。1枚、50000円。それが、10秒後に必要となる。それが意味することはひとつだ。


 シンバルは消耗品だ。それを承知で買った。それなのに、シンバルを叩く手に、力が入らない。曲の勢いが死んでいく。ベースの村田がチラチラとこちらを見てくる。


 あと3小節でギターソロに入る。シンバルを連発する場面だ。きっと、そこで壊れるのだろう。ありがとうジルジャンKカスタム。いいシンバルでした。山崎はスティックを振り上げる。


 轟音。山崎の前に落ちた。ステージが爆ぜる。観客席から悲鳴が上がる。

 演奏は、止まっていた。

 メンバーが、呆然と山崎の方を見ていた。


 シンバルが、粉々になっていた。足下に、岩がめり込んでいた。隕石が、墜落していた。

 スタッフが一斉に駆け寄る。会場中が騒然となる。


 山崎は慣れた手つきで箱を開封し、クラッシュシンバルを付け替える。


「入ってて良かったAwazonプライム」


 もう、怖いものは何も無かった。

 ありとあらゆるトラブルに対応出来る。山崎は確信した。

 突き抜けるような青空が広がっていた。今なら、音を世界の果てまで飛ばせる気がした。


 山崎はハイハットを4回鳴らした。

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