第15話 僕の婚約者
「ケネス様、どうしてこちらに?」
彼がイズを迎えに再びこの村に来るのは、もう少し先の話だったはず。
しかしケネスはそんなイズの質問に答えるより先に、彼女を抱きしめた。
「イズ、無事でよかった。ずっと心配していたんだよ」
「えっ──あ、あのっ!」
いきなりのことに、目を白黒させるイズ。思わずジタバタと暴れそうになるが、細身の割に案外力は強く、身動きがとれない。
やっと離してくれたと思ったら、ケネスはにこりと笑って、さっきの問いに答えてくれた。
「君が行方不明になったという報告を聞いて、飛んできて、村の人たちと一緒に捜索してたんだ。君は僕の婚約者なんだ。当然だろう」
婚約者。それを聞いてイズは、自分とこの方とはそういう関係だったのだと、今さらながら思う。
婚約者というのを忘れていたなどおかしな話だが、会ったのはたった一度。ほんの少し言葉を交わしただけの相手なのだし、そんな実感はほとんどなかった。
それからケネスは、村の中にある小さな宿に、イズを案内する。
この村に滞在しイズを探している間、ここが彼の寝泊まりする場所となっていたらしい。
宿にはケネス以外の天族も何人か泊まっていたが、ケネスが人払いを命じたため、部屋の中にいるのはイズとケネスの二人きりだ。
「調べているうちにわかったよ。君の従姉妹、シャノンって言ったっけ。彼女がならず者を雇って、君のことを誘拐させたんだろ」
「は、はい……」
「怖かっただろう。だけど、もう心配いらない。君の従姉妹は捕らえたし、それにその家族も、その責任と君へとこれまでの扱いを理由に、同様の措置をしてある。もう、イズを苦しめる者は誰もいないんだよ」
それを聞いてホッとする。
同じことを既にトーマから聞いてはいたのだが、いざ村まで戻ってくると、どうしてもシャノンや村長の姿が頭をよぎったのだ。
だが、それからケネスは、驚くべきことを言い出した。
「彼女たちには、君の望む通りの罪を与えよう。永久に牢に入れておいてもいいし、死罪にしてほしいのならそうしよう」
「えっ!?」
それは、すぐには返事ができなかった。
正直なところ、シャノンや村長たちとは会いたくないし、罪に問いたい気持ちもある。シャノンは自分を殺そうとしていたのだから、死罪というのもおかしくはないのかもしれない。
だが自分の一存でそんな大きなことを決められるかと言われると、できそうになかった。
「遠慮することはない。本来、僕ら天族がこういう形で人間の取り決めに干渉するのは良しとされていないが、婚約者が殺されるところだったんだ。口を出す権利は、十分にある」
「でも……あっ、ちょっと待ってください!」
答えに困るイズだったが、そこで大事なことを思い出す。
ケネスの言う通り、今の自分は、彼の婚約者。それは間違いない。
だがそれについて、どうしても言わなければならないことがあった。
「あの。ケネス様は、その……私に一目惚れしたから、婚約者にと言ってくれたのですよね?」
「そうだよ。君を一目見た瞬間、心を奪われた。こんな気持ちになるなんて、初めてのことだった」
楽しそうに語るケネス。イズとしてはなんとも言えない恥ずかしさが湧き上がってくるが、今大事なのはそこではない。
「そ、その一目惚れなのですが、ケネス様の本当の気持ちではないと思います」
「なに?」
これにはケネスも、どういうことかと怪訝な顔をする。
だがイズは、ずっと疑問に思っていた。たった一度会っただけ。しかもあんな粗末な格好をしていた自分を好きになることなど、果たしてあるのだろうかと。
そして、その答えを今は持っている。
「私、魔女なのです。ケネス様の思いは、私の持ってる魅了の力によって植え付けられたものなのです」
魔女の持つ魅了の力は、高い魔力を持つ者に対して発動すると聞いている。
そして魔力を持つのは、魔族だけではない。彼ら天族だってそうなのだ。
ケネスが高い魔力を持っていて、それ故に自分の持っている魅了の力が発動してしまった。そう考えれば彼の一目惚れにも説明がついた。
「いったい、どういうことなんだい? いなくなっていた数日の間に、君に何があった?」
いきなりこれだけを告げられても、戸惑うのも当然だ。
だからイズは、一から順を追って、話しはじめる。
男たちに誘拐されたこと。クライドに助けられ、魔界に行ったこと。そして、自分が魔女だと告げられたこと。
ケネスは、イズが何か言う度に驚いていたが、全てを話し終えたところで、うーんと唸る。
「なるほど。まさか、そんなことになっていたなんてね。実は、僕も不思議だったんだ。誰かに対して急にこんな気持ちが芽生えるなんて、初めてだったから。けど、君が魔女で、魅了の力を持っているのなら納得だ」
よかったと、イズは内心ホッとする。
彼にとってはあまりに唐突な話だし、ちゃんと受け止めてもらえるか、不安だったのだ。
「私が魅了の力を持っていたせいで、申し訳ありません。ですがそういうわけなので、私はケネス様の婚約者になるわけにはいきません」
婚約のきっかけとなった一目惚れが、魅了の力のせいで引き起こされたものなのだ。
それに魅了され続けると、やがて理性を失う。そんな自分が彼のそばにいていいはずがない。
クライドの元から去ったように、ケネスとも離れて、二度と会わない。それが、最善の選択に思えた。
だが……
「いや。イズはこのまま、僕の婚約者として天界に来てもらうよ」
「えっ……?」
なにを、言っているのだろう。
さっきの説明で、魔女がいかに危険かは話したはずだ。
当然ケネスもそれを理解し、婚約を無かったことにするのはもちろん、二度と会わないものだと思っていた。
だがケネスは、イズの話を聞いて笑った。
愉快そうにニヤリと口を歪ませる。
「魔女なんて、素晴らしいじゃないか。イズ。ますます君がほしくなった」
「そ、そんなことしたら、大変なことになってしまうのですよ?」
どうしてケネスがこんなことを言うのか、イズにはさっぱりわからない。
もしかすると、既に魅了の力によって、理性を失っているのではないか。そんな考えが頭をよぎる。
「僕はね、前から魔女に興味があったんだ。もし見つけたら、絶対に僕のものにしようと思ってた」
「そんな。どうして!?」
「さっき、言ったよね。誰かに対してこんな気持ちが芽生えるなんて初めてだって。僕はね、生まれた時から立場も力も、備わっていて、何もかもが満たされていた。けどそれ故に、心の底から何かを求めるような、強い衝動なんて感じたことがなかった。けど魔女なら、魅了の力なら、僕でもそんな衝動が得られるかもしれない。全てを投げ打ってもいいような執着が、湧き上がってくるかもしれない。そう思っていたら、その通りだったよ」
ケネスは笑いながらそう話すと、射抜くような目でイズを見据える。
その瞬間、ゾクリと体が震えた。
「だ、ダメです。魅了の力にかかりすぎたら、理性を壊され、ケネス様も周りの人も、みんな不幸になってしまいます。どうかおやめください!」
ケネスがなんと言おうと、魔女がいかに危険か知っている以上、彼のそばにいるわけにはいかない。
クライドを不幸にさせるわけにはいかないと思い魔界から戻ってきたというのに、これでは場所が変わっただけで、同じことが起きてしまう。
なんとかして彼を説得しなければと、言葉を探す。
「ダメだよ、君たちのようななんの力も持たない人間が、僕に逆らうなんて」
「なっ!?」
聞こえてきた言葉に、イズは耳を疑った。
ケネスは、相変わらず笑顔を浮かべたまま。なのにとんでもなく横暴なことを、当たり前のように言う。
「人間はもっと天族を崇めているものと思ってたけど、違ったのかな?」
「な、なにを言っているのです?」
ケネスの言う通り、多くの人間は、天族を高貴な存在として崇めている。イズだってそうだ。
だがそれでも、有無を言わさず命令を聞くような、そんな関係ではないはずだ。
「そもそも君は、僕の婚約者なんだから、一緒にいるべきなんだよ」
そう言うと、ケネスはイズに向かって、手をかざす。
するとそのとたん、強烈な眠気が襲ってきた。
頭がボーッとして、急速に意識が失われていく。
「け、ケネス……様?」
彼がなぜこんなことをするのか、理解が追いつかない。
ただ、薄れゆく意識の中で、前にクライドが言っていた言葉を思い出す。
『人間も魔族も、それに天族だって、悪いやつはどこにでもいる』
それを聞いた時は、その言葉の意味を、まだ理解しきっていなかったのかもしれない。
今だってそうだ。
だが、それ以上は何も考えられなかった。
襲ってきた眠気はさらに強くなり、イズの意識は、完全になくなっていった。
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