第13話 ここにはいられない
ドクドクと胸が高鳴り、嫌な汗が背中を伝う。
イズにとっては、覚えてもいない人の話。それでも、自分の叔母が原因で誰かが不幸になったと聞いたら、落ち着いていられるわけがない。
「不幸とは、いったいどういうことなのですか?」
「魔女の持つ魅了の力は、魔力の高い者にのみ効果を発揮するというのはさっきも言いましたが、魔族や天族において、魔力の高さはそのまま地位に直結します。高い地位にある者が一人の女性に心を奪われ、正気を失う。そんなことになった結果、世の中が乱れたという話は、人間界にもあるのではないですか?」
確かにトーマの言う通り、そういう話は、イズも聞いたことがあった。
恐る恐る、クライドを見る。彼の父親も、そうなってしまったのだろうか。
「マーサが来た頃には、俺の母はもう亡くなっていたから、父は後添えにしようと考えているのではと思っていた。だが、いつしか父のマーサに対する執着は、度が過ぎるようになっていった。マーサのことしか考えなくなり、領主の仕事を全て放り出した。上に立つ者がそのザマでは、それにつけ入る者も出てくる。その結果、領内は荒れたが、それでも父は無関心だった。それどころか、それを利用し不正に金を得て、マーサに高価なものを買い与えた。マーサの気を引き、贅沢をさせる。それしか考えられなくなっていた」
「そんな……」
そんなもの、まるで暴君そのものだ。
そういえば、さっきアメリアが、先代の領主について少しだけ話していた。
それはそれは酷いものだった。そう彼女は言っていたが、自分の父親がそうなってしまうのを目の当たりにして、クライドはどんな思いだったのだろう。
「その頃の俺は、今ほどの魔力はなかったから、魅了にもかかっていなかったのだろう。父の異変の原因はマーサにあると気づき、彼女は魔女なのではと思った。父にもそう進言したが、既にマーサに心奪われ正気を失っていた父にはムダだった。俺の言葉など、死ぬその時まで聞いてはくれなかった」
「お父様は、亡くなられたのですか?」
「ああ。マーサと一緒にな正気を失った挙句の、無理心中だ」
「なっ!?」
あまりのことに、言葉を失う。魅了の力とはそこまで正気を失わせるものなのかと、恐ろしくなる。
そんな力を自分も持っているのかもしれない。そう思うと、体の芯から震えてきた。
「魔女の恐ろしさが、少しは理解できたでしょうか? 今の話は、領内でも限られた者しか知りません。先代領主は、マーサが自分以外の目に止まるのを嫌い、その存在を隠していましたし、周りの者も、たった一人の女性のために領内が乱れたとは知られたくなかったのでしょう。私がマーサという方を知ったのも、クライド様の側近となってからでした」
そう話すトーマの顔つきは、この話が始まってからずっと険しいままだ。
かつてそんな事態を引き起こした魔女という存在が目の前にいるのなら、警戒するのも当然だろう。
「ほ、本当に、叔母は魔女だったのでしょうか? それに私も、魔女なのでしょうか?」
何かの間違いであってほしかった。
自分の血縁者がそんな事態を引き起こしたことも、自分に同じ力があることも、信じたくはなかった。
しかし、クライドはゆっくりと答える。
「まず、マーサが魔女であるのは事実だ。さっき話した、魔女かどうかを確かめる魔法具だが、それは俺が魔女のことを調べる際に、偶然手に入れたものだった。それを使って確かめたんだ。もっとも、父はもう、マーサが魔女であろうとなかろうとどうでもよく、魔法具も壊されてしまったがな。そして、イズ。お前が魔女というのも、おそらく……」
そこまで話したところで、言葉が途切れる。
これ以上言えば、イズが傷ついてしまう。そう思い、言うのを躊躇っているようだった。
だが、そんなクライドの後を引き継ぐように、トーマが続ける。
「魔女の力というのは、血筋によって受け継がれると言われています。あなたは、魔女であるマーサの親戚だ。そしてあなたと会った時、クライド様は間違いなくおかしくなっていた。この二つを考えると、答えは明白でしょう。それとも、これからもにいて確かめてみますか? クライド様の心が、正気を失っていくかどうかを」
「────っ!」
そんなこと、できるわけがない。悲劇を引き起こすかもしれないと知って、それでもな近くにいるなど、言えるわけがなかった。
「私は、クライド様のそばを離れ、人間界に戻った方がいいのでしょうか?」
「それが懸命でしょうね。もっとも、そばにいたいと言ったところで、私が全力で止めますが。例え、あなたを殺すことになっても」
「トーマ、お前!」
物騒な言葉に、クライドが声を荒らげ怒鳴る。
それでも、トーマはあくまで冷静だ。
「私も、彼女に悪意がないというのは理解しています。だからこそ、できれば穏便な手段をとりたい。幸い、クライド様はまだまだ正気に近いでしょう。先代の心が完全に壊れたのも、マーサを近くにおいてから数年は経った頃だと聞いています。なら、今二人が離れれば、かつてのような悲劇はおきずにすむ。違いますか?」
トーマの言う通りだった。
自分が本当に魔女なら、クライドから離れるべき。イズも、それは十分に理解できたつもりだ。
だが……
(クライド様と、離れる? もう、会えなくなる?)
なぜだろう。そうした方がいいと、そうするべきだとわかっているのに、胸の奥がズキリと痛む。
そしてクライドもまた、すぐには頷けないでいた。
「イズの事情は、お前にも話したはずだぞ。元いたところでは、彼女に命の危険があるかもしれない。にも関わらず、帰れと言うのか」
それを聞いて今さらながら思い出す。
村長の家で受けてきた仕打ちを。何より、シャノンの企みにより、殺されるかもしれなかったことを。
人間界に帰ったら、またあの人たちのところに戻ることになる。そう思うと、足が震えた。
しかし、それを聞いたトーマは、実に意外なことを言い出した。
「村長やその娘のことなら、心配いりませんよ。なにしろ、一家揃って捕まっているのですから」
「へっ?」
出てきた言葉があまりにも予想外で、間の抜けた声を上げる。
「あなたが行方不明になったことが、婚約者の耳に入ったようでしてね。大がかりな探索と取り調べが行われ、あなたの従姉妹が関与しているということがわかったようですよ。あなたが、普段どんな扱いを受けているかも知られたようです」
「そ、そうなのですか?」
返事はしたものの、急にそんなことを言われても、全く実感はわかない。
村長とその家族として、全員が非常に幅をきかせていたのを思うと、捕まっている姿など、とても想像できなかった。
だがそれが事実なら、彼らに怯えることはなくなる。村に帰るのを、心配する必要はなくなる。
(クライド様は、どう思っているのでしょう)
彼を見ると、まだ納得しきっていないように顔を強ばらせている。
もしかすると、自分がそうであるように、クライドもまた離れたくないと思っているのではないか。そんな考えが、頭をよぎる。
自惚れかもしれないが、ありえない話ではない。
今までの話が全て本当なら、彼は今、魅了にかかっているはずなのだから。
(私がそばにいると、クライド様の理性が壊れてしまうかもしれない。マーサ叔母さんとクライド様のお父様のようなことが、また起きるかもしれない)
自分の意志とは無関係に、誰かの心を狂わせる。その結果、多くの人が不幸になる。
そんなこと、あっていいはずがない。
村長やシャノンが捕まり、帰ることへの恐怖がなくなった今、やるべきことは決まっているのだろう。
「私、帰ります。これ以上、クライド様たちに迷惑をかけるわけにはいきません」
そう、ハッキリと告げる。
これでいい。こうするのが、誰にとっても幸せになるはずだ。
なのに、なぜだろう。
こうした方がいいとわかっているのに、クライドと別れることを考えると、もう二度と会えないと思うと、その度に、胸の奥がズキズキと痛むのだった。
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