第11話 ずっとここに

 それからしばらく歩いて、やってたのは街の外れ。

 屋敷や露店のあった場所とは違い、この辺りになるとさすがに人や建物の数も減ってきている。

 近くにあるものといえば、街を囲うように建てられた外壁。そして、その外壁にくっついている、高い塔だ。


「あの塔は、外敵が攻めてきた時の見張り台として作られたものだ。もっとも、最近は滅多に使われることもないがな」

「そうなのですか? でもそれじゃあ、どうしてここに?」


 わざわざ意味無くこんなところまで来たとは思えない。

 するとクライドは、何を思ったのか、突然イズの体をヒョイと抱えあげた。


「わっ! く、クライド様。いったい何を?」

「悪いな。詳しくことは後で話すから、少しの間目を瞑っていてくれないか」

「は……はい」


 クライドが何をするつもりか、さっぱりわからない。

 たがそうしてほしいならと、言われた通りギュッと目を瞑る。


 当然、イズの視界は真っ暗になり、何が起きているのかわからなくなる。

 少しだけ体が揺れたかと思うと、再びクライドの声がする。


「もう、目を開けて大丈夫だ」


 いったいなんなのだろう。

 不思議に思いながら、イズはゆっくりと目を開いた。

 そして、次の瞬間、声を上げる。


「きれい──」


 イズがいたのは、先ほど見上げていた、塔の上の見張り台だった。

 目を瞑っていたほんの一瞬でここまで移動したことにも驚くが、それ以上に驚いたのは、見えていた景色だった。


 遥か向こうの山に太陽が沈みかけていて、街の全てが夕焼けに染まっている。

 見張り台から見下ろすそれは、とても美しかった。


「ここから見る街の景色は、気に入ってるんだ。悩んだ時、気分を変えたいと思った時はここに来るし、イズにも見せたいと思ったんだが、どうだ?」

「素敵です。すごく」


 夕焼けなど、村でも飽きるほど見ていた。だがこれほどきれいだと思ったことは、滅多にない。

 クライドの言うように、例え悩みがあっても、これを見れば、心が穏やかになるような気がした。


 ホッと息をつくと、クライドも同じように息をつく。

 だがそれから、少しだけ真剣な表情へと変わった。


「ひとつ、聞いていか?」

「はい。なんでしょう?」

「いきなり魔族の中で暮らすことになったが、大丈夫か? うちでの生活が、負担になってはいないか?」


 それを聞いて、なぜクライドがわざわざここまで連れてきたのか察する。

 あの屋敷で暮らしているのは、クライドだけでなく、アメリアたちも一緒だ。もし本当に負担になっていたとしても、彼女たちの近くでは言いにくいかもしれない。そういう配慮なのだろう。

 しかし、それはいらない心配だった。


「そんな。さっき御屋敷でも言ったように、皆さんすごく親切にしてくれます。こんなに良くしてもらっていいのかって思うくらいです」


 両親が亡くなり、村長の家に引き取られてから今まで、ここまで安らげたことなどないかもしれない。


 こんな見知らぬ場所でこれだけ穏やかに過ごせるというのは、イズにとっても驚きだった。


「実は、最初は少しだけ、不安があったんです。私が話に聞いていた魔族は、その……」

「凶暴だとか恐ろしいやつとか、そんな風に言われていたんだろ」

「うぅ……」


 まさにその通りだ。だからこそ、なんて失礼なことを思っていたのだろうと、申し訳ない気持ちになってくる。

 子供のころから聞かされていた話は、いったい何だったのだろう。


「まあ、人間が俺たち魔族のことを恐れるのも、ある程度仕方のないことだからな」

「そうなのですか?」

「ああ。ずっと昔、強い力を持った魔族が、人間界を支配しようと攻撃を仕掛けたことがあるからな。その魔族を倒すため、一部の天族が人間の味方をした。それが、人間が魔族を恐れる天族を崇める理由のひとつになっているらしい。これに関しては、魔族が悪者、天族が正義の味方みたいなものだから、何も言えないな」


 昔、そんな魔族がいたというのはイズも知っていた。

 人間界を支配するなど、たしかにそれは人間にとって恐ろしく、恐怖の対処となっても仕方ないことなのかもしれない。


 しかし、だからといって全ての魔族がそうというわけではない。


「でも、私は知っています。クライド様がとても親切で優しいということを。アメリアさんや、お屋敷の人達だってそうです」


 ハッキリとそう言うと、クライドは一瞬目を丸くして、すぐに柔らかい表情で笑う。


「言っておくが、今の魔族にだって、普通に悪いやつはいるからな。人間も魔族も、それに天族だって、悪いやつはどこにでもいる」

「それなら、私が最初に出会った魔族がクライド様でよかったです。でなければ、魔族にも良い方がいるなんてあまり前のこともわからなかったかもしれません」

「イズ……」


 こんなことを面と向かって言うのは、なんだか恥ずかしい。

 だが、それでも伝えたかった。良くしてもらったことへの感謝と、出会えたことの幸運を。


「なあ、イズ。もしよかったら、このままずっとここにいないか?」

「えっ?」


 急に言われた言葉に、耳を疑い、思わず聞き返す。


「婚約者がいるというのは知っている。だがそれも、ろくに話したこともないような相手なんだろう。それよりもこっちの方が居心地がいいと思うのなら、いつまでだっていてくれていい。歓迎するぞ」

「それは……」


 いくらなんでも、そんなこと急には決められない。

 シャノンや村長のいる所に帰りたくないという気持ちは、今も変わらない。だが婚約者となった相手と再び会うことなく、そんな大事なことを決めていいとも思えない。

 だだそれでも、ずっといないかと言われて、確かな嬉しさを感じていた。


 だが、それを伝えようとしたところで、声が聞こえてきた。


「クライド様! おられますかーっ!」


 クライドを呼ぶ声。

 それは、この見張り台と地上とを繋ぐ階段の、下の方から聞こえてきていた。

 その声は、イズも聞き覚えのあるものだった。


「この声は、トーマさん?」


 イズはまだあまり話したことは無いが、領主であるクライドの補佐をしている人だと聞いている。


 何か急な用事でもできたのだろうか。

 そう思っていると、間もなくして、階段を上がってきたトーマが姿を現した。


「クライド様、やはりこちらでしたか」

「トーマ。いったい、何をしに来た?」


 トーマは、クライドの質問にすぐには答えなかった。

 その前に、イズとクライド、二人の間に割って入る。そして、イズを鋭い目で睨みつけた。


(ひっ!)


 自分は何か、彼の不興を買うようなことをしただろうか。そう不安になるくらいの、鋭い目だ。


 さらにトーマは、クライドに向かって言う。


「クライド様、お下がりください。やはり彼女は、イズ=ローレンスは魔女でした」


 魔女。

 トーマは今確かに、イズを指してそう言った。だがイズには、それが何だかさっぱりわからない。

 ただ彼の表情から、それが良くないものだというのだけは、なんとなく理解できた。

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