第7話 見知らぬ場所

 イズは目を覚ますと、すぐさま首を傾げた。


「ここは、どこ?」


 見たこともない部屋で、ベッドに寝かされている。さらに身につけている服も、一切覚えのないものだ。

 もう少し部屋の中を観察すると、所々に美しい調度品が置かれている。ベッドや窓枠にも丁重な細工が施されていて、いずれも上質なものであることが予想できた。


 ここはどこで、どうして自分はこんなところにいるのか? 困惑するイズだが、頭が鮮明になっていくにつれて、思い出してくる。


 見知らぬ二人の男に誘拐されたこと。その主犯がシャノンであること。そして────


「あら、気が付きましたか」


 すぐそばで、声がする。

 見ると、メイド服を着た恰幅のいい女性が、部屋の扉を開けこちらを覗き込んでいた。


 彼女を見て、イズは思わず声をあげる。


「そ、そのツノ……」


 イズの視線の先にあるのは、彼女の頭に生えている、グニャリと曲がった短いツノ。魔族の証だ。

 それを見て、さらに思い出す。自分をさらった二人の男に襲われていたところに、魔族が現れたことを。その後に、何があったのかを。


 だが、途中で意識が途切れてしまったので、その後のことはまるでわからない。


「あ、あの。ここはいったいどこなのですか? 私、どうしてここにいるのでしょう?」


 恐る恐る聞いてみる。

 魔族とは恐ろしいもの。幼いころからそう聞かされていたため、どうしても恐怖心が湧いてきてしまう。


 だがその女性は、イズの怯えた態度を見ても、特に気を悪くした様子はなかった。


「えっとですね。お答えしたいのですが、実は私も詳しいことは知らないんですよ。ただ、あなたが目を覚ましたら教えてくれってクライド様に言われてるので、今から知らせに行ってきますね。少々お待ちください」


 そう言って、さっさと部屋から出ていく。

 クライド様。聞き覚えのない名前に、イズはますます首を傾げる。

 それから間もなくして、再び部屋の扉が開かれ、一人の男が入ってくる。今度は、覚えのある顔だった。

 洞窟で襲われていた時に現れた、あの魔族の男だ。

 彼を見てイズの顔が微かに強ばる。


「目を覚ましたと聞いたが、気分はどうだ。痛むところはないか?」

「は、はい。大丈夫です。あの、あなたが、クライド様でしょうか?」


 さっきの女性がクライド様に知らせてくると言っていたことから、彼がそうなのかと予想し、聞いてみる。


「ああ。俺の名前は、クライド=マグナス。お前は、なんという?」

「えっと……私は、イズ=ローレンスと言います」


 クライドと同じように、名前を名乗るイズ。クライドはそれを聞いて、「イズか……」と、確認するように、彼女の名前を繰り返す。

 一方イズは、表情を固くしたまま、警戒するように決してクライドを見る。

 誘拐犯から助けてくれた相手ではあるが、その直後、有無を言わさず抱きしめられたのだ。いったいどんな人物で何を考えているか、まるでわからない。


 しかしそこで、クライドはイズに向かって、勢いよく頭を下げた。


「すまない、イズ。お前への乱暴狼藉。本当に悪かった!」

「えっ? えぇぇぇぇっ!?」


 まさか、こんなにも直接、ハッキリとした謝罪を受けるとは思っていなかったのだろう。

 イズは素っ頓狂な声をあげ、目を丸くする。


「えっと、あの、乱暴狼藉というのは……」

「その……お前の裸同然の格好を見た挙げ句、無理やり抱きしめてしまったことだ」

「で、ですよね」


 イズ自身、そのせいで彼への警戒を解けないでいた。

 だがこうも謝り頭を下げているのを見ると、そんな警戒心も揺らいでくる。


「い、一応言っておくが、抱きしめる以上のことは何もしていない。いや、無理やり抱きしめた時点で十分最低なのだから、弁明にもならんが」

「あ、あの、その……も、もうわかったので、顔を上げてください!」


 なおも謝ろうとするクライドを、声をあげて止める。

 いきなり抱きしめられたショックは未だに残っているし、恥ずかしい格好を見られたと思うと、顔から火が出そうになる。

 だが、今まで村長一家によって散々不遇な目にあわされてきたため、こんな風に謝られることにら慣れておらず、戸惑ってしまうのだ。

 さらに、理由は他にもある。


「は、肌を見たのは、私を襲った人が服をボロボロにしたせいじゃないですか。だ、抱きしめられたのは、その……確かに驚きましたけど、その前にあなたは、私を助けてくれました」


 もしもクライドがあの場に現れなければ、もっと酷いことになっていただろう。

 もちろん、だからといって同意なしに抱きしめていいとはならないが、助けてもらったことへの感謝の気持ちは、ちゃんと持っていた。


「あいつらを追い払ったのは、その後にお前を襲うためとは、考えないのか?」

「えっ? そうだったのですか!?」

「い、いや。違う。決してそんな邪な考えがあったわけじゃない。まあ、お前にしたことを考えると、説得力などないかもしれんが」


 クライドはそう言うが、イズはなんとなく、信じられる気がした。


 口先だけならなんとでも言える。そんなことはわかっているが、それでも、何度も申し訳なさそうに何度も頭を下げてくれた彼が、嘘をついているようには見えなかった。


 それよりも、聞いてみたいことは、他にもたくさんある。


「あの。それより、クライド様は魔族なのですか? それに、ここはどこなのです? どうして私はここにいるのですか?」

「そうだな。ひとつずつ答えるから、どうか落ち着いてくれ。まずは、イズの言う通り、俺は魔族だ」


 やっぱり。そう思いながらも、同時に信じられない気持ちもある。

 頭にツノという魔族ならではの特徴がある以上、間違いないとは思っていたが、魔族なんて見たのは初めてだ。

 それに、話に聞いていた魔族とは全然違う。


「あと、ここは魔界にある俺の家だ。あの場で気を失ったまま置いておくのは危ないと思って、連れてきた」

「魔界!?」


 驚いて、窓の外を見る。

 だがそこから見える景色は、青い空に草の生い茂った大地と、イズたちの住んでいる人間の世界と違うようには見えなかった。

 

「魔界といっても、この辺りは人間の世界とほとんど同じだ」

「そ、そうなのですか? でも……」


 魔界は地の底にあると言われてはいたが、実際は人間界とは別の空間にあり、空も太陽もあるらしいというのは、知識としては知っていた。

 だがそれでもこれは、イズが今まで思い抱いていた魔界の様子とは全く違う。


「魔族は凶暴で、魔界はもっと恐ろしいところだと思ったか?」

「そ、そんなことは……」


 そんなことは、ある。イズが小さい頃から聞かされてきた魔族や魔界は、まさにそういうものだった。


「隠さなくてもいい。人間が、俺たち魔族にそんな印象を抱き恐れているのは知っているからな。だからこそ、俺たちもそんな人間とは迂闊に接触しないよう、ゲートを使って世界を行き来するのは制限している」

「じゃああなたは、どうしてあの時人間の世界にいたのですか?」

「ゲートの調査だ。ゲートはあたりの時空を歪めて二つの世界を繋ぐ穴を開けている。だが、遙か大昔に作られたものだからな。たまに誤作動を起こして、近くの者を勝手に別の世界に送ることがあるんだよ。人が突然いなくなるという話、人間界ではないか?」

「あっ。あります!」


 村やその近くでは、極たまに、人が神隠しにあうという話を聞いたことがあった。

 中には、きっと魔族にさらわれたんだと言う者もいたが、クライドの口ぶりでは、どうやら違うらしい。


「そんな風にゲートが誤作動を起こさぬよう、たまに魔界と人間界の両側から調整することにしているんだ。そうして人間界の方から調査していたが、その途中近くから悲鳴が聞こえてきて、行ってみたらお前がいた。あとは、知っての通りだ」

「そうだったのですね」


 イズにしてみれば初めて聞くことばかりで、驚きの連続。だがこれで、自分の身に何が起きたかはわかった。

 納得するイズを見て、クライドはさらに続ける。

「俺なら、またゲートを操り人間界への穴を繋ぐこともできる。落ち着いたら連れて行ってやるから、うちに帰るといい」


 それは、イズを気遣って言ってくれたことなのだろう。

 イズも最初、家に帰れると聞いてホッとした。

 だが、それもほんの短い間だ。帰った時のことを想像した時、彼女の心に湧きあがってきたのは、恐怖だった。


(帰る? また、村長の家に? あの、シャノン様がいるところに?)


 自分を誘拐するよう依頼し、殺そうとしたシャノン。そんな彼女のいるところにノコノコ戻ればどうなるか。


 何があったか訴えれば、全て解決できるかもしれない。

 だがそうなると、シャノンにとっては身の破滅。村長たちにしたって、責任を問われることになりかねない。

 なら明るみになる前に、今度はより確実に殺そうとするのではないか。


「イズ……?」


 クライドが怪訝な声をあげる。だが、イズは何も答えない。とても、答えられる余裕などなかった。


「あ……あぁ…………」


 今度こそ、本当に殺されるかもしれない。

 そう思った時、イズは心の底から震え上がった。

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