第4話 響く悲鳴

 袋の外から聞こえてきた、シャノンの声。

 彼女と二人の男は、さらに話を続けた。


「しかし、あんたみたいなお嬢様が、俺たちみたいなのに誘拐を頼るとはね。しかもこれ、あんたの姉だろ?」

「姉? 冗談じゃないわ。ただの生意気な穀潰しよ」

「おぉっ、怖っ! じゃあ、殺しても構わないってのも本当なんだな」

「もちろんよ。むしろそうしてくれた方が嬉しいわ。その前にあなた達が楽しむかどうかは、好きにして」


 聞こえてきた内容に、改めてゾッとする。

 シャノンが、自分の誘拐を依頼した。


 まさか。なんてことは思わなかった。

 最近の彼女を見ていると、本気でそんなことをしてもおかしくないと思えた。


 さっき言っていた、殺しても構わないというのも、おそらく本心なのだろう。


(誰か! 誰か助けて!)


 助けを呼ぼうとするが、相変わらず、口に当てられた布のせいで声は出ない。ジタバタと暴れようにも、袋の中に詰められては、まともな抵抗などできなかった。


「それより、さっさと行って。お父様たちに見つかったらまずいから」

「わかったよ。俺たちも、そんなことになるなんてごめんだからな」


 そんな会話の後、イズは袋ごとヒョイと抱えられ、どこかに運ばれていく。


 途中、近くに繋いでいた馬に乗せられたようだ。蹄の音が絶え間なく聞こえ、激しく揺さぶられる。

 その間ずっと、イズは恐怖に震えていた。男たちは、シャノンの言う通り自分を殺すのか。例えそうならなかったとしても、ろくなことにならないのは間違いない。


 ポロポロと零れた涙が、袋の内側をどれだけ濡らしただろう。

 再び袋ごと担ぎ上げられたかと思うと、少しだけ移動し、地面に転がされる。そこでようやく、閉じていた袋の口が開けられた。


「よう。どうだ、気分は? まあ、最悪だろうな」


 イズをさらった男二人が、袋の口から覗き込む。

 二人とも、イズのことをジロジロと眺めながら、下劣な笑みを浮かべていた。


 それから、イズを完全に袋から取り出すが、自由にしてやろうというわけではない。

 出してすぐ、持っていたロープで、イズの両手を背中に回して縛る。これで、まともに体を動かすことができなくなった。


「可愛そうだから、口くらいは自由にさせてやるか」


 一人がそう言って、イズの口に当てていた布を解こうとする。


「おい。いいのか?」

「その方が、悲鳴が聞けて面白そうだろ。それに、ここじゃどれだけ泣き叫んでも助けなんてこねーよ」

「それもそうだな」


 そうして布が解かれ、久しぶりに口を開くことができた。

 だが、恐怖でまともに喋ることができず、息をするだけで精一杯だ。


 周りを見渡すと、どうやらそこは、洞窟の中のよう。

 村から、そう遠くない場所にある洞窟。それについて、イズはひとつ思い当たる所があった。


「こ、ここってまさか、魔界に通じるゲートのある、あの洞窟!?」


 やっとの思いで、声を出す。


 天族の住む天界と、魔族の住む魔界。それぞれ空の向こうと地の底にあると言われている世界だが、そこに行くにはゲートというものが必要になる。


 ゲートとは、遙か古代の天族や魔族が作り出したもので、時空を歪め、はるか遠くにある場所に一瞬で移動できるという装置で、それを使って天族や魔族は人間の世界にやってくる。

 ゲートは世界の数カ所に点在しているが、そのうちのひとつ、魔界へと通じるゲートが、イズたちの村の近くの洞窟にあるという。


「げ、ゲートがある洞窟は、危険だから立ち入ってはいけないと言われています! もし魔族が出てきたら……」


 魔界へのゲートのある洞窟には、決して近づいてはならない。あの村で暮らしている者なら、子供でも知ってることだ。


 美しく高貴な存在と言われている天族に対して、魔族は凶暴。残虐。冷酷。ずっと昔、人間界や天族に対して戦いをしかけ、全ての世界を恐怖と混乱に落とし入れた魔族もいると聞く。

 だからイズたち人間は魔族の存在を恐れ、そんな魔族の住処へと繋がるこの洞窟は、入るどころか近づく者さえもいなかった。


 そのはずなのだが、男たちはケロリと笑う。


「知ってるよ。けど、それがどうした? 危険って言っても、ここから魔族が出てきたなんて聞いたこともねえ」


 確かにその通りだ。天族も魔族も、実際にゲートを使って人間界に来るということは滅多にない。来てもせいぜい、国の中枢である王都くらいだ。

 だからこそ、天界の視察団が村を視察に来た時、あれほどの騒ぎになったのだ。


 この洞窟のゲートも、使われ、魔族がやってきたなんてことは、イズの知る限り一度もない。


「俺たち人間はもちろん、魔族だって来ない。だからこそ、身を隠すのや悪さするには持ってこいの場所なんだよ。ここなら、どれだけ好き勝手しようと、見つかる心配はないからな。例えばほら、こんなことをしてもだ」

「ひっ────っ!」


 一人の男の手が、イズに向かって伸びる。

 逃げようとしたが、手を後ろで縛られていては思うように動けず、さらに腰が抜けて、まともに立ち上がることすらできない。


 あっさり捕まり、服の正面にある合わせを掴まれる。

 そしてそのまま、合わせを左右へと引っ張り、思い切り左右に引き裂いた。


「きゃぁぁぁぁっ!」


 イズの悲鳴と、飛び散ったボタンが地面に落ちる音が、洞窟の中に響く。

 服を引き裂かれたことで胸ははだけ、白く柔らかい肌が露出する。


「いやぁっ!」

「大人しくしろよ。死ぬ前にいい思いさせてやるからさ」


 ろくに動けず、それでも必死の抵抗をするイズ。

 だが男たちは、そんな抵抗すらも楽しむように、イズの体に覆いかぶさってきた。


(誰か! 誰か助けて!)


 無駄だとわかっていても、それでも祈らずにはいられない。


 しかし男たちはさらにイズの服に手をかけ、この後何をするつもりか、嫌でも想像してしまう。

 涙し、絶叫し、諦めかけたその時だった。


「おい。そこで何をやっている!」


 突如、洞窟の奥から、鋭い声が飛んできた。


 男たちも、まさか自分たち以外に誰かいるとは思わなかったのだろう。

 イズを襲う手を止めそちらを向くと、そこにいたのは、フードのついた外套を被った、一人の男だった。

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