第11話 決着


 妖魔から耀明たちを守るように前へ出てきたのは、長い外套を羽織り一振りの剣を手に持った人物。

 頭もすっぽりと覆いで隠されており、容姿を窺い知ることはできない。

 しかし、夕闇に青白く光る剣が、その人物の正体を示していた。


 妖魔たちは、突然現れた謎の人物に気を取られている。

 今しかない。

 耀明は決断を下す。


「皆、今のうちに野営地へ下がれ! ケガをした者は治療を、そうでない者は救護にあたれ!」


 耀明の声に、武官が一斉に動き出す。

 動けない者を、手分けして運んでいく。

 妖魔の周囲には、継承者と耀明。豪龍ホウロンだけが残された。

 

 継承者は、耀明にも手を振って後ろに下がれと命じた。まるで、邪魔だと言わんばかりに。

 しかし、耀明は首を横にふる。

 下がる気配のない耀明に、継承者はこれ見よがしに大きなため息をついた。


「……私が奴らの妖術を封じる。その間に妖魔を倒せ。急所は、胸ではなく腹だ」


 低く、くぐもった声。

 男とも女とも判別ができない。


「了解した。豪龍、手分けして奴らを仕留めるぞ」


「かしこまりました!」


 継承者は、魔剣を片手に一番手前にいた妖魔へ肉薄する。

 動きが早い。妖魔が術を発動する前に剣が一閃。両腕が切り落とされた。

 そこに、すかさず耀明が斬りこむ。

 胴体部分を一突きし、一体を倒した。


 耀明は息も吐かず、次へ向かう。

 飛んでくる火球は継承者がすべて剣で薙ぎ払い、露払いをしてくれる。

 術さえ封じられれば、妖魔は脅威でも何でもなかった。

 二体目も難なく撃破する。


 三体目は、逃げることなく継承者へ向かってきた。

 振り下ろされる退魔の剣を両手で受け止めた妖魔だったが、剣に触れた箇所が火傷を負ったようにただれていく。

 これこそが、この魔剣が退魔の剣と言われる所以ゆえん

 魔物が触れれば、必ず大きな痛手を負う。

 自ら剣先を掴みにいった(前世の)耀明の行動が、異常だったのである。

 間髪入れず、この妖魔は豪龍によって討ち取られた。


 こうして継承者の介入により、妖魔討伐作戦は終了したのだった。



 ◇



 継承者は台座へ剣を戻すと、何も言わずそのまま森の中へ消えた。その後を、耀明がすぐに追いかけていく。

 しばらくして、耀明は抵抗する継承者を肩に抱えたまま戻ってきた。

 初対面の人物。しかも、最大の功労者である継承者に対する態度ではない。

 耀明らしからぬあまりにも強引で無礼な行動に、豪龍は主をいさめるべきか迷った。


「……おまえ、なんでここに来た?」


「……随分な言い方ですね? あなたこそ、妖魔が現れたことをどうして私に黙っていたのですか?」


「えっ!? その声は……美鳳ちゃん?」


「美鳳?」


 恐ろしい形相の耀明にギロリと睨まれ、豪龍は慌てて口を押さえる。

 その隙に美鳳は体をよじり、耀明から逃れた。


「おまえは、現世では継承者として生きるつもりはないのだろう? だから、黙って実家に帰したのに……」


「生きるつもりはありませんけど、見て見ぬふりをするつもりもありませんよ!」


「それにしても、ここまでどうやって来た? どうして、俺の居場所を知っている?」


「ああ、もう質問が多い! ここへは、馬に乗ってきました!! 宮殿で一番足が速くて体力のある馬を借りましたので!!!」


「あの暴れ馬を、制御したのか……おまえ、すごいな」


「途中で何頭か乗り換えましたが、ほぼ休憩を取らずにここまで来ました」


 伝令兵用に、耀明は途中の村や町に馬を何頭か用意させていた。

 美鳳はそれを使用したようだ。


「馬を手配してくれたのも、場所を教えてくれたのも、すべて志賢様です。姿を隠すこの外套も、貸してくださいました」


「たしかに、その外套には見覚えがある。志賢の一番のお気に入りだぞ」


「えっ!? 妖魔の返り血がたくさん付いてしまいました……弁償ですね」


 私の給金で払えるかな?と呟く美鳳へ、「だいたい三月みつき分くらいだな」と耀明はあっさり返す。

 衝撃的な金額にプルプルと全身を震わせている美鳳の頭を、笑いながらポンと軽く叩いた。


「俺が代わりにしておくから、心配するな」


「でも……」


「今回は、おまえに助けられた。本当に感謝している」


 そう言うと、耀明は恭しく頭を下げた。後ろで、豪龍も同じように感謝の意を示している。

 皇太子が頭を下げる姿を、他の武官に見られでもしたら…焦る美鳳へ、「薄暗いから、大丈夫だ」と耀明は笑う。


「だから、外套の件は甘えておけ。それより、継承者としてはこれからどうするつもりだ?」


「やっぱり、姿を見せてしまった以上は、正体を明かすしかないでしょうね……」


 美鳳はがっくりと肩を落とす。

 覚悟はしていたが、それでも気持ちが沈んでしまうのは仕方ない。


「安心しろ、継承者の正体は明かさない。どこからともなく現れて、すぐに立ち去ったことにする」


「えっ?」


 驚いて顔を上げた拍子に、覆いが少しずれた。

 美鳳は目を丸くしながら耀明の顔を凝視している。

 その表情があまりにも愛らしく、つい耀明の手が伸びた……が、パチッと手で弾き返された。


「おまえ……反射神経が良くなってきていないか?」


「これも、訓練の賜物ですね。昔の勘が、かなり戻ってきているようです」


「今回はそれのおかげで助かったが、俺としては複雑だな……」


 妖魔との戦いでは、美鳳が駆けつけてくれなければ討伐部隊は間違いなく壊滅していた。

 自分自身も命を落としていただろうと、耀明は冷静に振り返る。


 美鳳は前世でも素早かったが、今回はそれに匹敵するような動きを見せていた。

 鬼人のときは意表を突いて力でねじ伏せたが、人の身となった自分に対処ができるのだろうか。

 耀明は一抹の不安を覚えた。


「内緒にしてもらえるのは有り難いですが、いいのですか?」


「正体を明かしたら、おまえの所有を巡って国同士の争奪戦が勃発するだろうな。それは、俺が一番困る」


「あ~、そういえば昔も、継承者をどこの国に住まわせるとか、どうでもいいことで揉めていましたね……」


 一瞬遠い目をした美鳳は、覆いを深く被りなおした。


「そういうことなら、私はこれで失礼します。闇に紛れて、先に都へ戻っていますね」


「おまえなあ……そんな血まみれの外套姿で、都に入れるわけがないだろう。とりあえず、着替えが先だ」


「たしかに!」


 美鳳は帯を解き外套を脱ぎかけたが、途中で手が止まる。

 

「何をしている? 早く脱げ」


「無理です……その、今は下を履いておりませんので」


「なに!?」


 どういうことだ?と尋ね返す耀明へ、美鳳はごにょごにょと言い訳を始める。

 いわく、馬に乗っていて、スカートの長い裾がかさばって邪魔だった。

 だから、道中で脱ぎ捨ててきたとのこと。


「外套があるから、まあいいか……と」


「良いわけ、ないだろう! もう少し、慎みを持て!!」


「すみません……」


 こめかみを押さえた耀明は、豪龍へ野営地から急いで美鳳用の服を見繕ってくるよう指示を出す。

 豪龍が持ってきたのは、下働きの者たちが着るようなもの。

 今回の討伐部隊には、食事の準備などをさせる下男たちも同行していた。


「申し訳ございません。武官用は美鳳殿には大きすぎて、寸法的に合うものがこれくらいしかございませんでした」


「いや、丁度いい。おまえはこれを着て、頬被ほおかぶりでもしておけ。皇太子の世話をさせる下男とするから、俺の傍にいろ」


「わかりました」


 木の陰で着替えをしている美鳳に背を向け、耀明は空を見上げる。いつの間にか、月が顔を出ていた。

 辺りはすっかり夜の闇に包まれていた。


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