第10話 妖魔との戦い


 都を出立してから、三日目の朝。

 耀明ヤオミンは、湖のほとりにある野営地にいた。



 ◇



 妖魔は隣国で猛威をふるったあと、国境を越えてこの国へ入って来た。

 すでに情報を得ていたため、襲撃されそうな村へは事前に通達。村人たちには避難を促していた。

 それが奏効し、今のところ人的被害は出ていない。

 

 妖魔の数は全部で四体。

 隣国に現れたときには六体いたが、多くの犠牲を払い二体が討ち取られたという。

 敵は少しずつ都に近づいている。都内で火を放たれれば、大惨事は免れない。

 皇帝は、妖魔の討伐を決断した。

 勅命を受けた耀明が陣頭指揮を執り、討伐部隊を編成。

 同時に、武官や見習いたちの中に退魔の剣の使い手がいないか捜索したが、残念ながら該当者はいなかった。


「殿下、奴らが現れるのは夕刻頃でしょうか?」


 護衛官の豪龍ホウロンは、耀明に随行していた。

 西の方向を険しい表情で睨む従者に、耀明は大きく頷く。


「先行部隊に索敵させているが、おそらくその辺りだろうな。やはり、妖魔の狙いは『退魔の剣』だ。こちらへ真っすぐに向かってきている」


 情報収集をしていた耀明は、あるとき気づいた。

 妖魔たちは人のいる集落をわざと狙っていると思っていたが、そうではないことに。

 隣国から雲紫インジー国の都まで、一直線に進んでいる。

 その進行方向上に存在している村や町だけが、容赦なく焼き払われた。まるで障害物を排除するかのように。

 隣接していた別の集落は無傷だったことからも、それは間違いないようだった。


 では、敵の狙いは何か。

 一つの可能性に気づいた耀明は、皇帝の許可を得て退魔の剣を都から移動させることにした。

 馬車に乗せ、郊外へ場所を移す。

 すると、思った通り妖魔たちは進行方向を変えてきた。

 もう疑う余地はない。


 妖魔たちがなぜ退魔の剣を狙っているのかはわからないが、魔剣をおとりとして使用する。

 人気ひとけのない場所へ誘導し、そこで妖魔を迎え撃つ作戦が決まった。

 耀明が選んだのは、大きな湖のほとり。

 進行方向上に人の住む集落はなく、火を放たれてもすぐに消火用の水が確保できる。

 これ以上ない、立地だった。



 ◇◇◇



 朝日を浴びて、湖面がきらきらと輝いている。

 顔を洗っていた耀明は、思わず見入ってしまった。

 この美しい光景を一緒に見たいと思う人物の顔が浮かぶ。


「……こんな状況でなければ、連れてきたのだが」


 元継承者の力に頼らないと決めたのは、耀明自身だ。

 美鳳は、現世では穏やかに暮らすことを強く望んでいる。

 そんな彼女を、巻き込みたくはなかった。

 だから、宮廷から引き離した。

 妖魔が現れたと知れば、美鳳は躊躇なく手を貸してくれただろう。

 また、継承者として生きることになったとしても。



 鬼人だった耀明は、妖魔族の恐ろしさを伝聞でよく知っていた。

 彼が生まれるずっと昔、鬼人たちの住む島に妖魔が現れ戦争になったことがあった。

 ところ構わず火球を投げつける妖魔に苦戦し、大勢の鬼人たちが焼け死んだ。

 当時の頭領がどうにか討ち取ったが、負った傷が癒えるのに相当な時間がかかったという。


 妖魔も鬼人と同じく人型をしているが、言葉を発することはない。

 顔の表情は乏しく、目はいつも虚ろだという。


 赤髪に牙と長い爪。言葉を発し、感情も豊かな鬼人族。

 白髪で妖術操る。言葉を発しない無表情な妖魔族。

 同じ人型の魔物でも、二つの種族は対照的だった。



 ◇



 夕刻前に、先行部隊が戻ってきた。

 もう間もなく、妖魔たちが現れるとのこと。

 待機していた武官らは、それぞれの配置につく。耀明は指揮官たちへ指示を出した。

 

 妖魔の脅威は、彼らが放つ火球にある。

 力で押し切ろうとした鬼人たちは、炎の威力を前に為すすべなく倒れた。

 しかし、見方を変えれば、炎にさえ対処できれば十分に勝算があるということ。

 耀明は、そこに勝機を見出した。

 

 武官らには、事前に全身と周囲の地面を水で濡らしておくよう指示を出していた。

 着衣や足下の草に引火すれば、勢いのある炎に焼かれてしまう。

 それを防ぐためだ。

 火を恐れる馬は、対岸にある野営地に置いてきた。

 

 武官たちは湖に背を向けて立っている。

 水の入った桶を大量に用意し、いつでも消火ができるよう、給水ができるように準備は万端だ。

 囮となる退魔の剣は、さやに納められていた。

 湖や武官たちからは少し離れた、台座の上に置かれている。



 ◇



 日が暮れる前に森から姿を現したのは、人の背丈ほどの白髪の男たちだった。

 耀明が前世で伝え聞いていた話よりも、かなり小柄だ。


(背丈が思っていたよりも低いな。妖魔族といえば、鬼人たちに匹敵するほど大柄なはずだが……)


 耀明は首をかしげた。


 妖魔たちは、台座に置かれた退魔の剣をめざして突進してくる。

 指揮官が射手いてへ攻撃命令を出し、無数の矢が妖魔たちへ降り注ぐ。

 先陣を切っていた一体は、全身に矢を浴びその場に崩れ落ちた。


(まずは一体。残りは、あと三体か……)


 すべてを遠距離攻撃だけで倒せるほど、妖魔は甘くない。

 すぐに、射手へ反撃の火球が飛んできた。

 水で湿らせた盾で防ぐが、火の勢いはなかなか収まらない。

 皆が手分けして、桶の水で消火をする。

 どうにか難を逃れた射手たちは、作戦通り火球の射程圏外へすぐさま退却する。

 武官たちを固めて配置せず、相手に攻撃しやすい的を与えないよう耀明は細心の注意を払っていた。


 射手たちが退いたあとも続いていた火球攻撃が、突然止まった。

 敵の不審な動きに、周囲に緊張が走る。


「油断するな! 何か仕掛けてくるぞ!!」


 耀明は叫ぶ。

 次の攻撃に備えていた武官たちは、突如出現した巨大な三つの火柱に目を疑った。

 周囲が赤く染まる。焼け付くほどの熱が、火の渦から大量に放出されている。

 飲み込まれてしまえば、骨の髄まで焼き尽くされてしまうだろう。


「退却だ!」


「湖に逃げろ!!」


 指揮官が、次々と指示を出す。武官たちは我先に湖に飛び込む。

 しかし、火柱の動きは早かった。熱風だけで髪の毛や皮膚が焼かれる。

 さらに勢いを増す火の渦に誰もが生を諦めかけたその時、湖の中央に竜巻が発生した。

 周囲に大量の水が撒き散らされていく。

 火の渦は、水蒸気を出しながら跡形もなく消失する。

 間一髪のところで、耀明たちは火炎地獄から逃れたのだった。


 霧が晴れたとき、長い外套がいとうを羽織った人物が立っていた。



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