第11話 喜びと悲しみ

 ルイトポルトが初めて貧民街にお忍びで行ってから5年が経ち、ルイトポルトは17歳、パトリツィアは10歳になった。


 パトリツィアはずっと一人っ子だったから、ルイトポルトが兄のような存在だった。だがルイトポルトも国王唯一の世継ぎの王子であり、2年前に成人してからは任される業務が増えてますます多忙になり、パトリツィアと会う機会が減っていた。だからパトリツィアは母エリザベートのお腹の中に弟か妹がいると聞き、本当のきょうだいができると大喜びした。ところが妊娠中の母の具合がどんどん悪そうになっていくのを見るにつれてその気持ちもだんだん萎んでいった。そのことにエリザベートは気づいていたのだろう。ある日パトリツィアを自室に呼んだ。


 パトリツィアが寝室に入ると、エリザベートは寝台の上で上半身を起こして座っていたが、顔色はよくなかった。


「パティ、私のお腹をさわってみて。貴女の弟か妹が私のお腹の中で動いているのわかる?」

「……本当!」

「この子は貴女を大好きになる。貴女の味方になる。だから、パティもこの子を愛して味方になってあげてね」

「はい、当たり前です! それにお母様もそうなるでしょう?」

「……もちろんよ」


 まだ見ぬ弟か妹を父親も愛する可能性をパトリツィアが無意識のうちに考えなかったのも無理はない。妊娠中の妻の具合が悪いにも関わらず、夫のベネディクトは仕事と称して家にほとんど帰ってきていなかった。


 パトリツィアが母と寝室で話してから9日後、元気な男の子の産声が屋敷に響き渡った。生まれたのが男の子と聞いて、今まで屋敷に寄り付かなかったベネディクトが現金にもすぐに戻ってきて生まれたばかりの息子をさっそく名付けた。


「エリザベート、でかした! よく跡取り息子を産んでくれた!――ラファエル、私が父だよ!」

「素敵な名前ですね……」


 その直後、エリザベートは意識を手放し、再び目を覚ますことはなかった。


 パトリツィアはエリザベートが息を引き取ってから、葬式まで何をしていたか思い出せなくなった。彼女は母の命を奪った弟を憎いと思う反面、弟の無邪気な笑顔を見たり母の最期のお願いを思い出したりすると弟を愛しいと思い、相反する感情をどうすればいいのかわからなくなった。


 エリザベートが亡くなっても、母のいない新生児がいても、ベネディクトの生活パターンは全く変わらなかった。そんな冷たい父の姿と幼い弟の様子を見るにつけ、パトリツィアの中から『母を奪った弟が憎い』という感情は小さくなっていき、弟は愛されて庇護すべき対象となっていった。

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