30:進路届は空欄のまま、アナタの死体がある河原で僕は一人花火をする
この河原にくるといつも、あの頃の姿のまま静かに横たわっている。
「ほら、もうそろそろお盆だし、花火の季節だろ。だから花火を持ってきたんだ」
横たわる死体は何も答えず、何も変わらない。
それは僕も分かってるので、そんな死体を横目に荷物から取り出してあった、手持ち花火にマッチで火を付けた。
「アレから4年も経ったんだね……もう僕も17歳、16歳で死んでしまったユキねえよりも年上だ」
手に持った線香花火がパチパチと、いくつもの小さな火花と眩い光を放つ。弾ける一つ一つの火花は一瞬ごとに消えて闇に溶けていき、また別の火花が弾けて、その一瞬で鮮烈な印象を残す。
「一応学校には行ってるけど、やっぱりあの日からずっと感覚がぼやけていて、まるで生きている実感がないんだ。進路届もうっかり未記入のまま出しちゃって、担任に呼び出しを食らっちゃってさ」
辺りが一瞬にして闇に帰る。眩かった花火が終わり、さっきまでの音も光も最初からなかったみたいに静まり返り、僕の手の中に花火の残骸だけが残った。
「終わるのが早いな、花火もユキねぇの命も……」
新しい花火を取り出して、再び火を灯す。
またパッと辺りが明るくなり、パチパチと忙しなく火花が弾けては消える。
「なんで自分は生きていて、ユキねぇはあの時死んじゃったのだろう。まさかあの時にここで死ぬのが、ユキねぇの運命だったわけじゃないよね」
線香花火の光が不安定に揺らぎ始め、もうじきこの花火もまた終わるのだと分かる。
「ずっと分からないんだ、自分が生きている意味も……ここに来ると、本当はもうないはずのユキねぇの死体が見えることも」
ぷっつりと線香花火の光が消えて、暗闇と静寂に包まれる。
それでも自分の目には、闇に紛れてユキねぇの眠るように横たわる死体が、そこにあるように見える。
触れず触れられない自分だけの目に見える、あの日目にしたままの死体。本物はずっと前に火葬されたはずなのに、ずっと消えない自分だけの奇妙な幻覚。
これは誰にも話してない自分だけの秘密だ。
「見えたらいけないもののハズなのに、ココに来ると妙に安心して心が落ち着くんだ……なんでだろうね」
何度話しかけようとユキねぇ(奇妙な幻覚)は何も答えない。それでも定期的にここに来て話しかけてしまうのは、この存在が他でもない心の拠り所になっているからだろう。
「もしかしたら、本当は僕もユキねぇと一緒に死んでたりして……ユキねぇはどう思う?」
返事は当然返らない。その全てがいつも通り。
「そういえば進路のことなんだけど、僕自身の本音をいうなら、いっそ何でも望みが叶うのであれば、ちゃんと話しを聞いて相槌を打ってくれる、あの世の本当の……」
途中までそう言いかけたものの、なんとなく最後まで言う気にはなれず、僕はその言葉を止めて首を横に振った。
「バイバイ、ユキねぇまた来るからね」
一通り話し終えた僕は、花火の後始末をしっかりすると、荷物としてゴミ袋にまとめて、その場を後にした。
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