29:死出の祭

かろうじてまだ会議室として整えられている無機質な空間に、若い男の声が響く。


「報告します。今年度でデータベースの更新がなかった空欄者ブランカーが100名を超え、規定値に達しました。」

「そうか」


失礼します、と若い男は無表情のまま部屋を去って行く。終に誰も目覚めることなく、この時が来てしまった。


あの日、家に来た者を拒んでいれば。あの日、娘がいなかったら。あの日、あの日も。出来が良くなってしまった頭では忘れることもできず、ただひたすらに後悔を繰り返すだけの日常を送ってきたが、それももう終わる。


「最悪の形だがな」


どうしても漏れてしまった自分の声を聞き、久しぶりに笑った。自傷気味ではあるが、笑ったのはいつぶりだったか。


さて、笑っている場合ではない。自分にはやるべきことがあるのだから。かつての仲間たちとの約束を果たすべく、部屋を出る。


苔に覆われ靴音もしなくなってしまった廊下を歩み、会議室から一番遠い位置にある扉の前で立ち尽くす。まだいつも通りに漏れ出ている冷気と、青白い光。


努めて表情は動かさず、扉を開ける。そこにはきちんと、命令通りに先ほどの若い男が作業をしていた。


「シュウ」

「マスター。体温調整機能は正常に動いていますか?」

「ああ、問題ない」

「ではこの作業が完了し次第、最終確認を行いますのでお待ちください」


シュウはそのまま、部屋の中央に鎮座する大きな機械をいじり始めた。入力デバイスを叩く音、何かの停止音も聞こえるが、部屋は相変わらず光に照らされているし、冷蔵庫のように冷たいまま。


5分ほど経っただろうか、カッと何かを押し込みシュウがこちらを向く。


「マスター、準備が整いました。10年前のご命令通り、最終確認を行います」

「ああ」


こちらがうなずいたのを確認し、続ける。


「これより死体の保存機能をOFF、のちに再利用可能な部品は再利用いたします。これ以降、状態の復元はできませんがよろしいでしょうか」

「いい、やってくれ」

「繰り返し、確認します。これ以降、状態の復元はできませんが、本当によろしいでしょうか」

「くどい」


そう吐き捨てる。


「承知しました。では最終工程に入ります」


そういうと、また機械に向かう。カタカタ、ピーピーという機械音だけが響く。

いよいよ、仲間が返ってくるかもしれないという希望は潰える。


いつか、技術がより進歩してこの怪我も治るかもしれないから、と低温保管室に入った友が居た。あなたに希望を押し付けるのは申し訳ないけど、子供と待っていますと、低温保管室に入った妻が居た。もうこの世界に耐えられない、このまま殺してくれと懇願し、低温保管室に入った知り合いがいた。


シュウの操作する端末を取り囲むように存在する、多くの小さな窓から、彼らの顔を眺める。もう世界は元の姿を保っていないけれど。先に眠っただけのみんなが、世界に復帰できるまでの温度に戻していたのに。だれの脳からも信号を感じられることはなかった。


ずっと孤独だった。


次第に、部屋を満たす青白い光は赤く変化していき、警告音も大きくなってゆく。


『警告 死体の保存状態が悪化しています。担当者は直ちに現場へ戻り 対応を行ってください。警告……』


見知らぬ無機質な女の声が、けたたましく鳴り響く。


「マスター、任務完了です」

「ああ」


ずっと希望になってくれた仲間たちに、最後に頭を下げ、部屋を出た。



「さてマスター。そろそろ行きましょう。この後は『復讐』とやらを成すのですよね」

「そうだな、行こう。荷物はまとめているか」

「ええ、ここに。私は食料等不要ですので。マスターももはや必要ないかもしれませんが、念のため所持していてください。」


自分の体を見る。腕も足も、頭だって金属に挿げ替えた。体の一部だって無機物ではない。いつか自分が死出の旅に出るときだって、この無機物は再利用されるのだろう。だが、自分が自分であるという認識、過去の記憶、復讐相手への憎悪があれば、自分はまだ動ける。


仲間たちのためにも、自分のためにも旅は続けなければ。


「行こうか」


そういって、人間ではないシュウを道連れに、旅に出た。


もともと人があふれかえった繁華街は緑に覆われ、歩きにくい。人の代わりに野生動物が闊歩している姿は、もうこの星の支配者が人間ではないことを受け入れろ、と訴えかけているようにも見える。


背後から、ヒューという音が聞こえた。


ドン、ドン


振り向くと、花火が上がっている。真昼間だというのに、青空へ一瞬の花を散らせる。


『いつかね、私たちが死ぬとき。この体再利用できるんでしょ?』

『だったら。できるのかわからないけどさ、空に打ち上げてよ』

『ほら、よく言うじゃない。空から見守ってるよって』

『万が一のことだよ~もう!ほら、そんな悲しそうな顔しないで。みんな心配するよ?』

『でもね。……そうだなぁ。あなたとの思い出って、花火の印象が強いのよ』

『だからね。できることなら、火薬といっしょに空に打ち上げてくれない?』

『あなたのこと、空からみてるから!』


何を言っているんだ、君だって生きたいだろうに。

そう、確かに思ったことを、思い出す。願いは叶えたが、果たして見ていてくれるだろうか。


頬を何か暖かいものが伝っていったが、きっとこれは汗なのだ。


うつむきながら、しっかりと歩を進めていく。

いつか終わる、旅を思って。

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