22:花火の夜の空欄メッセージ

 どおん、どおん、と体を芯から揺すられるような花火の音。

 賑やかな花火大会の様子を少し遠くの公園から観察しながら、俺は「はぁ」とため息を吐く。

 恋人同士、一緒に来るはずだった彼女は、なぜか俺の隣にいない。

 ぴろん、と通知音が鳴った。

 アドレス交換をして以降、声に出して読むと恥ずかしくなるような甘いやり取りばかりを繰り返していたチャットアプリのメッセージだ。どんな内容が送られてきたかと見てみれば、そこに表示されていたのは――。


              』

 ただの空欄だった。

 誤送信だったのかも知れない。

 少し遡ると、『海辺にいます❤️』とメッセージが来ている。その数十秒後に『まだ?』と入っている。今から二十分も前だ。ちょうど花火が上がり始めた頃で、喧騒がすごかったから気づかなかったのだろう。

『「公園の方で待ち合わせな」って言ったけど忘れた?』

『今からそっちに行くけど』

 二つほどメッセージを打ち、それから俺は海辺へと歩き出す。

 待ち合わせ場所を間違えるうっかりな彼女は可愛いなぁ、などと思いながら。


 ――そんな彼女は、浜辺で死体となって倒れていた。


 最初見た時、俺はそれが何かわからなかった。

 暗闇を切り裂くように花火の明かりが輝く中で、ようやく彼女だと気づいて。駆け寄って、揺さぶってみたが、応答はない。

 首筋を刃物で切り付けられていることがわかったのは、もっとあとのことだ。

 動かない彼女はスマホを握りしめていた。電源がつきっぱなしだったので、送信画面が見えた。

 送信ボタンのところで指が止まっている。何かを伝えたかったのかも知れない。きっとそのために送ってきたのだ。

 でも、送信画面にも空欄以外何もなかった。

 どおん、どおん、と花火が鳴る。目の前で死体となって転がっている彼女と一緒に見るはずだった、花火が。

 夜の海辺を背景に、花火に照らされた死体はやけに美しかった。


 結論から言うと、俺の彼女は殺されていた。


 花火大会というのはチンピラやナンパ野郎の格好の狩場らしい。

 一人で海辺を彷徨い歩いていた最中にうっかり目をつけられた彼女は、俺とのデートを控えているからと、少し厳しい態度でお引き取り願ったらしい。それが頭に来た犯人に懐から取り出されたナイフを向けられて……。

 俺はあえて警察にその後のことを聞かなかった。


 もっと早くにメッセージに気づいて、海辺に行っていれば良かった。

 そうすればきっと……。


 確実なのは、俺に最後のメッセージをした時点では、おそらくまだ息があったということ。

 そして、たどり着くまでの十分足らずの間に血を流しながらこの世を去っていったことである。


 彼女を失い、最期に送られてきた空欄を思い返しながら、俺は考える。

 空欄しか、打つ余裕がなかったのか。自分の死を悟って、言葉が思い浮かばなかった故の空欄だったのか。

 その真相は永遠にわからない。わからないのに、海辺へ行く度、花火を見る度、思い出してしまうのだろう。

 綺麗な綺麗な、彼女の死に様を。

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