20:花火と死体と退魔二課
河川敷。
花火の灯りが、目下の惨状をまざまざと照らし出していた。
俺は煙草を携帯灰皿に納めつつ、もう一本いきたい気持ちをこらえる。できれば、煙草だけじゃなく酒でもやりたい気分だ。それくらい、救いがない。
「八杉ぃ」
俺は相棒に声をかけつつ、懐から拳銃を取り出した。
特殊仕様のベレッタ92には、残弾きっかり15発。スライドを操作し、初弾を薬室に送り込んでおく。ついでに安全装置をいつでも外せるよう、両手でしっかりと構えた。
周りには草が生い茂り、水門が近いせいか監視塔が俺達を挟み込むようにそびえている。おかげで辺りには死角が多かった。
「俺は周りを警戒する。お前は、死体を調べてくれ」
「うへぇ」
糸目の相棒は、キツネみたいな顔を歪めた。
「僕ですか」
「仕方ないだろ。銃は俺しか持っていないんだから」
「うへぇ。近藤さん人使い荒いっす……」
言いながら、八杉はしゃがんで死体を調べ始める。
続く内容は、だいたい俺が目でざっと確認した通りだった。
「被害者は20代男性、死因は首筋を猛烈な力で噛まれたことによるショック死、骨折多数ですがおそらく全部、死後でしょう。殺したあとここに運ばれたんだ」
周囲の警戒を続ける。付近で、轟音を立てながらあがっていく花火が恨めしい。周りの音なんて、わかりやしない。
「いや……拳銃の音が消えるから、好都合……か?」
なにせ、俺達の存在も、連中の存在も、公にはされていないのだから。
鼻に、いやな臭い。やつらの臭いだ。
「きたぞ、八杉」
「うへぇ」
こいつさっきから「うへぇ」しか言わねぇな。
銃口を、水門の監視塔、その陰に向ける。下水のような臭いと共に、そいつは現れた。
「ぎぎ……ぎぎ……」
幽鬼。
轢死体と水死体をツギハギしたら、丁度こんな具合になるだろうか。半透明なのがせめてもの救いだ。ばっちり見ていたら、翌朝の朝食を腹いっぱい食えるかわからない。
専門的にはもう少ししっかりした名があるが、日本の対オカルト機関はこの手の怪物を『幽鬼』と呼びならわしていた。
「はな……び……」
幽鬼はぼんやりと、空に上がる花火を見つめる。
だが急にこちらに気づくと、ねじくれた腕を振り上げた。
「くるぞ」
「うへぇ!」
幽鬼の力は、物理法則から外れている分、特大だ。ものによっては打撃の一発でトラックさえ走行不能にするという。
にらみ合う俺達と幽鬼を、鮮やかな花火が照らし出した。川の反対側からは、歓声が聞こえてくる。
あっちとこっちで、三途の川を隔てたくらいの差があるな。
「悪く思うなよ」
拳銃を構え、引き金を引く。花火の音が銃声をかき消してくれた。
弾丸が幽鬼の額をうがち、おぞましい敵は消えていく。
「や、やりました?」
「ああ。こういうことがあるから、お前さんも銃を使えた方がいい」
「……普通の銃なら、使えるんですけどねぇ」
八杉の言うように、俺達の銃は特別だ。ライフリングで銃弾が回転する時に、マニ車の原理で功徳が発生、化け物相手に特別な効果を発揮するようにできている。
「助かりましたね」
「助かったものかよ。被害者1名だ」
俺は数珠を取り出して、物言わぬ死体に短く祈りをささげた。
八杉がおっかなそうに辺りを見回しつつ、ぽつりとつぶやく。
「だけど……どうして、急に幽鬼が現れたんですかね? 局の予報じゃ、霊界の動き的にしばらく出現はなさそうって話だったんですけど」
さてな、と応じたところで、視線が上空に吸い寄せられる。
花火が照らす夜空。そこへ、無数の白い光が昇っていた。
八杉が俺にとびついてくる。
「幽鬼!?」
「くっつくな! ……違う、あれは普通の魂だ。成仏できなくて現世に残っていた魂が、ああして天へ向かっているんだな」
だが、なぜ今? 幽鬼と関係が? ああして成仏できていなかった魂が、現世に留まりすぎると、幽鬼に変わるのだが。
俺は、ふと思い出した。
「……なぁ、花火って、昔は鎮魂のためのものだったらしいぜ」
「そう、なんです?」
「ああ。音と光で、鎮魂する。寂しい魂には、こういう見送りが必要なのかもしれねぇな」
俺達が倒した勇気は、専門的には『ブランク』と呼ばれている。空砲や、空欄にかけた呼ばれ方だ。
つまり――空っぽの、寂しいやつらばかりなのだ。
寂しいやつらが、現世に残って、最後は幽鬼になってしまうのだ。
「せめて、見送りくらいはいないとな」
かくいう俺ら退魔師も、見送り人みたいなものだが。
まだくっついてくる八杉を引っぺがし、俺は河川敷に背を向けた。
「いこうぜ、次の仏さんが待ってる」
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