18:夏は妄想の中で過ごしたい
花火大会で死体を見つけたんだが、どうすればいい? 十秒以内に空欄を埋めよ。
『 が に、 。』
アンサー、
『花火が打ち上がった瞬間に、その場から逃げろ。』
ドォーン!
「うわあぁぁぁーーーーーッッッ!!!」
なりふり構わず、走る。腕を振り、腿を高く上げ、いびつに、不恰好に、ぎこちなく走る。
いいんだ。どうせ、誰も見ちゃいない。犯人が近くに潜んでいなければ、だが。
俺は今夜、一人で花火を見にきた。
山の中にある神社の裏手の、いわゆる穴場スポットだ。カップルはおろか、地元でも知られていない。人混みを気にせず花火を楽しめると、毎年楽しみにしていた。
デートにぴったりじゃないか
カノジョも連れてきたらいいじゃないか
黙れ。俺が一人じゃなかったら、こんな全力で逃げられなかったんだぞ?
可愛いカノジョにせがまれ、慣れない浴衣なんぞを着せられて。二人で「歩きにくいぃ」と文句を垂れながら、やっとの思いでたどり着いた穴場スポットで、埋めかけの死体を見つける。
カノジョは驚いて泣き出し、俺はオロオロするばかり。なんとかカノジョを慰め、その場を離れようとするが、タイミング悪くカノジョの草履の鼻緒が切れてしまう。
「私のことは構わず、先に行って!」
「バカ! こんなところに置いていけるわけないだろ?!」
俺はカノジョを背負い、走る。
慣れない浴衣と下駄に足がもつれ、神社の階段を踏み外し、転ぶ。背負っていたカノジョは投げ出され、階段の真下へ。糸の切れたマリオネットのように、手足がバラバラに折れ曲がり、動かなくなるカノジョ。
俺はカノジョの死体を抱え、埋めかけの死体と共に泣く泣く埋葬する。
振り返ると、犯人が木陰からこちらをジッと見ている。俺は犯人をにらみつけ、宣言する。
「俺とお前、どっちが先に捕まるか……勝負しようぜ」
ってな。
……あぁああ、虚しい!
一人寂しく逃げるより、よっぽどドラマチックでセンセーショナルじゃないか! 現実の俺は情けなく叫びながら、神社の階段を一人転げ落ちているっていうのに! いてぇよ、全身が! それ以上に、心ォ! いや、どっちも同じくらいズタボロだよ!
なぁ、どっかから見てんだろ?! いるなら、いっしょに転げ落ちてくれよ、犯人さんよォ! 俺一人じゃお蔵入りだぞ、このドラマ! なんなら、企画段階でポシャってるかもな!
「お巡りさん! そこの神社の裏手に、埋めかけの死体があります!」
階段を転げ落ち、近くの交番へかけこむ。なぜか、入口の横に、土だらけのシャベルが立てかけてあった。
中には、どう見ても警察には見えない、黒づくめの若い男がひとり。クーラーをガンガンに利かせ、のんきにテレビを観ながら麦茶を飲んでいる。腰には、血のついたサバイバルナイフが。
いつもいるベテランの巡査はいない。そういや、あの埋めかけの死体、巡査の格好してたっけな。
「ブッ! だ、誰だお前?!」
男は俺に気づき、盛大に麦茶を吹く。慌てて立ち上がり、ナイフ片手に近づいてくる。
こういうとき、スーパーマンだったら良かったのになって思う。スーパーマンじゃなくたっていい、スパイダーマンでもいい。パーマンでもいい。もうマンがつかなくたっていい。とにかく、超人的な力が欲しかった。そうすれば、カッコ良く切り抜けられたのに。
「……」
俺は開けたときより2割増しの速さで、交番の引き戸を閉めた。シャベルをつっかえ棒にして、男を閉じ込める。
窓は格子が入っているので出られない。残るは裏口で、俺が全体重をかけてふさいだ。男に何度も体当たりされて、地味に痛かった。
スマホで110番通報する。花火大会の渋滞でパトカーがすぐには着かない、安全な場所に身を隠していてくれと言われた。そんな場所があったら、とっくに逃げこんでいる。
花火の打ち上がる音と、男がドアに体当たりする音が交互に響く。ここからじゃ、花火は見えない。
パトカーが着くまでの間、俺は答えのない問題の答えを考えていた。
今の俺の気持ちを答えなさい。時間は無制限。
このどうしようもない感情をどうにかする方法を答えなさい。時間は無制限。
よその花火大会に行けばいいと思いますか? 時間は無制限。
カップルが嫌で、途中で帰ると思います。それでも行きますか? 時間は無制限。
アンサー、夏は妄想の中で過ごしたい。
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