13:空の欄

「見とけよ見とけよぉ、俺様が作る――でっかい夜空を!」


 俺は親父と花火が大嫌いだ。

 荒っぽくて、がさつだし、不潔で、すぐ怒鳴る。

 家のことなんて放って、夢中で工房に閉じこもって。たまに帰ってきたらと思ったら我が物顔で。

 ちょっとした気まぐれか、話しかけてきても仕事のことしか言いやしない。

 やたらと大きい音を鳴らして、一瞬だけ目立って消えていく花火みたいだ。

 迷惑でしかない。


 そして何より、親父が帰ってきた日は、母さんが構ってくれなかった。


 あんな奴、死んじゃえばいいんだ――なんて思っていたら、本当に逝っちまうなんて。

 よく工房に来ていた親父の仕事仲間は、葬儀の終わりに『止めてやるべきだった』と何度も謝っていた。

 どうやら親父は、過労で亡くなったらしい。

 あれだけ工房にこもっていれば、そりゃそうなる。誰が見たって働き過ぎだ。


 冷めた顔をした俺の横で、母さんは泣き崩れた。

 葬儀が終わって、骨になって、墓に入った後も。思い出したように繰り返し。


 季節が巡り、母さんが笑わなくなった家は、明かりを消したように暗くなった。

 幸い俺も働ける歳にはなっていたし、こんな時だからこそ自分で何とかするしかない。


 親父の遺品整理に、ずっと避けていた工房の扉を開けた。

 小さい頃、初めて入ろうとして親父に怒鳴られたのを思い出す。

 いきなり目を見開いて、顔を真っ赤にして怒ってきたんだ。俺を家に帰した後も、珍しく母さん相手にも怒鳴ってたっけ。それが悔しくて、また泣いて。


「……ろくでもなかったな、あいつ」


 吐き出すように呟いて、俺は足を踏み入れた。

 薄暗がりの工房には、細かなほこりが陽光に当てられてキラキラと舞っていた。

 いくつもの大きな丸い外殻カプセルが床に転がり、作業机の上には紙が散乱している。

 なんともまぁ、片付け甲斐がありそうなことで。


 下調べをしたところ、どうやら火薬を捨てるのは専門の産廃業者に頼まなければならないらしい。

 なので、それは後回しにして他のゴミを片してしまおう。


 散らばった紙を無造作に集める。

 汚い走り書きだ。何が書いてあるんだが、まるで読めやしない。


「ん?」


 文章だらけの中で、絵の描かれた紙が一枚だけあった。かぎ括弧みたいな形に丸が連なって。

 いや、どうでもいいか。花火のことなんか。

 そうは言ったものの……なんとなく、その紙を一番上にして、ざっと整理を続けた。


 しばらくして、外が暗くなってきたのを感じ、ふと窓の方を確かめる。

 そこには工房の何処からでも見えるように、写真立てが置かれていた。

 笑顔の母さんと、親父の腕に抱かれている、赤ん坊の俺。

 初めて見る家族写真だった。


 らしくない。そんなのを飾るなんて、俺の知っている親父じゃないみたいだ。

 どうしようもない違和感が気持ち悪さとなって、喉の奥を詰まらせた。


 親父が嫌いだ。

 授業参観や運動会にも来てくれない。

 いつも母さんを独り占めする。

 俺なんか――目に入っていないのだと、そう思っていたのに。

 そういえば、あいつの口癖は、誰に向けて叫んでいたんだろう。


 俺はスマホを取り出して、ある人に電話を掛けた。



 それから数日後の夜。

 俺は無気力な母さんに『見せたい物があるんだ』と言って、河川敷へと連れ出した。

 空気は嫌になるくらい澄んでいて、仰ぎ見れば夏の星々がきらめいている。


「俺、ずっと親父のことが嫌いだった。家より仕事の方が大事だって。でも違った。親父は、夢の為に頑張ってたんだな。家族のことを、ずっと思いながら。たとえ死んだとしても、やり遂げたかった」


 そろそろ頃合いだろうか。

 俺は手を挙げて、親父の仕事仲間に合図した。


 胸を打つような、大きな音が木霊する。

 真夏の夜空に、親父が思い描いく「」が浮かび上がった。

 それは、さながら空っぽの写真立てのようで。


 空の欄には、いっぱいの星が埋め尽くされていた。

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