12:クレバスアキラ最後の配信

「全世界の隙間ラバーズの皆さん! こんにちは! 隙間好き好き配信者のクレバスアキラです!」


ライブ配信のコメント欄に「| |」という半角の空欄を縦線バーティカルバーで挟んだ隙間を表すこのチャネル特有の挨拶が交わされる。

 隙間ラバーズは世界にそこそこいるのだと実感する瞬間だ。


「はい、ということで今回もですね、いい感じの隙間からお送りしていますが、今日はですねー、いつもよりスペシャルなんですよ! ほら、音が聞こえているでしょう?」


コメント欄にレスポンスがちらほら。

 

「爆発音? 戦地にでも行ったのか? ははっ。それも面白そうですが、もっと平和で華やかなものですよ。ご覧ください!」


 俺は自分に向けていたアクションカメラをパーン&チルトして、路地裏の更に狭間、ビルとビルの間から僅かに見える夜空に向けた。

 まるでそこが用意されたスクリーンであったかのようにいくつかの花火が丁度収まり打ち上がっていた。


『ナイ隙間!』


 そのコメントが数件打ち込まれる。それだけで俺は1週間は生きていける。闇を這うかのような本業にも耐えられる。


 ちなみにナイ隙間とはナイスと隙間をかけた高度な造語である。俺でなければ思いつくことはないだろう。


 しばらく花火を視聴者達と堪能していると隣接する比較的広い方の路地裏から、若い男女の声が聞こえてきた。

 花火大会の特別感に酔いしれて情事でも始められたら、俺の隙間ライフが台無しだ。本業終わりにそのまま配信したから見られたらまずいゴミもある。

 物音を立てて追い払おうとすると、その会話内容があまりに気になりすぎたので聞き入ってしまう。


「太郎さん! 本当に好きなのはどっちなの?」

「私よね!? 太郎。こんなアバズレなんて話にならないわ」

「ふ、二人とも落ち着いてくれよ」


 どうやら、女2、男1の修羅場らしい。全く隙間の風流さに相応しくないが、まあ大事な話をしているらしいから見逃してやろう。

 視聴者にも会話は聞こえていてコメントを見るに彼らは野次馬根性丸出しで、なんだかいつもより初見が多くなっている気するが、俺は決して面白がっているわけではない。 


 三人はどんどんヒートアップしていく。そしていよいよ危険な方向に話が進み始めた。

 大人の責任として声だけでなく状況を確認するため隙間から覗き込む。


「太郎さん、こうなったらもう仕方ないわ!!好きじゃない方を殺してちょうだい。太郎さんに愛されない人生なんていらないわ」

「望むところよ! さぁ太郎! これでさっさとこのアバズレを殺しなさい。まさか、私を殺したりはしないわよね?」


 1人の女の子が浴衣の腰帯に携帯していたアーミーナイフを男の足元へ投げる。


「な、なんでこんなもの持ち歩いているだよ」


 男はそれを恐る恐る拾ってそう言った。

 それは尤もな疑問だ。痴話喧嘩が殺人に至るのはあまりにもよくある話なので、まあそれは良いとしても花火大会にアーミーナイフを携帯する女学生はいない。


「護身用よ!」

「そっか……そういう時代だもんね」


 そうだ。そういう時代だった。俺が間違えていた。


「そんなことより、どちらの心の臓にそれを突き立てるの!? 太郎さん。心の臓がどこにあるか分かる?」


 殺されるかもしれないのになんでそんなにノリノリなんだろうか。恋愛するとアドレナリン全開なのだろうか。


「左胸だろ? 花子さん」

「私のは右よ!」

「え、そうなの!?」


 そんな南斗の聖帝みたいな人いるんだ。あの三原則でコメントが盛り上がる。


「騙されないでよ、太郎。このアバズレは万が一の時に自分の命が助かるように保険をかけているのよ! そんな女のどこがいいのよ!?」

「違うわ。万が一の時は確実に殺して欲しいから真実を伝えているの。私は太郎さんのためなら命なんか欲しくないわ」

「分からない、僕には分からないよ!! ……2人を殺してしまうくらいなら、いっそ僕が!」


 男が自分の喉にナイフの切先を突き立てようとしている寸前で俺は男に駆け寄りその両腕を掴んだ。強く握ってナイフを落とさせる。

 被害を出さないために俺はそのナイフを素早く拾い上げた。


「こんなものは、隙間には似合わない。もっと隙間の風流を味わってくれ」


 俺は俺史上最大級にカッコつけてそう言ったつもりだったが、三人の反応は確実に恐怖の悲鳴だった。


「キャーー! 変態よー!!」


 アーミーナイフを隠し持っていた女の子がそう叫ぶと3人は一斉に駆け出した。

 そういえば配信の時は、黒の全身タイツに目出し帽という本業の格好のまましているだった。顔バレしないし隙間に溶け込めるから。

 確かにこの格好は変態以外の何者ではない。


「貴様、何をしている! 武器を捨てて手を上げろ」


 警官がここしかないタイミングで現れた。騒ぎを聞いた誰かが通報していたのだろう。

 終わった。あっけないものだ。

 俺はおとなしく従う。


「せ、先輩。し、死体が奥に」


 新人らしい警官が路地裏を検めて、俺の本業殺し屋で残したゴミを発見する。


 嗚呼、やはり副業で配信はまずかったかなぁ。

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