11:恋わずらい

 今日は、待ちに待った夏祭り。

 学校のみんなも、街の人たちも、先生だって楽しみにしていた最高の日。

 友だちは「彼氏と一緒に行くんだ」なんて自慢していたけれど、今はもう一ミリも悔しくなんかない。

 だって、私にもようやく彼氏が出来たんだから。


 ずっと憧れていたセンパイから、まさかの告白。

 迷うコトなんか無かった。だって、小学生のころからずっと追いかけてきたんだもん。

 あの時は嬉しすぎて、一日じゅう泣いていたな。

 いつもバカにしてきた友だちにも、これでようやく見返せる。

 ううん、そうじゃない。私の念願が叶ったんだもん。これでようやく、幸せになれるんだ。

 そう思ったら、涙が止まらなかったんだ。


 午後七時、夏祭りもフィナーレに近づいてきた。ここからは花火大会の時間だ。

 花火を見る穴場は、お母さんに教わっていた。神社の階段っていうこともあって、正直うす気味悪いけれど、センパイと一緒なら大丈夫。

 それに、こんなに不気味だと人通りも少ないし、私にとっては好条件かな。なーんてね。


 いよいよ花火が打ちあがる。

 色とりどりの花火は、真っ暗な夜空をキレイに染め上げていく。

 色白なセンパイの肌にも花火の色が反射して、ちょっと面白い。

 それでもカッコいいんだから、やっぱりセンパイって凄いなあ。


「ねえ、センパイ」

 最後の花火が打ちあがり、すっかり静かになったころ。私はセンパイの肩にもたれ掛かって、そっと呟く。

「楽しかったよ。本当に、ありがとう」

 そう言って、センパイの頬にキスをした。


 センパイは何も言わないまま、夜空を眺めていた。

 恥ずかしがっているわけじゃない。嫌だと思っているわけでもない。

 センパイは、もう何も感じていないだけ。

 すっかり冷たくなった白い肌に、私の痕跡が残った。ただ、それだけだった。


 それでもいい。

 私はもう、じゅうぶん幸せだった。

 どうにか「好きだ」と言わせたんだもの。キスの感想なんて求めたら、欲張りすぎるよ。


 センパイはぐらりと揺れた後、階段を転がっていった。

 四肢を捥いだせいでなかなか止まることなく、センパイは階段の一番下、鳥居の傍まで落ちてしまった。


 大きな悲鳴が、神社まで響く。

 男の人の声と、駆け付けた警察官の冷静な指示も、私の耳に届いた。

 これで、もう終わり。センパイの彼女だった私は、もういなくなった。


 センパイの『死体』は、このまま警察が持っていくのだろう。

 そして私は、センパイを殺した罪に問われるんだ。

 分かっている。でも、しょうがないじゃない。

 センパイは私に気付いてくれなかった。振り向いてくれなかった。


 私を、拒絶した。だから、こうなったんだ。


「終わっちゃった、な」

 なぜか分からないけれど溢れ出てきた涙を拭って立ち上がる。

 騒がしい人たちを見下ろしつつ、お母さんから借りた巾着を開け、一基の紙ヒコーキを取り出した。

 センパイが死んだとき泣きながら折った、半分が空欄のままの、婚姻届。


「さようなら」

 紙ヒコーキは私の手を離れ、遠くの空へと飛んでいく。

 願わくば、私とは違う誰か、不幸な人に届きますように。

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