7:ぱっと光って咲いた朱い花

 ドゥン……パパァァン


「奇麗なもんだね」


 最後の最後まで、朱いスーツを纏い。

 彼は花開く空の大輪に目を細める。


「これで39発目、かな。 どこまで話しただろう?」


 地べたにへたり込む私はそんな彼を半笑いで見上げた。

 この日のために着てきた白いワンピースと麦わら帽子、そして……父のコレクションから持ち出したキャンプ用のナイフが……無駄になっていく。


「ああ、そうそう……君を虐めていた張本人の話だったね」

「あなた……でしょ?」


 復讐、それだけを目的に3年間。

 行きたくもない学校に通い……計画を練った。誰を殺すのか、誰に何をされたのか、いつどうやって復讐するのか。


 ぐちゃぐちゃに、どろどろに、ふつふつと……。


 まるで雑草の根のように調べれば調べるほど生えてきて、増えていく加害者を……私は毎晩想像した。

 悲鳴を、苦痛に歪んだ顔を、謝罪と懇願を。


「そうだよ……僕だ」

「なんで……」


 なんで、この人は私を泣きながら見下ろしているのだろう?


「知っていたから、かな……君が彼らと僕を殺そうとしていたことを」

「……」


 私は唇をきゅっと噛みしめる。

 だめだった、バレていた。

 もうわけがわからない……誰にも、言わなかったし。

 

「一度だけ……トイレでずぶ濡れの君が呟いていたのが聞こえたんだ。3年後、絶対に殺すって」

「あ……」


 即座に、思い出す。

 計画を思いついた時……確かにトイレから出てきたらこの人は驚いた顔で立っていた。

 あれは……私が真冬で濡れているからじゃなく……聞かれていたから。


 ――かち、かち、かちかちかちかち


 歯が、震えて。


「ちゃんと、3年前の今日から数えていたんだ。忘れた日なんて一度もない。毎晩想像したんだ悲鳴を、苦痛に歪んだ顔を、謝罪と懇願を」

「ひ」


 こわ、い。

 声にならない悲鳴が。漏れる。


「でも、良かった。ちゃんと……できたよ」


 ――ドゥン……パパァァン


「この花火、40発目だよ。苦労したんだ……後2発……わかるよね。意味」

「私を虐めた……人の「人数」」


 口の端が釣り上がり、私が出した答えに満足げに声を被せる彼。


「復讐、したかったんだよね?」


 もうできない。

 ここに着いた時、彼だけがここに立っていた。

 42個の花火の発射台をバックに……。

 そうして悟った。


「失敗、したわ」


 全員を呼び出して、その眼の前で……自分の首をナイフで切って……自殺するはずだったのに。

 警察や新聞社、テレビ局に動画を送りつけている……私が死ねばどんな形であれ……その場にいた加害者たちは社会的に。


「殺せなかった」


 ぼろぼろと流れ落ちる涙で花火の光が滲む。

 反対に、私の虚言だと……全世界の笑いものになるんだ。


「私が死ぬ……」


 きっと。


「死なせない。僕がここにいるのは」

「笑いものにするためでしょう!!」


 思いのほか大きな怒声に自分でびっくりする。

 こんな声、出せたんだ。と。


「違うよ!! 復讐は……できたんだよ」


 へたり込んでいる私に、彼はそっと肩に手を置き目線を合わせる。


「え?」

「後一発」



 ――ドゥン……パァァン


 ――ぼとり


「え?」


 落ちてきた『なにか』は指輪をしていた。


「全部バレていたから。逆手に取ったんだ」

「なに、を?」

「僕は、キミが好きだったから。いつも側に居たんだ」

「え?」

「じっと……我慢して3年間。アイツらがうまく行ったと勘違いさせるために」


 歯の震えは、いつの間にか収まって……何かが焦げる匂いが急に鼻を突いた。


「あの花火に入って君をからかうつもりが……ほら、最後の花火が打ち上がるよ」


 すっ、と……彼は右手で最後の花火の発射台を指差す。


「見ていて」


 ――どんっ! ひゅるるぅぅぅ……ぱぁぁぁん


 ――ぼとっ、どすん……からから。


 キレイに、綺麗に、奇麗に咲いた大輪の後に落ちてくる何かは……パーツだった。


 そうして、私の眼の前に。

 ある眼鏡がひしゃげて焦げて、転がってくる。


「せん、せいの……めがね」

「アレが、犯人だよ」


 え?


「一番大きかったから……思ったより高く打ち上がらなかったな」


 そう言って彼はつまらなそうに、私から離れてメガネを踏み潰す。手首を花火台の方に放り投げる。足を、頭を……。


「あ、あ……あああ、ああああああああああああああああああああああ!!」

「君の手を、汚させる気はないんだ。こんな連中のために。良い案でしょう? これだけ散らばったゴミ……集めるの大変だと思うし」


 つまり、彼は。


「ちゃんと教えてあげたらさ、君に謝ってたんだ。でも過ちは正さなきゃね。今日はよく寝れると思うよ……ね?」

「おえっ!?」


 生きたまま、花火で、ひとを……うちあげ、た? 


「どうしても、主犯だけは空欄のままだったんだけど。学校に君の動画が届いて焦ったんだろうね。僕は見逃さなかったよ……これで埋まったって、ちゃんと、動画の入ったメモリーカードも回収してあるから……バレやしないよ。これで完璧だよ」

「く、狂ってる」

「君が好きだからだよ! ずっと、3年間、君に告白したかったんだ!」


 ――ずぶり

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