6:最後の花火
マンションのベランダに出したソファーで、彼女と並んで花火を観る。
我が家は十階建ての八階。
田舎町のせいか、我が家のベランダからは海上花火が良く見える。
俺は缶ビールを傾けながら、彼女の肩を抱く。
「もう、ここで花火を見るのも最後だな……」
彼女は何も言わず、虚ろな目で花火を眺めている。
──事の発端は、別れ話だった。
去年から付き合い始めて、先月婚約。
なのに今日、彼女は突然別れ話を始めた。
曰く、歳が離れ過ぎているとか、もう好きじゃないとか。
彼女の口ぶりは、別れるのに必死に見えた。
ならば婚約を機に彼女の父親の会社に投資した二千万円の返済を要求すると、
『私は頼んでいない。勝手にくれた物を急に返せなんて、心が狭い』
なんて罵られた。
その時に理解した。
いや、本当は最初から疑っていた。
彼女は、詐欺師だ。
結婚をエサに金を引き出す、悪人だ。
しかしそんな行為も、俺で最後になれば良いと思っていた。
彼女に対して、責任を果たす。
それが俺の望みだった。
花火はスターマインの連続に移り変わった。
そろそろ頃合いか。
俺は、もしものために用意しておいた小瓶の液体を飲み干す。
「大丈夫、キミをひとりにはしないから」
ビールの残りを飲みながら、夜空に咲く色とりどりの花火を眺める。
気道が狭くなってきた。
花火は、大輪の枝垂れ柳を残すのみとなる。
「さあ、これが最期の花火だよ」
大学で覚えた青酸カリを飲んでから死ぬまでの時間を、まさか自分の身で検証することになるとは。
しかし、花火は終わってしまった。
少々計算が甘かったのか、個人差なのか。
とにかく誤差が生じた。
「ごめん、ちょっと借りるね」
俺は彼女の胸に刺さったままのナイフを引き抜いて。
「さあ、キミのところへ行くよ」
彼女の名前だけが空欄の婚姻届けを自分の胸に当て、その上からナイフを突き立てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます