5:少年少女は神社で花火に照らされる

 まだ元号が昭和だった頃。


 誠太は、一人夜道を歩いていた。ジリジリと焼けそうな昼間とは違い、今は大分涼しい。すれ違うカップルや家族連れは皆楽しそうだ。

 今日は花火大会。誠太は、人の波に逆らい、人気のない神社に足を踏み入れた。


「誠太君、来てくれたんだ」

「……うん、来たよ。香月さん」


 目の前の少女、香月祥子は、水色の浴衣を着ていた。紫陽花の柄が似合っている。

彼女は誠太と同じ十四歳。祥子から夜に神社で会おうと誘われたが、未成年が二人だけで夜に会うのはよろしくないので、誠太はこっそりと家を出てきた。


 祥子は、目を伏せながら言う。

「……来てくれるとは思わなかった。あんな所見られたから」

「君と会えるなら、いつだってどこにだって行くよ」


 誠太は数日前、今日と同じように夜一人で歩き、公園を通りかかった時に見てしまった。

 ―祥子が死体を埋める所を。


 祥子が埋めていたのは、大人の男性に見えた。その男性が誰なのか、どうして死体を埋める事になったのか、誠太は気になって仕方なかった。気になり過ぎて、昨日行われたテストも空欄が多くなってしまった。


「……あの人ね、私が殺したの」

 祥子は落ち着いた様子で語り始めた。聞く所によると、死んだ男性は祥子の母親の恋人で、祥子の母親や祥子に暴力を振るっていた。

 そしてとうとう耐え切れなくなり、祥子が男性を殴り殺したのだという。男性は当時酔っぱらっていたので、祥子の力でも絶命させる事が出来たらしい。


「……そう言えば、香月さんのお父さん、事故で亡くなったんだよね……」

「うん、お母さん、女にしては稼ぎが良くて優しかったから、夫がいないと分かって付け込まれたんだと思う」


「……香月さん、どうして今日僕を誘ったの?」

「……この神社って、花火大会の花火が綺麗に見えるんだよ。穴場なの。……最後に、誠太君と花火を見たかった。……好きだったの、誠太君の事」


 誠太は、唇を噛み締めた。薄々感じてはいたが、祥子は自ら命を断とうとしている。この子は繊細だ。罪の意識を背負って生き続けるなんて選択をするはずが無いのだ。それでも……。


「最後なんて言わないで欲しい。僕は、来年もこの先もずっと君と花火を見たい」

 そもそも、男性の死体は埋められたまま発見されていない。新聞にも載っていない。今はただの行方不明者扱いをされているだろう。


「……ごめんなさい」

「罪の意識に耐えられないなら、自首してもいい。少年院で罪を償ってもいい。ただ……死ぬのはやめて欲しい。君には……生きていて欲しい!」


 花火が上がった。花火大会が始まったようだ。


「……誠太君って、意地悪なのね……」

 祥子が震える声で言った。

「そんな事言われたら、好きな人からそんな事言われたら……生きるしかないじゃない……!!」


 祥子が顔を上げた。目に涙を浮かべていたが、とても穏やかで、とても美しい笑顔だった。


 それから六十年後。

ある夜、神社で一組の老夫婦が花火大会の花火を見ていた。その夫婦の間に起こった出来事を、誰も知らない。

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