4:悲しい日の空は、ちょっとだけレモネードに似ている。

 目を覚ますと、よしくんが死んでいた。

「え……、え?」

 どんなに目を擦っても、事実は変わらない。

 よしくんはもう、立派な死体になっていた。


 胸にバールが突き立てられている──あばらがちょっと浮き出る痩せた胸が、真っ赤っかだ。慌てたような顔のまま、わたしに縋るような顔のまま、死んでいる。いつもふたりきりになると怖いばかりだったよしくんのそんな姿が、ちょっとだけ可愛らしくて。


「あとでストーリー載っけたげるね」

 そういえばわたしからツーショ撮ったの初めてじゃないかな?

 わたしがよしくんの性欲処理係になる前以来のツーショ。彼女になりたいなって思ってた頃からはだいぶ変わってしまった、わたしたちのツーショ。

 よしくんって口上手いし声いいし、写真の加工もモデルさん並みに上手いから、よしくんに何か言われるとなんでもよくなっちゃうんだよね。だから、きちんと手に入れたものは全然大事にしない人でも構わなくなっちゃうし、酷い扱い受けても全然平気になっちゃう。


 そりゃ、たまには普通の恋人みたくなりたくなるけど、よしくんの所有物でいいって言わされちゃうんだよね、そう思わされちゃうんだよね。

「……なんでだったっけ」

 なんか、死んじゃったよしくんは別人みたいだ。あんなに好きだったのに、よくわかんなくなっちゃった。ビッシリ埋められたはずの履歴書が、空欄だらけになっちゃったような気分。


 うん、わたしみたい。

 大学決まってたけど、よしくんに言われて一緒に住むようになって……とても高校なんて通える状態じゃなくなって、もちろん大学なんて学費も時間も足りなくてとても行けなくなって、全部ふいになって。

 その代わり、よしくんに褒めてもらうためのお金が足りなくて始めた風俗とか、それっぽいことさせられるマッサージとか、そういう職歴はひとつふたつぽつんと載って。

 でも、それだけ。

 もっと埋まるはずだったわたしの履歴書は、よしくんに作られた空欄だらけ。


「じゃあ、たまにはいっか」

 よしくんだって、空欄だらけになるときくらいあるよね。いつも殴ったり首絞めたりしてくる手も、今はひんやりして固まっている。蹴られたり踏まれする足も、彫刻みたいに固まってる。

 そういうよしくんもたまには新鮮だね──そう思って、最初にやられたときみたいにお腹を踏んでみる。


 ふにっ


 うーん、よしくんみたく容赦なく踏みつけることなんてできないみたい。わたしはあれですっかり躾けられてしまったけど、やっぱりわたしじゃ無理かもね。

 首を絞めてみた。

 お尻に無理やりお酒を入れたり、わたしみたいに悲鳴じゃないけど、やってるときのよしくん自身の声を音量最大にしてイヤホンで聞かせながらあそこをいじってみたり、よしくんのイヌスタでわたし専用の肉便器だって文面打って投稿してみたり──これまでされたことを、全部やってみた。


 そうやってみて、わかったこと。

「やっぱりよしくん、わたしのこと好きじゃなかったんだなぁ」

 とてもじゃないけど、好きな人にやるのは胸が痛かった。これ、本当に好きな人にやることなのかな? ちょっとわかんないや。


「じゃあ、そろそろいっか」

 DikSukに載せたよしくんとのツーショでなんだかいろいろ通知もうるさくなってきたし。なんだか雨も降りそうだし。


 よしくんが住んでいる、ちょっと高めのマンション。窓を開けると、今日花火大会をやる予定だという川原が一望できた。

 結局、1回も一緒に見なかったな。

 本命の人とは見てたのかな、たぶん違うか。よしくん、興味なさそうだったし。


 そういう、「普通」っぽいことしたかったな。

「うわ、泣いてる」

 感傷に浸って泣くの、ちょっときもいかも。

 自分のことをちょっとだけ笑って。


 黄色いような透明なような、もやんとした色合いの空に向けて、わたしは大きく手を広げて。


「あいきゃーん、ふらーい」

 ぶわっとする風の抵抗が、ちょっと夏っぽかった。

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