第11話 『開戦』

6月30日 金曜日


訓練を終えた『二次元サークル』はいつも通り寮に帰宅。

稲葉凛も大人しく自分の部屋に戻り、ベッドに寝転んでスマホをいじっていた。


今日で平日が終わろうとしている。

土日になれば新しい年下の友達に会う機会もなくなる。

会おうと思えばいくらでも会えるし会話の時間も取れる。

おそらく誘いをかければ彼らは喜んで応じてくれるだろう。


しかし、明日からの土日以降、凛は彼らと会うことはないだろうと考えている。


「…………」


写真をスクロールして今まで撮り溜めた思い出を振り返る。

訓練中、あるいは学校での昼休みの時間。

本当に短い期間ではあったけれど、それでも多くの思い出ができた。


「ちょっと撮りすぎかもだけど」


写真の意外な多さに笑みが溢れる。


よかった。


自分にとって彼らとの時間は本当に楽しく、大切なものだったと実感する。


「あっ」


昨日撮った写真に順番が回ってきたと同時に顔が熱くなったのを感じて凛は写真から目を逸らした。

それは自分で撮ったものではなく、信が撮った写真を送ってもらい保存したもの。


写真に写る凛は恥じらいに満ちた表情で、カメラからは目を逸らしている。

信の要望で、凛にとってあまりにもハードルが高すぎる衣装を着た写真。


自分の写真というのは見るだけでもかなり気が引ける。

凛はスクロールしてその気分から逃れようとするが次の写真も自分の写真だった。

カメラの目線に悪意を感じずにはいられない。


「これってあれだよね。膝枕したときの……」


よく覚えている。


写真は凛の姿を下から写したもので、同じくカメラからは視線を逸らして恥ずかしさを我慢していることが感じられる。


信が膝枕を要求してきたとき、凛は動揺を隠すことができなかった。

しかしこれから彼を傷つけることになるんだし、自分の都合で姫乃怜との争いに勝手に巻き込んだのだ。

それくらいの見返りは要求されても仕方がないと甘んじて受け入れた。

だから写真を撮りたいと言われても拒否しなかった。


「信くんって、意外とやっぱり……」


思春期だとは口には出さないでおいた。

そうして一人笑みを浮かべ、余韻に浸りながらスマホの電源を切った。


「羽宮……、信」


その名前を呼ぶだけで胸が苦しくなる。

鼓動は早まり、彼の顔が頭から離れない。


これがいったいなんなのか、凛はすでに理解している。

その気持ちを打ち明けられたらどんなにいいだろうかと何度も思った。

しかし伝えることはできない。


これは当然の代償だ。

彼を……彼らを巻き込み命を危険に晒し、また自分のせいで彼らを危険に晒そうしている自分への罰。

彼に向けるこの思いを最後まで隠し通し、凛は自分が自分に与えた役目を全うしなくてなならない。


「いつ来てもいいように、準備はできてた」


ベッドから立ち上がりリビングからベランダに出る。

そこにいる男と正面から向き合うために。


「度胸があるようで助かるよ。事情は『能力機動隊』から聞いてるんだろ?」


凛はその顔に見覚えがあった。


シュウジ。

『ブラックマーケット』のリーダー。


「シュウジ、でいいの?」


自分でも驚くほどの強気。

心の中は恐怖心でいっぱいで、今にも逃げ出しそうな気分。


「ああ。直接顔を合わせるのは初めてか。あの時は羽宮信の方にちょっかいを出しに行ったからな」


シュウジは手に持ってるナイフをくるくると回して弄ぶ。

恐怖を拭えない凛はそのナイフから目を離せないでいる。


「安心しろ。急に刺したりしない。お前は大事な商品だからな」

「私を売り飛ばす気なの?」

「依頼主のお眼鏡にかなえばな。もし受け入れられないってときは、お前を処分する」


処分とは、やはりそういうことなのだろう。

どの道、自分に未来はないと改めて言われた凛は少しだけ気分が落ち着いた。


「そう」

「…………?何をヘラヘラしてるんだお前は」


思わず笑みが溢れた凛に対して怪訝な視線を送るシュウジ。


「ううん、こっちの問題だから気にしないで」


さっきまでの恐怖が嘘のよう。

どうやら凛にとって、やはりこれはベストな選択肢のようだ。


「取引しない?」

「取引?」


凛からそんな言葉が出てくることが予想外だったのかシュウジは目を見開いていてナイフを弄んでていた手を止める。


「見逃してくれ云々なら諦めろと言っておく。俺たちは依頼人には礼を尽くすからな」


今更無事でいさせるつもりはないと強調するシュウジだが、凛は首を横に振り。


「私のことはどうなろうと構わない。売りつけるのもよし、目的がうまく行かなければ処分するもよし、好きにして。でも、もう羽宮信くんたちには関わらないで。二度と手は出さないと約束してほしい」

「…………」


シュウジは黙り込んだ。

目の前の少女から提示された取引の内容。

その内容に裏がないか探る。


しかしそんなものは感じられなかった。


凛は純粋に『二次元サークル』を守るために自分を取引材料として利用している。


「いいのか?そんなことしたら、お友達が黙ってないと思うけど?」

「あなたたちには関係のない話でしょ。あなたたちにとって戦力的に気にかけているのは古矢蜜だけのはず」

「……。なんだ。こっちの事情もある程度は把握しいての提案なのか」


自分の考えを改める。

ただのガキからの提案だと甘く見ていたシュウジは目の前の少女を正統な取引相手として認識する。


「俺たちにとってのメリットは金、デメリットは楽しみが減る。お前のメリットは大切な人を守れる、デメリットは自分の人生、か」


その内容の中に、断る理由などどこにもなかった。

シュウジはナイフを懐に納め手を差し出す。


「いいぜ。取引成立だ。今後『二次元サークル』には手を出さないと約束しよう」


無論、このような取引は簡単になかったことにできる。

それをやったところで凛にはどうすることもできないからだ。

しかしシュウジは面白がっていた。


今の状況で堂々と取引を持ちかける度胸を持った凛に敬意を表している。


「それじゃあ行くか。これなら仕事は楽に終わる」


そう言って、凛がシュウジの手を取ろうとした瞬間。

ガシッ、とシュウジの腕が何者かに掴まれる。


「信くん!?」


ベランダから寮を登ってきた信はシュウジを掴み外へと放り投げた。







間一髪。

あと少し遅れていたら手遅れになるところだった。


ベランダから外に放り出されたシュウジはそのまま隣の建物の屋根に着地する。

空中で難なく体勢を立て直して。


「先輩、何事もないですか?」

「信くんだめ!君はここにいちゃいけないの!」


先輩は必死に俺に訴えかけている。

なぜそんなことを言うのか俺には理解が及ばない。


「何言ってるんですか?どうしてそんなことを……」


しかし、そう難しい話ではないだろう。

彼女がなぜそんなことを言うのか。

何かそう思われる根拠があるわけではないけれど、自然と思ってしまった。


まだこの人はそんなことを考えているのか、と。


「先輩、まさか……」


その先は何故か口にできなかった。

理由は多分、理解してしまったから。

その選択肢を選んだ彼女の気持ちを理解してしまったから、真っ向から否定できなかった。


「おーい羽宮ー!」


大声が聞こえる。

妙だったのは、その声がだんだん大きくなっていくように感じたこと。

そうしてシュウジの方に向き直ると。


「話はまた後にしたほうが良くないか?」


目の前、文字通り目と鼻の先にシュウジの顔があった。

気づいた時には俺ごとベランダから飛び降りていた。


「信くん!!」


先輩の声が聞こえたが返事を返す余裕はなかった。

俺はなんとか服を掴むシュウジの手を強引に離させ分身を出す。

手を掴んで分身を振り回しシュウジにぶつけるが掌から放たれた衝撃波で分身だけが吹き飛ばされてしまう。


「お前が何人来たって同じだよ!」

「あっそ!」


もう一度分身を出す。

分身は落下する中でベランダに掴まり、俺は分身の足を掴んで落下を中断させる。


「じゃあお前の相手は俺じゃない」

「はあ?」


上空から何かが落下する。

それはシュウジの落下速度とは比べ物にならないくらいにはやい。


それを視認したシュウジは声を上げた。


「古矢か!?」


スピードを落とさないどころかむしろ上げていく落下速度。

次々と下から上へと流れるベランダの壁を足場に下へ下へと跳躍していく。


そして古矢さんはシュウジを巻き込み地面に衝突した。







「先輩、大丈夫ですか!?」


勢いよく部屋に入ってきたのは『二次元サークル』だった。

信くんはまだ下から戻ってないらしい。


「先輩怪我は?」


早口気味に景くんが私の無事を確認した。

怪我などしているはずがない。


「怪我はないよ。でもなんで来たの?」

「あいつら、本当に隠れる気がないんですよ。信のところに連絡がきたみたいで、奇襲をかけるために先輩には助けに言ってることは伝えられませんでした」


どうやらいち早く状況を察したみんなはこっそり行動を開始していたらしい。


でもダメだ。

これは違う。

こんな事態になってはいけない。


「みんな逃げて。今話が落ち着いたの。もうみんなが戦う理由はない」

「はい?」


首を傾げた景くんの後ろから巴ちゃんが手を伸ばしてきた。

その手は私の胸ぐらを掴んで強く引き寄せる。


「先輩、何考えてるのかは大体予想がつくので聞きません。でもやめることをおすすめします。そんなことをしてもなんの解決にもならないじゃないですか」


巴ちゃんの言いたいことは理解できる。

しかし私はそれに納得することはできない。


「ダメ。『ブラックマーケット』は危険なんでしょ?私さえいなくなれば、全部うまくいくんだから」


それで全て解決。


争う理由である私さえいなくなればそれでいい。

私にはそれをする義務がある。


「先輩……」


声が聞こえた。

その声は今の私にとっては最も聞きたくない声と言っても過言ではないほどに。


「先輩、俺はそんなの受け入れたくありません」


本当に、心底から悲しそうな、それこそ今にも涙でも流しそうな表情で距離をゆっくりと詰めてくる。


「信くん、私を信じてほしい。絶対全部うまくいくようにする。みんなのことは私が守るから」

「じゃあ先輩はどうなるんです?」

「私は彼らと一緒に行く。そうしないと、取引は成立しない」

「それってあなたが犠牲になるってことですよね?」

「そうだね」


不思議と、気持ちが落ち着いている。

信くんも同じ気持ちだったのかもしれない。

私たちに黙って『能力機動隊』の戦いに参加しようとした時の彼の気持ち。

自分が守りたいもののために自分を犠牲にできるという考え。


「否定的な立場だったけど、君も同じ気持ちだったんだね」


信くんは目を見開いて俯いた。

私はそれ以上彼を見ていられなくて彼を横切ってベランダに出る。


そこから外を見下ろすと、そこでは古矢さんとシュウジが一騎打ちを行なっていた。







幾度となく繰り返される騒音に鏑木高校の女子寮に住む人々は外を見る。

まるで野次馬のようにざわざわと、何があったのかとお互いに語り合いながら、騒音が聞こえる方へと視線を送る。


そして。


そこには二つの人影。

上の階に住んでいる生徒には距離が離れている関係で正確な目視は難しいが、下の階に住んでいる者にははっきりと見える。


お互いに拳を振るい合っているのは女性と男性。


誰なのか、なんの騒ぎか。

そんなざわめきは女性の服装に気付けば大体察しがつくことだった。


その服装を見間違う人などいない。

あれは紛れもなく警察官の服。


それもただの警察ではなく、『能力機動隊』という能力事件の解決を専門に扱う組織だ。


それに気づき、すぐに女子生徒たちは避難を開始した。


騒動の中心にいる者たちを除いてではあるが、女子寮の中に人はいなくなっていた。

そうなれば、二人の怪物にとって気にするようなことはなくなる。


目の前の敵に集中する。

一瞬でも気を逸らせばその隙に体の一部を持っていかれてもおかしくはない。


古矢が振るうのは拳。

その一撃一撃が確実に相手を粉砕するための一撃必殺を目的としたもの。

防御と攻撃を同時にこなすほどの破壊力を持つ攻撃を素で持ち合わせている化物はいない。

彼女だけの専売特許。最大の強み。


純粋な戦闘能力において言えば、彼女は間違いなく人類最強の称号を独占することだろう。

しかしシュウジはそんな相手との間にある力の差を強力な能力で埋める。


衝撃波。

掌を起点に発生するその衝撃波は強力なもの。

まともに喰らえばそれこそ体はバラバラに引き裂かれる。


しかしそんな能力にも弱点はある。


衝撃波は障害物に対して弱い。


掌が向いている方向にある障害物との距離が近ければ近いほど衝撃波の威力は激減する。掌と障害物との距離がゼロだった場合、その能力は発動することすら許されない。


お互いに撃ち合いながらもお互いの利点に気を配る。


片方は破壊力、片方は能力。

一度でもまともに喰らえば即死。


そんな中でも、二人は完全に互角に打ち合う。

衝撃波が辺り一面を吹き飛ばす。

加減なしの最大火力。


障害物のハンデがあるとはいえ、最も近い距離にあったビルの壁が破壊され建物全体が大きく揺れる。

対処が間に合わなかったシュウジの動きを蜜が避けた結果である。

蜜にとって懸念材料は自分の命とシュウジの能力だけではない。


蜜にとっては自分の周りの状況にも終始気を配らなければならない。

騒ぎを聞いた民間人たちは大方避難しているはずだが、もしかしたら逃げきれていない者もいるかもしれない。

周りに気を配らないといけない蜜はシュウジよりも精神的な負担が大きい。


気が散る中での交戦。

そんな蜜の状態を確認した上でシュウジは目の前の強敵に敬意すら抱いていた。

能力を発動しようとすれば掌を掴まれ、万が一掴まれるのを回避したとしても攻撃を単純に避けられる。

しかし避けた場合周りへの被害は尋常ではない。


蜜にとって相手の攻撃を避けるという選択肢は本当にどうしようもなくなった場合となっていた。

シュウジの掌に打ち付けられる蜜の拳。

常に掌に障害物を作ることを意識しながら戦う戦法は明らかに有効だった。

そのまま手を離さず、お互いの掌を合わせてシュウジの手を掴んだ。


「器用だな。距離を取れば不利になるとわかってるから、迂闊に能力も使わない。頭も回るし技術もある。やっぱり厄介極まりない」

「テレポートは使ったところで有効打にはならない。ならここは純粋な力であなたを粉砕するのが一番だと判断しただけ」


シュウジは必死に蜜の手から逃れようとするが、凄まじい力で握られた手を振り解くことができない。


「おまっ、ゴリラかよ……」

「はあ!?」


その発言で完全に逆鱗に触れた。

恋人ですら命の危険を感じる単語を、事情を知らない男は軽々と口にするのだった。


頭に血が上った蜜は掴んだ手を振り回し遥か上空へとシュウジを投げ飛ばす。

それは近くにあるすべての建物の高さをこえ、シュウジにとってはあまりにも美味しすぎる絶好の戦場にまで運ばれる。

しかしそんな甘いことを考えたのも束の間。


反撃開始と思い意気込んだシュウジの目の前に迫っていた蜜の姿を視認して息を呑んだ。


ただのジャンプ。


なんらインチキを施していない怪物の身体能力。

そんな女に顔を鷲掴みにされ、混乱状態に陥るシュウジ、ではなかった。


いたって冷静。

なにせ障害物の少ないこの上空でこそ、シュウジは本領を発揮できる。


起点は掌、対象物は空気。


放たれた衝撃波は障害物として認識されない空気を武器に蜜を遠くへと吹き飛ばす。


「こん、の……!」


テレポートで素早くシュウジの後ろに回る。

未だに吹き飛ぶ蜜は勢いに任せてシュウジに体当たりを喰らわせる。

しかし、その衝撃を受け流すように回避したシュウジは自分の足を蜜に向かって振り下ろすのだった。


今度は蜜がまともに吹き飛ばされた。

地面に衝突したことでダメージは大きくも死んではいない。

そんな蜜に対して落下しながらも上空から衝撃波による攻撃を仕掛ける。







その光景を見て、自分が間に入る隙間は存在しないと思わされる。

ただ唖然と、二人の壮絶な戦いを眺めることしかできない。


しかし。

騒音がした。


尋常じゃない大きさの騒音。

ベランダから外を見ていた俺の後ろから聞こえた音。


その正体を掴むため後ろを振り向くと。


「はあ!?」


天井がぶち抜かれていた。

天井という境界が崩れたことで稲葉先輩の部屋と上の部屋が一体化してしまう。

崩れた天井の下に誰もいなかったのは幸いだ。


「なに……?」


巴が一瞬後ろに退がる。

俺は四体の分身を出し、俺たちの前に出させて防御陣形をとった。

その直後、四人の人影が天井に空いた穴から降りてきた。


「なんだ、今ので一人くらいはやれたかと思ったのに」


心底から残念そうな声をあげる男の顔はよく知っていた。

古矢さんから渡された『ブラックマーケット』の資料で、メンバー五人の顔は把握している。


「ラル、油断はするなよ。ガキとは言っても前とは違って訓練を積んでる。甘く見てると返り討ちに合うかもしれない」


ダイスがラルの気を引き締めさせる。

気だるそうな表情になるもやる気はあるらしい。

そのほかのメンバー、ダイス、ユマはそんな二人のやり取りを適当に眺めている。


「二人とも敵の目の前だぞ。油断してるのはコルボもいっ」


言葉が途中で途切れた。

分身の壁さえも飛び越えた景が先手必勝の戦法をとった。


能力を最大限の力で利用し右拳を思いっきり振るう。

シュウジの能力でも使ったのかと思うほどの衝撃。

前よりも性能が上がっているようだ。


しかし。


「先手必勝は悪い戦法じゃないが、うまく利用できないなら意味はないぞ」


難なく回避した四人は衝撃で多少飛ばされたが特に問題はない様子だ。


「くそ、今ので部屋から追い出したかったんだけどな」

「無駄に部屋の中をめちゃくちゃにしただけだったね」


力不足を嘆く景だが、それを巴が冗談っぽく誤魔化した。


「戦力的には五対四。数では勝ってても……」


実際厳しい。


個人の力の差で数の利を埋められてしまう危険がある。

そうなれば。


「だったら僕が二人は受け持つ」


どこからともなく聞こえた声。

その瞬間、後ろから迫ってきた何かが俺たちの頭上を通過し、ラルとユマに衝突。

二人は難なく部屋の外に追い出された。


後ろを振り向けた、真辺さんがいた。


「真辺さんどこ行ってたんですか!?」

「ごめんごめん。避難の誘導で忙しくて」


真辺さんはしばらく近隣に住んでいる人たちの避難誘導をしていた。

あまりにも時間がかかっていたので、もう来ないんじゃないかと思い始めていたところだ。


「ラルとユマは僕が相手する。君たちは残りの二人を、頼んだよ」


そう言って真辺さんはベランダから外に出て行った。

前方に未だ立っているダイスとコルボのことを考えると当然の行動だ。


「はあ〜、めんどくせえ。こういう時は手っ取り早くドカンとやるのが一番だよな?」

「……?」


衣服の中に仕込んでいたナイフを取り出しながらコルボは怠そうに話す。


「じゃあ、シャッフルと行くか」


何を言っているのか理解できず混乱していると、コルボはナイフを取り出した。

そして。


「タッチから三秒?五秒?ま、逃げたほうがいいぞ」


その言葉に一瞬固まるもすぐに理解した。


俺たちは全力で後ろに跳んでベランダから外に出た。

その直後、稲葉先輩の部屋は強い爆発によって吹き飛ばされてしまった。


「爆弾!?」

「触れてから五秒だ!」


お互いに相手の能力を確認し、次に備える。


ベランダから漏れる煙の中から二つの影が姿を現す。

そのうちの一人が稲葉先輩目がけてナイフを投げたのを見た俺は先輩を引っ張って分身を足場に空中を移動する。


ナイフを投げたのはコルボだった。

コルボは再度ナイフを投げたが、今度は飛行能力を活用した稲葉先輩の行動によって回避することに成功する。

しかし逃げた先にコルボがいた。


「うわっ!」


驚きの声をあげた先輩は急ブレーキをかけるがすでに手が届く範囲にいたのが災いした。

腕を掴まれた先輩は俺ごと寮の中へと投げ込まれた。


誰の部屋かわからない場所に移動させられた俺と先輩はすぐに体勢を立て直す。

しかしコルボはあのまま落下してしまったようでどこにも姿が見当たらない。


安全かと油断しかけた瞬間、下からの気配を感じる。


明らかに、何かが近づいている。


「先輩!」


俺は先輩を突き飛ばした。

案の定、下の階からの突進が繰り出された。

無防備状態で突進をぶつけられた俺は抵抗できず天井を突き破って上の階に吹っ飛ばされる。


三枚ほど天井を突き破ってようやく勢いがおさまった。


稲葉先輩と引き離されてしまった。

彼女のところに行かないと、と立ち上がると目の前にコルボがいた。


振るわれたナイフを無駄な動作を省いて回避する。

続いて向かってくる数々の攻撃をギリギリで避けながら後ろに退がらされる。


振り回されるナイフだけでなく、拳や蹴りも向かってくる。

一瞬の隙。


ここだと思ったタイミングでナイフを持っている腕を掴んでコルボの腕を引き寄せながら腹に蹴りを入れた。


「っっぶ」


そこそこダメージはあったのか腹を抱えながら後ろに退がるコルボ。

攻めどきだと判断し攻撃の手を緩めない。


距離を詰めようとした瞬間、眼前にナイフが姿を現す。

爆発の記憶が呼び出される。

あれはまともに巻き込まれれば怪我では済まない。

そんな思考が、反射的に体を後ろに退がらせた。


「………!?」


タッチから五秒後、起こるはずの爆発は起こらず、そのナイフは空中をクルクルと回り続けている。

それがフェイクだったと気づいた瞬間、鋭いものが腹を開く感触がした。

アクシデントが頭に混乱を与える。


パニック状態が次に取るべき行動を考える思考を停止させた。

激痛を全身で感じながらも急いで距離を取ろうとするも、その前に服を掴まれた。

逃がさないという意思表示。


逃げることを許されず、顔面に横から向かってきた蹴りが打ち込まれた。

視界がぼやけ、頭がぐらつくのを感じる。


なんとか意識を留めながら反撃のため手を伸ばすと、頭上から強い衝撃が与えられた。

今度は頭だけでなく体全体がぐらつく。


いくら蜜さんと訓練を積んだと言ってもこれだけの実力差がある。

厳しいことには変わりない。


ならば、と分身を出した。

俺とは違い、万全の状態の分身がコルボに飛びつく。

不意をつかれさすがに対応が遅れたコルボはすぐさま対応を開始。


首を切りつけられた分身は消滅してしまった。

そしてもう一度向かってこようとした時、地面に空いている穴から稲葉先輩が飛び出してきた。

空中を飛行している彼女はそのまま方向転換してコルボに飛びついた。


チャンスを見逃すまいと俺は前に跳び出し攻撃を仕掛ける。

体当たりを喰らいながらも俺の攻撃を受け止めたコルボは表情を歪めるが、すぐさまニヤリと笑顔になる。


「伊達に訓練してたわけじゃないか?」

「まあね!」


両腕でコルボの体にしがみついた先輩は飛行してベランダから外に飛び立っていく。

そのまま隣のビルの中に入って行った。


その後ろをベランダから跳んでついていった俺は分身に地面を転がるコルボに攻撃を仕掛けさせる。

数秒拮抗するもすぐに隙をつかれた分身は腹に蹴りをもらい吹っ飛ばされた。

それと入れ替わるように前に出た先輩がうまくコルボの攻撃を捌きながらコルボの懐に収められているナイフを取り出した。

ナイフを振り回し攻撃を仕掛けるも難なく捌かれる。

俺は後ろから加勢するが気配を感じたのか後ろを振り向いたコルボに腕を掴まれ体を地面に叩きつけられる。


一対一の状態になっている間に稲葉先輩を無力化する気なのだろう。

それを避けるために分身を出し強引に二対一の状態を作り出す。

前後からの挟み撃ちに対応できなかったコルボは分身の蹴りによって体勢を崩し、稲葉先輩の振るったナイフが肩に穴を開けた。


分身は手を緩めずコルボを遠くへと投げ飛ばした。

地面を転がるコルボはダメージがあったようで、地面から立ち上がるのに少し時間がかかった。

かく言う俺も先輩の手を借りてようやく立ち上がることができた。


「痛いなーもう。なんの躊躇もなく人を刺せるか?」

「そっちこそ俺の腹切ってんだろ。これでおあいこじゃねえか?」


そう言うと何が面白かったのかコルボはニヤニヤしながら肩に刺さっているナイフを引き抜いた。


「刺さったナイフを抜くと出血がひどくなるって知ってるか?」

「知ってるさ。お前らとは違って、こっちは人を殺す方法、結構知ってるからな」


つまり、これくらいの出血は気にする必要がないと言うことらしい。


「余裕なんだね」


相手の勢いに負けまいと先輩は口を出す。

ナイフを抜いたことで出血はしているがあまり気に留めていない様子のコルボは笑って言葉を返す。


「余裕だよ。仮に俺たちが負けたとしても、シュウジがいる限りそう簡単に形勢はひっくり返らない。いくら古矢蜜が強いと言ってもな」


こちらの動揺を誘うための言葉じゃないことくらいは理解できる。


古矢さんは言っていた。

次の対決ではそう簡単にはいかないと。

前回の戦闘で圧倒できたのは相手の不意をついたからだと。


最高戦力である彼女が負ければこちらの勝率はほぼゼロになる。

今のこちらの戦力は所詮その程度。

現状はかなり絶望的。


「信くん……」


不安を煽られた稲葉先輩が俺を見る。

心配する気持ちはわかる。


多分、今でも先輩は自分が犠牲になればと思っているんだろう。

しかし許容するわけにはいかない。

一度そのやり方をとり、失敗しかけたからこそ、彼女を犠牲にするわけにはいかない。


「だめですよ。先輩は絶対あいつらには渡しません」


だから断言した。

彼女を守る。

この戦いはそれが目的。

一度そのために戦うと決めたのだから曲げるわけにはいかない。


「今日で終わりにしましょう、先輩」

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