第10話 『恥ずかしい』
さてやって参りました我らが楠木高校。
あの恐怖しか生まないみんなの反応の正体はいったいなんなのか。
姫乃先輩と稲葉先輩の間にあったこと。
それには俺が何か関連しているらしいが、この前ちょっと言い合いしたのが噂になって尾鰭でもついたのか?
そう言うのは結構嫌いなタイプの俺だが、どうなのだろう。
「……………………」
学校に着くと、早速違和感を感じた。
視線がすごい。
最近は視線の多く浴びることが多い気がする。
本当に最悪だ。
もう俺の名前くらいは有名になってしまっているかもしれない。
「まさかここまでとは……」
後ろで何やら美濃が呟いている。
それに巴や景も頷いて反応しているが、稲葉先輩は苦笑いを浮かべて俺を見ている。
だからその雰囲気怖いって。
「あれあれ、きみ羽宮くんだよね?」
急に話しかけられた俺はビクッと飛び上がって声が聞こえた方に視線を向ける。
そこにいたのは三人組の女子。
なんだか妙にチャラチャラしている感じがするが、俺はあの人たちを知らない。
「えっと?」
どう反応したらいいかわからず首を傾げる。
「あ、私のこと知らないよね?私は御厨。二年で凛と同じクラスだよ」
「横谷だよ〜」
「私雨宮ね」
軽く挨拶をしてきた。
丁寧とは言いづらいが名乗られたのだから俺も名乗らねば。
「羽宮信です。初めまして」
「初めまして。…………」
「……?」
そんなにじっと見つめてどうしたんだろう。
「御厨さん、どうしたの?」
俺のことをじっと見つめる御厨先輩に稲葉先輩が問いかけた。
いや、にしてもだ。
「知り合いですか?いや知り合いですよね。まさか友達だったり?」
稲葉先輩に聞いてみると、先輩は顔を赤くして首を縦に振った。
「最近よく話してるの。でも友達って言っていいのかどうか」
「何言ってんの今更」
三人のうち一人が稲葉先輩の腕にくっついた。
たしか、雨宮先輩だったか。
「一緒にカラオケで楽しんだのに、冷たいな〜」
「で、でも、私、まだみんなと知り合ったばっかりっていうか」
「友達になるのに時間なんて関係ないっしょ。それに……」
二人の会話が展開されたのを見て俺はちょっと安心した。
先輩にも友達って言える人ができたのか。
何様のつもりだと自分でも思うが、本当に安心した。
しかし。
御厨先輩だったか。
本当にずっと俺から目を離さない。
なんだろう?
「あの……、俺何か変ですか?」
そう聞くと、御厨先輩は何に反応したのか目を見開くと、すっと笑顔になった。
その変化ぶりになんだろうと困惑していると。
「きみ、羽宮信くん、だよね?」
「はい」
「よろしくね!」
俺の手を掴んでブンブン振り回し出す。
なんなんだこの人はいったい!?
さっきから感情が読み取れない!
「えっと、御厨先輩……?稲葉先輩とは友達、なんですよね?」
「そうだよ」
「ああ、そうなんですか」
いやどうしよう。
俺はどうするのが正解だ?
「ちょっとみんな、信くん困ってる!」
困惑していると稲葉先輩が俺の両肩に手を置いてグッと引き寄せた。
「あれ、凛が積極的だ〜」
なんだか意地悪な顔になった御厨先輩。
「いっつも恥ずかしがっておろおろしてる凛が珍しいね〜」
同じく意地悪顔の雨宮先輩が近づいてきて稲葉先輩の頬を指でツンツンしだした。
これは、あれだ。
悪くない気分だ!
なんかモテモテみたいですごく気分がいい。
「いや、だって、急に先輩に囲まれたら怯えちゃうでしょ。ね?」
肩に置かれている手に力が入る。
後ろを向こうと顔を向けようとすると稲葉先輩が横から覗き込んでて本気でびっくりした。
「いやあの、まあ困惑はしますね」
「ほら!」
「え〜?私たちに囲まれると迷惑?」
御厨先輩が俺の両頬を両手で挟んで上を向かせてきた。
いや身長高いよこの人。
稲葉先輩の時にも思ったのに、なんだ?
二年生の女子は身長が高い人が多いのか?
「いや、迷惑とまでは言わないですけど」
迷惑ではない。
しかし困っているのは事実なもので、少し反応に困ってしまうところなのだが。
「そうだよねー?迷惑じゃないよねー?」
御厨先輩は俺との密着度を上げてくる。
もう少しで胸が顔に当たりそうである。
するとまたもや稲葉先輩が俺をぐいっと引っ張って御厨先輩から距離を取らせた。
「先輩?」
「い、いや、だって近いんだもん」
なんか頬を膨らましている。
「そうですか」
なんかちょっと気まずくなってきたな。
ていうか先輩とも近いからちょっと離れたい気分である。
いや、別に嫌というわけではない。
むしろ先輩と近い位置に立てて少しテンションが上がっている俺であるし。
「そんなこと言って、凛もかなり距離近いよ」
横谷先輩が意地悪な顔で先輩を茶化しだした。
すると稲葉先輩は俺から慌てて離れて行った。
なんか少し寂しい気持ちである。
「り〜ん〜。ずいぶんこの男の子のこと気に入ってるっぽいね?」
「いやいやそんなことないよ。あ、いや、気に入ってないっていうか、信くんは友達っていうか」
頬を小突かれる稲葉先輩は顔を真っ赤にして何もできずにいる。
実はこういう感じのノリには弱いのかもしれない。
「羽宮くんはどうなの?凛のこと」
雨宮先輩は俺に声をかけてきた。
「えーっと、そうですね。友達じゃないですかね。もちろん年上なので、友達とはいえ敬意を払いますけど」
「ふーん、だって」
視線を向けられた稲葉先輩は顔を両手で覆ってしまった。
「信くん気をつけて。この子不器用だからさ」
不器用とは、どういうことだろう?
「それってどういうことですか?」
「この子友達がいなかったから、ちょっと人との距離の測り方が下手なの。なんていうか、自分に自信がない感じ?」
「ああ……」
それは少し感じていた節があるが、気になるほどではなかった。
先輩は俺に対してかなりフレンドリーであった。
この調子なら実はおしゃべりなのかもしれないなんて考えていたが、自分に自信がないかもしれないなんていうのは若干感じてはいた。
「しかも羽宮くん男子だから、そこも加えると緊張度は倍かもね」
本当に納得である。
俺も基本性別は気にしないなんて考えているが、やはり異性相手には緊張してしまうものである。
それでなぜか姫乃先輩のことが浮かんできたが口には出さないことにした。
しかし、なんだか本当に間が悪いことに。
「あれ、凛おはよう」
その場にいる全員が凍りついた。
集団の輪から弾かれてしまっていた景たちも俺に異常を知らせるようにその人を指差している。
「おはよ、姫乃くん」
最初に動いたのは御厨先輩だった。
こちら、正確には稲葉先輩の方に向かって歩いてくる姫乃先輩の行く手を阻むように稲葉先輩の前に立った。
「御厨じゃないか。どうしたんだこんなところで」
「そういう姫乃くんこそどうしたの?」
「俺はただ稲葉さんに朝の挨拶をしに来ただけだよ」
「あ、そうなんだ」
すると御厨先輩は稲葉先輩の前からどく。
俺はとりあえず今の状況を様子見するとしよう。
「おはよう、稲葉さん」
「お、おはよう……」
あれ、そういえばなんだか変な感じがするな。
姫乃先輩は稲葉先輩のことをしたの名前で呼んでなかっただろうか?
いや最初に俺が見た時は今と同じ呼び方だったか。
んん?
なんかごっちゃになってきた。
「今日もいつもと変わらず冷たい感じだな。やっぱり彼氏の前だと他の男と話しづらい?」
え、彼氏?
あまりにも驚きの発言に俺はこの中に俺を除いては一人しかいない男性に視線を向ける。
「…………」
しかし予想はハズレだった。
景は首を横に振って俺の考えを否定する。
景じゃない?
となれば…………。
「え、まさか」
今すっごく嫌な予感がしてきた。
まさかだとは思うが、昨日から姫乃先輩の話題を出すたびに気まずそうな顔を全員がしていたのはそういうカラクリか?
「うん、そうなの」
稲葉先輩は俺にピッタリとくっついて俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
その動作に心臓が跳ね上がるがそれも一瞬のことで、この先は聞きたくないと俺の本能が叫ぶ。
「信くんが、嫉妬しちゃうから」
「ほんっっっっとにごめん!!!」
誠意いっぱいの謝罪があった。
稲葉先輩は俺に対して深々と頭を下げている。
景たちと御厨先輩たちも何故か頭を下げているがまさか。
「全員グルなんですか?」
「ま〜ね〜」
御厨先輩が気楽に答えた。
勘弁してくれ。
なんでそんなことになってしまうんだ。
「まさかとは思いますけど、俺が学校を休んだ日に何かしました?」
俺だけが何が起こっているのか知らない。
それだけで、俺が知らないところで話が進んでいたというのは明白。
景たちまでこの件に絡んでいたとすれば自ずといつ何が起こったのかの予想ができる。
「そうなの。あの日の姫乃くんは特にしつこくて、景くんたちが助けに入ってもまるで効果ないし」
「そこで御厨先輩たちの登場ってことですか」
「そゆこと。ちょっと前から凛とはそこそこ関わりがあってね。私たちの中では凛は友達だから、見捨てられないじゃん?」
聞けば御厨先輩と稲葉先輩が話すようになったきっかけも俺だという。
稲葉先輩が俺を昼食に誘ったことはすぐに学校中に広まり、恋の予感がした恋バナ大好き三人組が稲葉先輩に話しかけたんだとか。
「それでしつこい姫乃先輩を追っ払うために、俺を隠れ蓑に使ったんですね」
たしかにそれは効果があった。
今日の姫乃先輩は俺と稲葉先輩の距離の近さを見るやいなやすぐに去っていった。
俺に対して嫉妬に狂った視線を向けてきたのはすごく気になったが。
「はあ………」
ため息が溢れる。
昼食に誘われた時でさえ頭を抱えたというのに、そんな噂を流したとなればもういつもの普通の生活は望めないだろう。
どこに行っても視線を投げられる羽目になるかもしれない。
実際昨日も今朝の登校時も、気づかないうちに注目を集めていたかもしれないし。
「ごめん信くん。本当にごめん。迷惑をかけてるのは分かってるんだけど」
「迷惑……?」
妙にその一言が引っ掛かった。
「迷惑だなんて思ってませんよ。実際それが最善の策なのは誰でも分かりきっていたんですから」
そう言うと稲葉先輩の後ろに立っているうるさい奴らが、
『ヒューヒュー!羽宮信くんかっこいいー!!』
と口パクで叫んでいた。
やばい今すっごくムカついた。
「それよりもです。それで心配なのは先輩の方ですよ。こういう感じの噂はもう懲り懲りなんじゃないんですか?」
ただでさえ姫乃先輩と付き合っているという噂でつい最近まで迷惑していたんだ。
俺という隠れ蓑を用意したところで肝心な、根本的な問題は解決していないように思えるが。
「ま、まあ、別に大丈夫かなって……。信くんとは普通に仲良くしたいし、噂が回っても信くんは私と友達でいてくれるでしょ?」
「………………」
なんだろう。
謎に、心臓を貫かれるような感覚を覚えた。
なんで俺はこんなにも落ち込んでいるんだろうか?
「まあ、そうですけど……」
謎に気分が落ちてしまったことで返答がぎこちなくなってしまう。
その後の先輩の安心したような反応もなんだか俺にダメージを与えた。
「ま、まあ、それで姫乃先輩のつきまといを打開できるなら、協力しますよ。周りの人には、俺と先輩が付き合ってるっていうふうに振る舞えばいいんですよね」
「う、うん、まあそうなんだけど」
どうしたんだろう。
先輩は唐突に元気を無くし、気まずそうに俺の表情を窺っている。
「どうしたんですか?」
「……その、私今、姫乃くんと同じことをしようとしてるから」
「ああ、そういう」
自分が傷つけられたことと同じことを後輩にお願いしてしまっていることの罪悪感を感じているのだろう。
それならまったく気にする必要がない。
「それなら気にしないでください。姫乃先輩の時はあの人が一方的にそういう感じを出してただけじゃないですか。お互い合意の上なら問題ないでしょ?」
そう言って先輩の罪悪感を和らげようと試みるがどうにもうまくいっていないように思える。
どうしたものかと少し考える。
すると稲葉先輩の後ろにいた美濃が前に出てきた。
「だったら何かお詫びをしたらいいのでは。代価を払えば、罪悪感も和らぐんじゃないですか?」
恐ろしいことを言い出す美濃だが、稲葉先輩は「それはいい考え!」と言って俺を見る。
「じゃあ信くん、私にして欲しいこととかある?」
「はい……?」
何故それを俺に聞くんだ。
ていうかなんだよ美濃その笑顔は。
お前まさかこれが狙いだったんじゃないだろうな。
同じく稲葉先輩の後ろにいた御厨先輩も何か閃いたように跳び上がると稲葉先輩の横に立った。
「信くん、何を頼んでもいいんだよ?」
やめてなんか空気がおかしい。
稲葉先輩は大きく身を乗り出してやる気をアピールしてくる。
そのやる気本当にいらない。
「いやいいですよお詫びなんて。なんか俺が気まずいです」
「でも、このままじゃ私の気が済まないの!」
「信、先輩がこう言ってんだからお詫びを要求しなよ。なんでもお願いしていいんだよ」
「信くん、私なんでもする!」
やめていやだ本当にいやだ。
やめてやめて身を乗り出してこないで。
あと悪魔の囁きをやめろ美濃。
「ねえねえ信。私名案があるんだけど、聞く?」
ついに巴が参戦しだした。
なんなんだよこの空気。
俺が先輩に何かを要求しないといけないなんて残酷だ。
先輩はやる気らしいが俺が申し訳ない。
いやまあ何も思いつかなかったわけではない。
常に真摯な俺でも健康な思春期男子。
まあそれなりの想像もしてしまうわけではあるが実現しようとまでは思わないものだ。
そんなことをしたら俺が社会的に死んでしまうし金輪際誰も俺と関わろうとしないどころか全員が俺を避けるだろう。
「いやだ。聞きたくない」
巴に反発するも俺の声はまったく聞こえていないようで巴は俺と肩を組むと先輩たちがいる方とは逆の方向に体を向き直す。
「信、この前先輩も交えてプレゼントの交換をしようってなったでしょ」
「ああ、そういえばそうだったな」
あの時は結局『ブラックマーケット』の襲撃であやふやになってしまったっけ。
「それがどうかしたのか?」
「あの時、私たち結構良さげなプレゼントを見つけたんだけど」
と言って、巴はポケットから取り出したスマホを操作して写真を見せてきた。
映し出されているのは衣装だ。
「これってたしかユーゼルの」
間違いない。
この衣装は『ダインスレイブ』というラノベに登場するヒロイン、ユーゼルのものだ。
最初はただの脇役かと思っていたのだが、読者から多大な人気を集め今では真のメインヒロインとまで言われるほどに出番が多い。
ちなみに俺もユーゼルは真のヒロインだと思う。
ていうか普通に好きだ。
いや普通は失礼だ大好きだ。
ラノベ作品の中だけに限定するのであればトップスリーに入るくらいには好きである。
「そう、『ダインスレイブ』のユーゼルの衣装」
これを今俺に見せる意図、それを即座に掴んでしまい、俺は自分の顔が急激に温度を増していく感覚に襲われる。
「いやいや待て待て待て待て!やばいだろそれは!」
大声になりそうだったのを抑えて後ろの稲葉先輩に聞こえないように抗議する。
「あれー?まだ私何も言ってないけど」
「とぼけんな!お前これ先輩に着せようとか考えてるだろ」
「さっすが察しがいいね」
うるせえよバカ女!
「お前な、これ俺がお願いできると思ってんのかよ!ていうかいくら先輩でもこれは承諾しないだろ!」
「わからないよ?意外とあっさり受けてくれるかも」
だとしても問題である。
これは俺が社会的に死んでしまう行為のうちの一つだろ。
「それとも、信はこの衣装を着て恥じらうような表情になる先輩に興味ないの?」
「うっ……」
否定はできなかった。
それは想像してはいけないと自分に制限をかけていたものだ。
しかし巴の発言のせいで想像してしまった。
それは、本当に素晴らしい。
見るならお金を払えと言われれば喜んで払ってしまうほどに美しい!
「いやいやいやいや!」
悪魔の囁きに乗せられそうになったのにストップをかけた。
たしかに見たい。
しかしできるかできないかはまた別の話である。
「そもそも、こんなの着せてどうするんだよ。着せるだけってなんか可哀想だ」
何を言い訳しているのか俺は。
ここをはっきり、「この衣装を着た状態で何かして欲しい」と言えないあたり思春期が出てる。
しかし俺は理性ある男。
無闇にセクハラを仕掛ける変態にだけはなりたくない。
「膝枕とかしてもらえば?」
「…………」
悪くないかもしれないなんて考える自分を殴ってしまいたい。
だめだ。
これ以上はもう言い訳なんかできない。
「膝枕か……」
少し考え込む仕草を取る。
膝枕はたしかに悪くない。
しかしこれは枕にされる方にとっては意外と苦行なのではないだろうか。
ただでさえ正座で疲れている足の上に人の頭を乗せるのだ。
キツくないはずがない。
いいアイデアは思いつかないがとりあえず何か言ってみよう。
「一緒に同じ部屋で過ごすとかはどう思う?」
「きもっ」
「ぶん殴るぞお前」
ふざけやがってこいつ。
素直にやる気になったらこれかよ。
どっちにしても面倒じゃないか。
「あんた何想像してんの?え、なに、一緒に過ごして事故に見せかけてなにする気なの?」
「なにもやらねえよ」
「おい、お前らちょっと話が長いんだけど、なに話してんだ?」
待ちきれなくなった景が決断を急いた。
「いやまあちょっと」
と言って先輩たちの方に向き直る。
まだ全然話はまとまっていない。
これはもう正直に行くしかないか。
巴は俺の方をチラチラ見て様子見をしている。
どうやら自分から動きはしないらしい。
御厨先輩たちは俺の決断を楽しみにしているというような表情。
稲葉先輩は本当になんでもする気でいるようだ。
「じゃあ、その、これとかどうです?」
俺はユーゼルの衣装の写真が写っている巴のスマホを借りて画面を先輩に見せた。
周りの他の先輩たちもスマホを覗き込んで写真を確認すると、三人とも吹き出して笑い転げ出した。
「どうです……?」
当の稲葉先輩は放心状態に近い表情のように見える。
ずっと固まって動かない。
これは選択を間違ってしまっただろうか。
ちなみに、景は俺に対して「お前度胸あるな」と言って巴に話を聞いている。
美濃はというと、御厨先輩たちと一緒になってお腹を抱え、衣装の説明をしだした。
稲葉先輩はこの衣装に覚えがあるようで、巴と美濃を交互に見ては顔を真っ青にして時折俺の顔を覗き込んでいる。
ここまできたら自棄だ。
先輩には本当に申し訳ないがここは思春期男子の欲望を全面に出させてもらうとしよう。
「先輩、俺はこの衣装を着た先輩と一緒に過ごしたいです」
「一緒に過ごす!!??」
顔を真っ赤にして後ずさる。
その反応は正常だ。
誰でも同じことを言われたら驚きのあまり後ずさることだろう。
さらにタチが悪いのは、この要求が冗談ではなく本気の要求だということ。
「どうでしょうか」
稲葉先輩は真っ赤になった顔を両手で覆って何やら声にならない声をあげている。
悶え、御厨先輩に体当たりしては二人ですっ転んでいる。
思う存分騒いで気分を落ち着かせた先輩は気を取り直して俺の前に立った。
「ま、まあ、なんでもやるって言ったし……」
「えっ」
ちょっと待ってくれ。
「約束だからね。それくらいはするよ!」
いやあああああああああ!!!!!!
承諾されたらされたですごい気まずい!!!!
「え、着るの!!??」
御厨先輩はびっくりして俺の手から巴のスマホを奪い取り画面をよく見せる。
「よく見て凛この服!私は焚き付けたうちの一人でなんだか申し訳ないけどこれだよ!?見てよこの布面積の少なさ!ファンタジー作品のキャラクターの装備とは思えないほどに軽装備だよ!ほぼ下着みたいなもんだよ!?」
と捲し立てるが、稲葉先輩は恥ずかしそうにしながらもこくりと頷いた。
「わかってる。すっごく恥ずかしいけど、信くんは信用できるし」
やめてよそんな信頼向けてこないで。
こんなお願い下心しかないだろ。
「それで、一緒に過ごすっていうのは、どれくらいが、希望?」
今の時点で緊張しているのか先輩は呼吸が少し荒くなりながらも俺の注文の詳細を聞く。
「そうですね。夜の十一時まででどうでしょう」
さあどうする先輩。
これはかなり図々しいだろう。
断ってくれ。
そうしてくれればこの注文自体を変更する口実にするから。
「何時から?」
「じゃあ帰ったらすぐでどうでしょう。そうですね、帰りに食材とか買っていきましょう。せっかくなので夕食をいただきたいです」
「いいよ」
いいぃぃぃやおかしいってこの人。
「じゃあ帰りは一緒に行こうか。信くんの部屋にそのまま行けばいいかな」
おいおいさっきまでの恥じらいに満ちた反応はどこへ行った。
どうして今はちょっとやる気になってるんだ。
「そ、そうですね。じゃあそれでいきましょう」
「わかった。覚悟しといてね信くん。君のこと骨抜きにするから」
なんかよくわからないやる気の出し方をしているがもうどうでもいいか。
こんなの気にするだけ無駄だと気づいた。
「ぶぱぁぁ!!」
声が漏れ出る。
背中から地面に体を叩きつけられたことで呼吸が止まるのを感じた。
「いい具合だね信くん。この調子ならまあ、真辺くんとはまともに戦えるんじゃない?」
古谷さんは地面に倒れる俺を見下ろしてそう言った。
たしかに古谷さん相手でも少しは耐えられるくらいには成長している感じがする。
しかしまだまだ勝てない。
これではシュウジに届かない。
「信くん、言っておくけど、たった一週間でシュウジに届こうなんて考えちゃダメだからね」
古谷さんは俺の考えを見透かしたようにダメ出しをする。
あまりにも的確すぎるその言葉に少し狼狽えてしまった。
「何で、そんなこと」
「君の顔に焦ってるって書いてある」
それは当然のことだ。
猶予はあと少ししかない。
猶予と言っても、『ブラックマーケット』はいつ攻めてきてもおかしくないのだ。
ここまでじっくり訓練を積めているのは、ただあいつらの気まぐれに救われているだけなんだから。
「シュウジの実力は未知数なの。正直私でも勝てるか厳しいくらいにね」
嘘偽りのない表情で古谷さんは語る。
「君たちの目標は、とりあえずシュウジ以外の構成員に対抗できるようになること。それ以上を目指すには、経験が足りない」
「シュウジ以外は違うっていうんですか?」
今の発言ではまるでシュウジ以外はそこまで脅威ではないと言っているような気がしてならない。
「シュウジ以外の人たちは、実力はあるけど、経験はないんだよ。基本的に荒事を担当してるのはシュウジと、凛ちゃんたちの前に現れたラルだからね。経験の差だけでいうなら、今の君たちのほうが下手をすれば多いかもしれない」
つまり、このまま実力を伸ばせた場合、ワンチャンあるということだろうか。
「目がキラキラしてる」
子供の微笑ましい姿でも見たかのようにくすくすと笑い出した。
なんだか気恥ずかしい。
「そんなに笑わなくても良くないですか?」
「ごめんごめん。でも自信は持っていいよ。この調子でいけば君たちは戦力になる」
やばい結構嬉しい。
俺はにやけそうになるのを我慢して立ち上がる。
「じゃあ今度は真辺くんの相手をしてきて」
「はい!」
夜。
隊長室で信たちの指導を終えた蓮生と蜜は二人で仲良くだらけていた。
「やっぱり疲れるね」
「それはそうでしょう。隊長は一番彼らから手合わせをねだられますからね」
「なに?自分に手合わせをお願いしてくる人が減って寂しがってるの?」
言われて蓮生は少し唇を尖らす。
仕事が楽になるのはいいことではある。
しかしやることがないというのはやはり寂しいものなのだ。
例えばそう、自分の仕事の後輩が立派に仕事をこなせるようになり、手助けがいらなくなった時のような寂しさ。
「悔しいですけど、もう俺じゃ力不足ですよ。俺でもあいつらを殴り倒すの、ちょっとしんどくなってきましたし」
信たち『二次元サークル』はこの短い期間であまりにも凄まじい成長を遂げた。
元々戦闘の経験があったことからそこそこセンスが磨かれていたおかげなのだろうが、それしたってだ。
「隊長は勝てると思いますか?『ブラックマーケット』に」
「わからない。彼らを戦力に数えたとしても、しんどいのは変わらないし」
『ブラックマーケット』相手に成長した『二次元サークル』がどれだけ通用するのか完全に不明だ。
各々自分の能力の応用方法を模索し、実際に見つけた者もいる。
見つけられていない者もいるにはいるがそれでも純粋な戦闘能力でギリギリカバーできるだろう。
今回の戦い、勝率は確実に上がっているが、決定打に欠ける。
「五分五分ってところかな」
それが蜜の結論。
蓮生としても同じ考えである。
それでも、五分五分にまで引き上げることができたのは今までになかったことだ。
「どっちが勝っても負けてもおかしくない。だったらあとは精一杯やるしかないでしょ。それよりも…………」
今まで隊長用に置かれていた椅子から立ち上がった蜜は蓮生が座っているソファに腰を下ろしグッと距離を詰める。
「あの、近いんですけど」
急接近に緊張を隠せない蓮生は狼狽えるが蜜は気にも留めない。
「二人きりの時は敬語も隊長呼びもなしって約束だったと思うけど?」
見事に地雷を踏み抜いた蓮生は汗を流す。
このあと蓮生がどうなったのか、それを知るものはいない。
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