第7話 『闇』
「これなんてどうだ?」
ショッピングモールの中で稲葉先輩へのプレゼントを選ぶ。
その作業は難航していた。
景がずらりと並んでいる商品の中からマグカップをとって俺に渡した。
柄はとても可愛らしく、クマのぬいぐるみの絵が描かれていて、女性に送るプレゼントとしはハズレなしの代物に見える。
しかし。
「なんかな〜」
俺はうまく踏み切れずにいた。
女性へのプレゼントというのはこんなにも悩むものだったのか。
いや違うな。
相手が稲葉先輩だからだろうな。
これが巴や美濃だった場合、俺はプレゼントの選抜を十秒で終わらせることができる自信がある。
あいつら二人には干し芋とか買っておけばいいだろうとか考えて。
しかし稲葉先輩となれば話が変わってくる。
まだそこまで仲がいい段階ではない上に同じ学校に通っている先輩だ。
適当にプレゼントを選べるわけがない。
「せめて女子が一人こっちにいたら、もう少し楽に選べそうなのにな」
俺がそう呟くと景は別の商品に目を向けながら笑い出した。
「向こうも同じこと考えてそうだな。巴あたりが文句言ってそう」
その光景がイメージできてしまうのが本当に面白いな。
俺はクマのぬいぐるみの絵が描かれているマグカップを元の場所に戻して別の商品にも目を向けた。
「せめてこっちに男子がいれば」
「向こうも同じこと考えてそうだね。信あたりが文句言ってそう」
美濃さんと巴さんと共に私は信くんへのプレゼント探しを行っていた。
しかし、男子の好みが私にはわからないないと言うと、任せてほしいと自信満々に言った二人が向かったのはアニメショップだった。
「わ、わ〜」
知識が無さすぎる私には全く理解が及ばない。
目の前にはアニメのグッズと思しきキーホルダーやクリアファイルなどがずらりと並んでいる。
それら全てが私にとっては初めて見るもので、どれを選んだらいいのか選択のしようがない。
「ね、ねえ、二人とも」
「どうしました、先輩?」
グッズを手に取って物色してた二人に声をかけてみる。
「信くんて、アニメとかよく見るの?」
「はい、見ますよ。まあ信が見てるって言うよりは、私たちがアニメ好きの集まりみたいな感じなんです」
そ、そうだったんだ。
もしかして、信くんは俗に言うオタクと呼ばれる人なのだろうか。
「でも信はアニメだけじゃなくて、映画も詳しいんですよ。邦画だけじゃなくて、洋画にも手を出してるみたいで」
すごい。
本当に色々見てるんだ。
「信くんって、創作物とかが好きなのかな」
そう聞いてみると「多分そうだと思いますよ」と返事が返ってきた。
ちなみにだが。
このアニメコーナーには色々なアニメとグッズがあるが、少し気になることがある。
それは今私たちが物色しているアニメグッズのこと。
なんだか、そうだ。
なんだか少し、絵が過激。
絵というか、キャラクターのデザインが普通ではない。
明らかにこの女の子の服は布面積が少なく、服としての役割をほとんど果たせていないように思える。
「え、えっと、アニメってみんなこんな感じなの?このキャラクターなんて、服の布面積が」
そう言って私が注目していたキャラクターの絵に注目してもらうと。
「先輩。そのキャラを侮ってはいけませんよ。そんなに可愛い見た目してますけど実はものすごく強いんですから!」
急にテンションを跳ね上げてきた美濃さんに対して私は驚きを隠せない。
顔を一気に近づけてきた美濃さんは私の肩を掴んだ。
「このキャラクターはミナと言ってですね、この明るい笑顔からは想像ができないほどの過酷な過去を背負った、誰もが愛するスーパーアイドル的存在なんです!!」
熱弁が止まらない。
いやしかし、今はそういうことを聞いているのではないのだけれど。
「美濃、それくらいに」
巴さんが混乱する私を助けるために美濃さんを引き剥がした。
「先輩すみません。美濃はこういう時抑えが効かなくて。オタク特有の早口を発揮して捲し立てちゃうんです」
そ、そうなんだ。
しかしまあ、何度見ても過激。
信くんはこういう子が好みなのだろうか。
私には少し理解に苦しむけど、もし私がこんな服を着たら、信くんはどんな反応を示すのだろう。
「結構、過激ですよね。その気持ちはわかります」
しまった。
あまりにもジロジロと見すぎた。
「そ、そうだね。じゃあえっと、信くんへのプレゼントは何にしようかな〜?」
何事もなかったかのように私はプレゼント選びを再開する。
しかしどこを見ても私には知識がかけていると思い知らされるばかりだった。
私は今までアニメを見たことがないとまではいかずとも、最後に見たのは小学校なのではと思うほどにアニメを見た記憶がない。
今まで人気になってテレビとかでも告知されるアニメがあったが特に興味を示すこともなく無視していた。
そんなに面白いのかな。
私も何か見てみようかな?
そう思い私はライトノベルコーナーに行ってみる。
そこにはいろんなライトノベルと呼ばれるジャンルの小説がずらりと並んでいた。
「う、うわ〜」
なんかすごい。
表紙の絵がとても綺麗だ。
そして驚くのはタイトル。
なんだかタイトルでどんな話かわかってしまうようなものが多い。
今ではタイトルが長い物語なんていうのは当たり前なんだろうか。
私が普段読んでいる文学小説とは違うんだ。
「あ!ねえあれは!?」
と、急に大声を出したのは美濃さんだった。
そちらに視線を向けると美濃さんは何かを指さしながら目を輝かせている。
「あれなら絶対喜ぶでしょ!」
その指がさすものに目を向け、私は硬直した。
「ちょ、美濃、あれは」
さすがの巴さんも困り顔。
それもそうだろう。
美濃さんが指さしているのは本やキーホルダーといった小さなグッズではなく衣装だった。
いわゆるコスプレ衣装というものだろう。
デザインからして何かのアニメの衣装っぽいけれども、あれを、信くんに?
明らかに男物じゃないし、男性が着ても違和感がないようなものでもない。
布面積が、現実にあんな服が存在していいのか、いやそもそもあれは服としての役割を果たせているのかと思わせるようなデザインだ。
「あれを信くんに?」
私が恐る恐る聞いてみると巴さんは「さすがにですよね」と言いながら少し引き気味。
オタク仲間でも引いちゃうよねやっぱり。
とか話していたら、美濃さんはさらにこちらの頭を混乱させてきた。
「え?先輩が着るんじゃないんですか?」
いやおかしい。
これは信くんにあげるプレゼントを選ぶ会であるはずなのに私が着る衣装を買うなんて絶対におかしい。
「わ、私は着ないよ?そもそも信くんへのプレゼントを買うのに、私が衣装を着るなんて」
「いやですから、プレゼントはわたし的な」
「絶対に嫌だよ恥ずかしい!!」
何を考えているのだこの子は。
彼に対してそんなことができるわけがない。
しかもこの服を着てなんて。
無理無理無理無理。
「いや、でも意外といける?」
しばらく黙っていた巴さんは顔を少し赤くしながらそんなことを呟いた。
今この場に私の味方はいないらしい。
「いけないよ!!」
絶対に、断固拒否である。
「これは?」
景が手に取ったのは可愛いライオンのキャラクターのキーホルダー。
確かに悪くはない気がするが、なんか違う感が否めずに俺は首を傾げた。
景も想いは同じであるらしく、首を傾げた後にキーホルダーを元の場所に戻した。
「もう正解がわかんねえ」
「俺もだよ」
だんだん頭が回らなくなってきてるまである。
先輩は一体何なら喜んでくれるだろうか。
全く予想がつかない。
「もういっそ振り出しに戻ってマグカップでもいい気がしてきたわ」
そういって俺が景がかつて手に取ったマグカップを取ろうとすると。
「マグカップなんてありきたりじゃないか?」
声が聞こえた。
それは知らない誰かにかけたものじゃない。
明らかに俺に対して発せられた言葉。
視線を向けると、そこには男がいた。
「もっとよく考えて選べよ」
誰なのかわからない。
しかしなんだろうか。
今まで自警団ごっこなんかしてある程度の悪と接してきたことによる影響なのか。
理由はわからないが、なんとなくわかる。
目の前にいる男はやばい。
俺と景は同時に行動を起こした。
男から距離をとるべく思いっきり後ろに跳んだ。
男はそんな俺たちの動きを黙って見過ごした。
「嫌われてるな随分と。俺が誰かもわかってないだろ」
「わからないから怖いんですよ。知らない男の人に急に話しかけられたら誰だって恐怖を感じるでしょ」
俺は平静を装って言葉を返す。
額から流れ続ける汗が気になるが拭こうという思考すら働かない。
今は目の前の男から目を話していけない気がする。
「それもそうか。お前らにとっちゃ、俺はただの不審者だよな」
ならば、と男は自分の胸に手を当てて不気味な笑みを浮かべた。
そしてその正体を明かす。
俺たちが絶対に関わることをよしとしなかった闇組織。
その中でもとびきり危険度が高い、その存在であることを、男は堂々と。
「俺はシュウジ。『ブラックマーケット』のリーダー、で通じるか?」
「『ブッくマーケット』……!?」
『ブラックマーケット』。
今確かにそういったように聞こえた。
何かの間違いか?
いたずらか?
「あ?なんだよ、何か反応を示してくれなきゃこっちも何もできないぜ」
シュウジと名乗った男は平然としている。
あれは演技なのか?
いやとてもそんなふうには見えない。
「はあ、もしかして疑ってるのか?俺が嘘言ってるかもしれないって?」
シュウジの笑顔は崩れない。
どこまでも余裕の表情で俺と景を交互に見ている。
「そうだなあ、じゃあ一個絶対信じずにはいられないことを教えてやる」
そう言ってシュウジは手を叩いた。
「先週の土曜日、ちょうど一週間前か?俺たちはチンピラ三人を雇って薬の商売に協力させてた」
薬、チンピラ三人。
その二つの情報から俺は先週の土曜日のことを鮮明に思い出した。
あまりにも、情報が一致しすぎ?
「その時ある高校生の女をターゲットにしたが、妙なガキに阻まれてな。チンピラ三人は逮捕されちまって、俺たちの商売が滞った」
あまりにも一致しすぎている。
いや、これはもはやあの時のことを言っているとしか思えない。
景は少し怪訝そうな顔をしているが俺はそれどころじゃない。
まさか。
そんな。
「覆面のガキ、直接会うのは初めてか?」
「っ………!!」
危険度最大。
これまでの人生で初めて感じた、命を奪われる危機感。
しかし遅かった。
後ろに下がるため足に力をこめようとした瞬間に首を掴まれた。
そのまま体を柱に押し付けられる。
「づっ……!」
「俺たちの今日の目的は薬の売買じゃない。人の売買だ」
シュウジの話を無視して景が動いた。
後ろから力を込めた拳を叩きつけようとする。
しかし、それはシュウジが後ろに手をかざすという動作だけで最も簡単に封じられる。
シュウジの手のひらを起点に何かが起こった。
まるでトラックにでも轢かれたかのように景は遠くへと吹っ飛ばされ、どこかの衣服屋に置かれている商品に衝突した。
「じゃあなんで俺がわざわざお前のところに来たのか、答えがわかるか?」
そんなことを考える余裕など俺にはない。
とにかくこの状況を脱しなければ。
俺は分身を発動する。
俺の頭上に出現した分身は柱からシュウジに飛びつき俺からシュウジを引き剥がした。
ここで休んでいる暇はない。
今はすぐに逃げないと。
俺は走って景が吹っ飛ばされた衣服屋の方に行くと、すでに景は立ち上がっていて歩けていた。
「景!逃げるぞ」
状況を把握しようとする暇は一切与えられない。
あれは今までとは違う。
今までの犯罪者よりも段違いで危険な『ブラックマーケット』のリーダーだ。
今すぐにげ
「うわあ!?」
何かが俺と景の間にものすごい勢いで落ちてきた。
それは地面を凹ませ、もはや再び立つことは叶わない。
俺の分身は力尽きた様子で目を瞑ったまま消滅してしまった。
恐る恐る分身が飛んできた方へと視線を移すと。
「どこに行くんだ?まあ、どこに行っても逃すつもりはねえが」
恐ろしい。
話にならない。
「じゃあ、まだまだ楽しむか」
シュウジは右手を下から上へ大きく振り上げた。
するとそれと同時に、シュウジの足元の地面が大きく抉れ数々の岩となって俺と景に襲いかかった。
「やべえっっ!!」
あんなの一個でも当たったら一溜まりもない。
一瞬で体に穴をあけられそのまま死に至ることになる。
俺と景はそれぞれ左右反対方向に飛んで岩を避ける。
しかしその逃げ道にすでにシュウジが飛びついていた。
空中から向かってくるシュウジ。
俺は瞬時に分身を出現させ俺自身を遠くへ投げ飛ばさせた。
俺は飛んでいくが、その場に取り残されている分身はなす術もなく地面にめり込み消滅。
地面を転がりながらも体勢を立て直し、よろめきながらも立ち上がるがその時には目の前にシュウジが立っていた。
なすすべもなく蹴り飛ばされるとまた距離を詰められ今度は顔面を鷲掴みにされ頭を地面に叩きつけられた。
「ただの子供だが、それなりに経験は積んでるらしい」
またもや景が動く。
今度はシュウジに体当たりして俺から引き剥がした。
俺は分身を出してシュウジに立ち向かわせる。
景の後ろから思いっきりシュウジに飛びついて拳を振おうとするもそれは右手を振るうという動作だけで全て無効化されてしまう。
またもや発生する謎の衝撃。
今度は少し離れた俺にまでそれが届き激しく吹き飛ばされる。
近くにいた景は威力が大きかった。
俺よりも速いスピードで俺に向かってくる。
体で景を受け止め地面を転がりなんとか威力を殺すことができた。
「あいつに向かって行っても無理だ」
景が冷静に状況を判断してそう言った。
もちろん俺も同じ意見だ。
俺たち二人があいつに向かって行ってもすぐに無力化されておしまいだろう。
しかしだ。
「でも、逃げることもできないだろ」
そう言うと景は黙って立ち上がった。
俺も横に立ってシュウジを見やる。
「戦っても勝てない。逃げることもできない」
この状況、詰みだ。
「おいおいそう気張らないでくれよ」
しかしこちらの緊張感などまるで気にしていないシュウジは笑いながらまるで友達と話しているかのような調子で話を続ける。
「さっきの質問、覚えてるか?どうして俺はお前たちの前に現れて戦いを挑んでいるのかっていう」
「…………」
「なんだよだんまりか。悲しいな!」
足元に転がっていた石。
おそらくさっき地面が抉られた時のであろうそれを拾ったシュウジは思いっきり俺とシュウジに向かって投げつけた。
それは普通の速さではない。
当たれば体に穴が開くほど速さ。
その石を避けた俺たちは前方に走るが突然シュウジの姿が消えた。
「なっ………」
驚いた時にはもう遅かった。
即座に向けた視線の先。
景の頭上にシュウジがいた。
「景!!」
叫んだ。
それに反応した景は頭上に目を向ける。
そして。
ズドンッ!!と言う音と同時にその場から景の姿が消えてしまった。
またもや発生する衝撃波。
頭上から放たれたそれに景はさらされ、地面をぶち抜いて下の階に落とされてしまった。
「衝撃波!?」
「惜しい」
シュウジは俺の方に掌を向けた。
俺はこれから起こることを予想し急いで横に跳ぶ。
そのおかげで起こった衝撃を回避することができた。
「これは反発だ」
逃げる俺にもう一度掌を向けたシュウジはもう一度能力を発動。
またもや大きな衝撃が発生し、今度は回避することができず遠くに飛ばされてしまう。
そうか。
さっきまであいつがやっていたのは衝撃ではなく反発。
おそらく起点は自分の掌。
右手左手どちらでも発動は可能。
さっきまでの攻撃も空気を一気に反発させることで起きた異現象なのだろう。
つまり、あいつの能力は相手との距離が離れているほど好き勝手に暴れられる。
だが距離を詰めていれば避けるのは容易なのだろう。
しかし距離を詰めたところで今度はシュウジの戦闘能力が待っている。
純粋な戦闘能力でこちらの抵抗などものともしない。
それに。
万が一体に触れられている状態で能力を発動されたらどうなる?
反発の力がどれほどのものかはわからないが、下手をすれば体に穴をあけられてしまうんじゃないのか?
空気を反発させるだけで人を吹き飛ばせるほどの威力。
できないと言う方がおかしな話だ。
やはりここは逃げるしかない。
あれと戦っても絶対にっ。
「は………?」
目の前に信じられない光景が広がっていた。
さっきのとは規模が違いすぎる。
抉れた地面が、大きな岩となって俺に向かってきていた。
「なんだよ興醒めだ」
突然現れたラルと名乗る男の人。
その人は地面に倒れる巴さんの体を踏みつけ、美濃さんの首を掴んで離さない。
表情は笑みに溢れていて、今の状況を純粋に楽しんでいるように見受けられる。
「えっと、確かお前が稲葉凛で………」
空いている片手でズボンのポケットから何か小さな紙を取り出したラルはその紙と私を交互に見てから頷いた。
「間違いないな。双子の姉妹がいるなんて情報もないし問題ないだろ」
ものすごく気楽な調子で言って巴さんの体から足をどかした。
しかし美濃さんの首は掴んだまま、私にゆっくりと近づいてくる。
「たしか、『二次元サークル』だったか?自警団ごっこは楽しいかもしれねえけど、所詮は子供の遊びだ」
首から手を離し、地面に倒れる美濃さんを無視して私に視線を向ける。
「稲葉凛は無関係だったが、まあ、これも金のため。生きていくためだ」
ゆっくりと私に近づくラルに対して距離を置こうとした瞬間。
「先輩、逃げてくださいッッ!」
倒れている巴さんが近くに転がっていた鉄のコップに触った。
するとコップは形を変え、針の形状に変化する。
それをラルに向かって投げつけるが難なく避けられた。
その瞬間の隙、見逃してはいけない。
今なら逃げられる。
でもやはり。
見捨てられない。
「だめ!」
巴さんの叫びは無視してラルに飛びつく。
私の持つ飛行能力でスピードを上げ、ラルにしがみつく。
そのまま飛行を続けラルを壁にぶつけた。
「距離を取らないのか?」
ラルが呟いた瞬間、下から強烈な膝蹴りが炸裂し、それは私の顔面に直撃した。
激しく蹴り上げられた私の首を掴んで持ち上げると、その手に力を込めてさらに強く首を締め上げる。
「うっ………」
息ができない感覚に苦しみラルの手から逃れようと踠くが力が強すぎて離れられない。
「別の奴らから距離を取ったのはいい判断かもしれねえが、それで自分が犠牲になってちゃわけないぜ?」
そう言って笑ってると、途端にその表情から笑顔が消えた。
直後、ラルはその場から跳び上がり私の後ろから足元にものすごいスピードで飛んできた石を回避した。
咄嗟の行動だったのか私の首を掴む手の力が弱まった瞬間になんとか手から逃れラルから距離とる。
すると、一つ、また一つと後ろから石が飛んでくる。
それを正確に避けるラルは前方に飛び出し、私を無視して後ろの二人の方へと近づき始めた。
そんな彼の前に立ちはだかったのは巴さんだった。
正面からラルの突進を受け止めなんとかその場で踏ん張ると素早く後ろに回った美濃さんが服を掴んでラルを投げ飛ばした。
驚くべきはその投げるスピード。
咄嗟のことで目で追うことができないほどのスピードで投げ飛ばされたラルはそのまま壁にぶつかった。
「なかなかに凶悪な能力持ちが一人か。情報では物を最大時速二百メートルの速さで投げる、だったっけ?」
壁に体を打ち付けられて地面に膝をついていたラルの姿が一瞬にして消える。
その一瞬の出来事に戸惑い次の思考を開始するまでの隙。
気づけば、美濃さんの目の前に笑みを浮かべながらラルが立っていた。
美濃さんは慌てて右手を振るうが難なく避けられ蹴りによるカウンターが脇腹に直撃した。
「ぐっ……!」
痛みに悶える声が漏れながらも吹っ飛ばされた。
「美濃!!」
隣から姿を消した美濃さんの名前を叫ぶ巴さんはその視界の外で次の行動に移るラルに気づいていない。
私は即座に駆け寄ろうとするが。
そんな行動は虚しく。
ラルは巴さんの脇腹を蹴り上げ、巴さんは宙に浮いた。
「巴さん!!」
「邪魔者は排除。その方が仕事が楽でいい」
手についた汚れを払うかのように手を叩きながら私にゆっくりと近づいてくる。
抵抗は無意味だろう。
逃走という選択肢も圧倒的実力差で埋められる。
「目標はあくまで稲葉凛。それ以外はどうなってもいいって聞いてたのに、シュウジは今どこで何をしてるんだろうな?」
何やら独り言を呟いているがそんなこと聞く余裕などない。
一体どうすれば。
「それじゃあ一緒に行くか」
そうして私に手を伸ばした瞬間。
何か、大きな岩のようなものが、ラルを巻き込んで飛ばされていく。
あまりにも突然のことで口が空いたまま塞がらない。
何が起こったのだろうと岩が飛んできた方を見ると。
「稲葉凛ですね?他のお友達は、今どこに?」
「あれ…?」
今何が起こった?
たしか抉られた地面に体を潰されそうになって、ほぼ諦めた時に。
「大丈夫、ではないね。怪我も少ししてるみたいだし」
俺は誰かわからない女の人に体を支えられていた。
この人が何かしたのか?
「あの、これは……」
「どうか怖がらないで。私は『能力機動隊』のものです」
『能力機動隊』って、たしか異能犯罪を取り締まってる部隊だ。
誰かが通報してくれたのか。
「ここで激しい争いが行われていると情報を入手したので駆けつけました。見たところ命に別状はなさそうですね」
「は、はい。俺は大丈夫ですけど、そうだ、景は!?」
「お友達ならそこです。怪我はあるけれど、命に別状はないと思います」
よかった。
それを聞いてホッとした。
俺のすぐ横で倒れている景は気を失っているようだが死んではいないようだ。
あれ、ていうか待てよ。
さっき景は下の階に落とされてたような。
「では私はまだやることがあるから、また後で」
そう言うと、女の人はその場から姿を消してしまった。
まるで透明化でもしたかのようだが、この場合はおそらく。
「テレポート、瞬間移動…?」
楽しみを邪魔されたような気分だ。
シュウジは最初はそう思ったが、突然現れた人物が一体誰なのかわかるとそんな気分は消え失せ、むしろさっきよりも今の状況を楽しんでいるかのような表情になった。
「『能力機動隊』、だよな?」
「その通りです」
突然自分から少し離れた場所に姿を現した女に対して質問を投げかけた。
「しかもテレポート使い。じゃあ、有名な古矢蜜で間違いなさそうだ」
何も答えない古矢。
それを肯定と受け取ったシュウジは高笑いをあげた。
ただの暇つぶしがここまで面白いことに発展するとは全く考えていなかっただけに、今の状況が出来上がったことに激しい喜びを感じている。
「そう言うあなたは『ブラックマーケット』のシュウジで間違いないですね?」
「ああ、間違いないぜ。光栄だな。ついに俺たちの捜査も第一部隊が担当することになったってわけだ。面白え」
そう言った瞬間、シュウジは手を振り上げた。
するとシュウジの足元の地面が抉れて数々の石ころとなり古矢に襲いかかる。
しかし、気づけば視界の先に古谷はいなかった。
それを見て改めて笑みが溢れる。
噂通りの情報。
『能力機動隊』第一部隊隊長古矢蜜。
『能力機動隊』の中でも随一の実力を持つ彼女に肉弾戦で敵う者はいないと言われるほどの実力者。
そんな彼女と正面から対峙できることに喜びを隠せないシュウジは気配が感じた方へと視線を投げながら左手を振るう。
突如空気が反発し強い衝撃波を発生させるがもうそこに古矢の姿はない。
今度は背後。
思考するよりも素早く行動に移す。
自分の背後に腕を振るうと、それを古矢に受け止められてしまった。
今度は右手で応戦しようと右手に力を込めた瞬間、視界が一変した。
今まで見えていたはずの古矢は消え、目の前には地面があった。
今度こそシュウジの思考が停止した。
先が読めないテレポート。
それは古矢が触れたものにも適応させることができる。
古矢によってテレポートさせられたシュウジは地面にうつ伏せになっているような状態で空中にテレポートさせられた。
まずいと感じた瞬間にはもう遅い。
自分よりもさらに上にテレポートした古矢は容赦なくシュウジを蹴り下ろした。
信じられない。
見当たらないシュウジがどこに行ったのか分からずビクビクしていたのに。
急に少し離れた位置の天井が崩れた。
上の階から何かが落ちて来たのだということはすぐに分かったが砂埃でよく見えない。
それが晴れていくと段々と人影が見え始め、完全に晴れた時。
「ま、まじか」
先ほど意識を取り戻した景と俺はその光景を唖然と眺めていた。
シュウジは下敷き。
地面に倒れているシュウジの体を、先ほど俺を助けてくれた女の人が踏みつけていた。
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