第6話 『デっ、遊び』

6月24日 土曜日


そう。

待ちに待った。

デートの日である。


もうチキンを発揮せずにはっきり言う。

今日はデートである。


待ち合わせ場所である学生寮の近くの公園に一足先に着いた俺はずっとドキドキしていた。

まさか、学校のマドンナと二人でデートだなんて、一体誰が予想できるだろうか。


待ち合わせ時間は十一時ちょうど。

俺はあまりにも落ち着かなさすぎてその三十分前である十時半に公園に来ていた。

あと三十分もあることに待ちきれなさを感じながらも気を紛らわせようとスマホを開く。


実を言うと、今日何をするかというプランは全く立てていないのである。

もちろん計画を立てることが頭から抜けていたわけではない。


ちゃんとデートではここに行ってあそこに行ってと妄想したりした。

しかし妄想しただけで俺からどこどこに行こうと言い出す勇気は出なかった。

そしてなぜか稲葉先輩からそんな話が来ることもなかったので、当然計画を立てているはずなどなく、そのまま今日を迎えてしまった。


「そうだな、デートなら、無難に映画とか?」


映画はデートプランとしてはとてもありがちだがハズレを引くことはほとんどない。

どの映画を見るかという話題で盛り上がることもできるし、見終わった後は二人で感想を語りあったりもできる。

これだけで多くの時間を潰すことができるのだ。

ていうか逆に映画以外思いつかないまである。


くそ。


こんなことになるなら恥を捨ててでも巴や美濃あたりに聞いておくべきだった。


どうしよう。

この調子では今日のデートがうまくいくイメージが湧かない。

畜生どうしよう!


稲葉先輩が来たら映画館で提案するか?

それとも今から何か別の遊びを考えるか?

て言うかそもそも稲葉先輩の好みもわからんのに先輩が楽しめそうなデートプランなんて考えられるわけっ。


「信くんごめん。待たせちゃったよね?」


知りすぎている声が聞こえてきた。

その声が聞こえた方へと視線を移すと、そこには稲葉先輩がいた。


「おはよう信くん」


俺は先輩の朝の挨拶に言葉を返せずにいた。

なぜなら、俺は先輩のあまりにも美しい私服姿に見惚れていたからだ。


頭が真っ白になって、自分が今何をしていたのかさえ頭から抜けてしまっている。

しかし先輩の挨拶を無視してはいけないとすぐに思い至った。


「お、おはようございます先輩」


緊張のあまりそれ以上の言葉が出てこない。


やばいなこれは。


昨日会話デッキ組んでたのに全部頭から吹っ飛んだ。


結果。


「今日はいい天気ですね」


とかいうあまりにもひどすぎる内容しか浮かんでこない。


「そうだね。雲一つない快晴だね。今の時期になると、ちょっと暑くなり始めちゃうけど」

「そ、そうですね。とはいえまだ少し肌寒さは感じるので、先輩が今着てるみたいな薄い長袖の服ならちょうどいいんじゃないですか?」

「そうだけど、最近はなんだか難しいでしょ。朝は寒さを感じるけど、お昼はすごく暑かったりするし」


たしかにそこら辺少し難しい。


朝と夜は冬みたいだが昼は真夏みたいに暑い。

不安定すぎて今日みたいに一日出かけるような日にはどんな服装で外に出るか迷うほどだ。


ちなみに迷った結果俺は半袖のシャツに長ズボンの組み合わせで来た。


「えっと、先輩、今日のデっ、遊びはどこに行きましょうか」


ちょうどいいタイミングを見計らって話題を本題に切り替える。

先輩は手に持っている小さなバッグからハンドタオルを取り出し首元の汗を拭く。


「まずはお昼にしよっか。ちょうどいい時間だし」


おおかっけえ。

こんなにさっと予定を組めるなんて。

こう言うのは慣れているんだろうか。


「そうですね。お昼にしましょう」

「信くん、行きたいところとかある?」


要望を聞かれた俺は少し考える。


俺の好物はラーメンだ。

だから「行きたいところは?」と聞かれたら「ラーメンですかね」と答えたいところだがそうもいかないだろう。


先輩の唇、なんだかいつもよりも僅かばかり赤いように感じる。

おそらく口紅をつけているのだろう。

この状態でラーメンなんて言ったら先輩のおめかしを台無しにしてしまうのではないだろうか。


ここはそうだな。


「スイーツバイキングなんてどうですか?」

「スイーツバイキング?信くんからそんな言葉が出てくるなんて思わなかった」

「こう見えても俺甘党なんです。色々巡ってるので、おすすめとかもありますよ」


スイーツバイキングなら先輩と好みが分かれることもないだろう。

重くもなく、バイキングということもあってトッピングを選びながら談笑もできる。


これはなかなかいい選択ではないだろうか。


「じゃあせっかくだし、信くんがおすすめのスイーツバイキング、連れて行ってもらおっかな」


ウキウキな様子の先輩はそう言って笑った。

どうやらお気に召したらしい。


「では行きましょう。すごく美味しいので、期待してくれてもいいですよ」





「わあ〜〜〜〜」


先輩は自分で皿にトッピングしたスイーツのメニューを見ながら目を輝かせている。


「すごい。すっごく太りそうな感じがするけど抑えられないこの衝動……!」


何かに取り憑かれたかのような目でスイーツを貪る先輩の向かい側に座っている俺はちょっと引き気味になりながらも美味しいスイーツを頂く。


「ほんと、美味しそうに食べてますね………………」


もう完全に目がやばい。

俺に声をかけられた先輩はそのやばい目を俺に向けると、途端にあのいつもの綺麗な笑顔になった。


「うん、すっごく美味しい。信くんいいチョイスしてるね」


両手にフォークという二刀流状態。

まさかのスタイルに再び引き気味になりながらも応対する。


「いえ、このお店は個人的にも気になってたので、ちょうどいい機会だと思っただけです」


「本当にベストタイミングだったね!」と言いながら二刀流を駆使してトッピングしたスイーツを食べ尽くした。


「おかわり言ってくるね!」


怒涛の勢いでのおかわり。

本当に気に入ってくれたみたいで何よりである。


スイーツバイキングは正直どうなんだろうとか思っていたが喜んでもらえてよかった。

しかしあんな勢いで食べていいのだろうか。


後から体重が増えたとか言って嘆いている先輩の姿が目に浮かぶようだが。


「まあいいか。それはそれで面白いし」


なんて思いながらスイーツを食べると。


「………………………?」


なんだろう。

俺は寝ぼけてでもいるんだろうか。


まさかこんなところにたまたま美濃と巴、そして景がいるなんて信じられない。

きっと幻覚でも見ているんだと思いスイーツをばくばく食べ進める。


うん。

やはり美味しいものだな。

特にこのイチゴのケーキなんて最高に………。


「………………………………」


スマホにメッセージが届いた。


通知から一気にチャットに飛ぶと。


『目、あったよな?』


と、景からのメッセージだった。


そうか、やっぱりさっきのは幻覚ではなかった。

それらが見えた方に視線移すと、それらは俺に向かって笑顔で手を振っていた。

愉快にスイーツを食しながら。


「何やってんだよあいつら」


そんな疑問を口に漏らすと再びメッセージが送られてきた。


今度は個人ではなくグループチャットだ。


景『なんでいるのかとか思ってるだろ』


美濃『信くんの嫌そうな顔ってわかりやすいよね』


巴『スイーツ美味しい』


本当になんなのだろうかこいつらは。


信『なんでここにいるんだよ』


景『面白そうだったから』


美濃『信くんが女子相手に失礼がないように』


巴『スイーツ美味しい』


一人永遠にスイーツを食べているだけのやつがいるがそれは気にしないようにしよう。


信『頼むから余計なことはしないでくれよ。何か問題があたら休日明けにどんな目に遭うかわかったもんじゃない』


特に怖いのはやはりあの彼氏ヅラが腹たつ先輩だ。

あの人すれ違うたびに露骨に俺を睨むからちょっと怖い。


巴『ねえ信くん。ここのスイーツは本当に美味しいよ』


こいつはどこまでのスイーツのことしか考えてないのか。


景『お前がこういうところに興味があったなんて初耳だ』


信『そりゃ言ったことないしな』


「ねえねえ見てこのスイーツ!すっごく美味しそう!」

グループチャットに夢中になっている間に稲葉先輩がトッピングを済ませてテーブルに戻ってきた。


俺は慌てて顔を上げて先輩が指差すスイーツに目を向ける。


「これは?」

「いもケーキだって」


い、いもケーキ。

本当に美味しそう名前だ。


なんだ、クリームが芋の味だったりするのか?

中に芋が入ってたりするのか?


なんだか俺まで食べたくなってきた。

甘党の血が騒いでくる。


「信くんも食べてみようよ!二つ持ってきたからさ」


天使かこの人は。

俺は先輩に対する遠慮なんてものは一切捨てて件のいもケーキに食いつく。


「え、い、いいんですか?いいんですね?もらっちゃいますよ?」

「いいよいいよ。全然食べて!」


先輩はむしろ食べて欲しそうに目を輝かせている。

そんなに食べて欲しいのなら食べさせてもらおう。

俺もめちゃめちゃ気になるし。


自分のフォークでいもケーキを一つもらって先輩と一緒に口の中に放り込んだ。

何度か噛んで味を確かめたところで思わず声が出てしまった。


「う、うまい…!」


先輩も同じ感想のようで、これ以上ないくらい幸せそうな笑顔でほっぺたを膨らませていく。

なんて可愛いのだろうか。


「美味しいね、これ」

「はい。めちゃくちゃ美味しいです」


あとでもう一個食べようと心に決めるとスマホに着信が来た。

思った通りグループチャットからの着信で、送り主は巴だった。


巴『いもケーキ美味しい』


送られてきた内容も思ったとおりであった。

そしてあいつらが座っているテーブルの方にそっと視線を送ると、三人揃って俺に向かってグッドサインを出していた。





「んで、今例のガキはどこにいるんだ?」


高い高いビル。

街の景色を一望できる程に高いビルの屋上でシュウジは電話の向こうのラルに尋ねる。


『稲葉凛は今スイーツバイキングを楽しんでる。同じ高校の生徒と一緒にいるけど、もしかしてデートか?』


羨ましそうな声をあげるラル。


「なんだ、一緒にいるのは男か。恋人がいるなんて情報はなかったはずだろ」

『多分恋人じゃなくてただ同じ学校に通ってるってだけの知り合いじゃないのか?』


ただそれだけで二人っきりでスイーツバイキングに行くなんて考えられないシュウジだが、とりあえずどうでもいいことなので頭から外すことにする


『しかしまあ、本当に稲葉凛でいいのか?依頼主が納得するかどうか確認は取らなくていいのか?』

「確認なんて、稲葉凛を直接見せてすればいい」

『希望通りじゃなかったら?』

「その時は商談は成立せずだ。稲葉凛は口封じに始末。また別の売りもんを探す」


我ながら血も涙もないことだと感じているシュウジだが、別にそんな自分を恥じているわけではなかった。

今までいろんな人間を見てきたシュウジにとっては、自分の残虐性など可愛いものだという認識なのである。


「今日は護衛になりそうなガキまでいるし、なんだか楽しそうだ」





少々邪魔が入ったことで若干雰囲気をぶち壊しにされたがこの程度ではしょげていられない。


なぜなら、スイーツバイキングの時間は終わっても、稲葉先輩とのデートが終わったわけではないからである。


「じゃあ、次はどこに行きましょうか」


スイーツバイキングで過ごした時間は一時間程度だった。

今は十三時十分。


何をするにしてもちょうどいい時間だろうと言える。


「どこか楽しい遊び場所とか知ってる?」


と、稲葉先輩は俺に判断を委ねようとしている。


しかし遊び場か。

これを考えるにはまず何をして遊ぶのが正解かという問いかけに答える必要がある。


先輩の今の服装は運動をするにはあまり困るようなものではないが、問題は靴だ。

少し踵が高めの靴を履いていることによって運動はしづらい。


「遊ぶって言っても、今の先輩の靴で激しい運動とかしづらいんじゃないですか?」


そう言うと、先輩は自分の靴を眺めて「たしかに」とつぶやいた。


「少しだけしづらいかもね」


となれば、だ。

やることがなくなるという致命的な問題ができてしまうわけで。


「どうしましょうか先輩」

「どうしようか」


二人揃って思考停止である。

さて困った。

一体どうしたものか。


「どうしたものかと困っているそこの君に嬉しいお知らせ」


俺と稲葉先輩の後ろからあまりにも聞き覚えがありすぎる声が聞こえた。


「お、お前」


俺と先輩の間に割って入ってきた不届者である景に怒りが爆発しそうになるが寸手のところで堪える。


「なんだよ信。そんなに怒りを抑えるような顔して」

「わかってるなら出てくるなよ」


こいつここぞと言うタイミングを狙っていたんじゃないのか?


「いやいや、困ってる君を助けるお助けロボット景くんだ」


黙れよこいつ。


「ところで君たちは何に困っているのかな?え?いいデートスポット?それならいい場所があるよ」


何も言っていないのに勝手に話を進める景に対して不審者を見る目を向ける稲葉先輩。

ていうか普通に怯えている。


そういえば正式に紹介をしたことはなかったか。


「怯えなくても大丈夫ですよ先輩。このバカは俺の友達なので」

「あ、そうなの?」


知らなかったのか。

顔くらいは覚えているものと思っていたが、眼中になかったらしい。


「こんにちは稲葉先輩。俺は信と同じクラスでこいつの友達の有田景です」


自己紹介をするとともに握手をしようと手を伸ばす景に対して先輩は握手をして応えた。


「私は稲葉凛。よろしくね」

「知ってますよ。先輩有名人ですし」

「あ、景何してんの!?」


大声を出しながら慌てて走るのは巴だった。

美濃はそんな巴を追いかけるように走っている。


「いや、なんか面白そうすぎて我慢できなかっ」


景の言葉を遮って巴は思いっきり景の頭を殴りつけた。

しかもグーで。


それを見た稲葉先輩がまたもや引き気味になるが、ここでも空かさず俺がフォローに入る。


「大丈夫です先輩。お恥ずかしい話ですけどいつもこんななので」


とは言ったものの、あまり安心できない様子の先輩。


「いつもって、本当に大丈夫なのあれ?すごい音してたよ」

「大丈夫です。景の顔見てくださいよ」


景の表情に痛みへの反応が感じられない。

もう殴られ慣れてしまっているのだろう。


「すみません稲葉先輩、なんか邪魔しちゃって」


とか言って謝罪の意を示したのは美濃だ。

やはりあそこの二人とは違って礼儀がちゃんとしている。


「ううん、邪魔だなんてとんでもないよ。なんか面白いのが見れて得した気分、だし……」


怯えてる怯えてる。

そろそろあの二人の争いをやめさせないと。


「おい景、巴。いちゃつくのはいいけどここではやめてくれ。慣れてない先輩からしたらかなり気まずい状況だから」


そういうとさすがに申し訳なさを感じた景と巴は争いをやめて先輩に「ごめんなさい」と言った。


「えっと、賑やかな友達がいるんだね」

「最近は割と大人しめだったんですけど、再発したみたいです」


タイミングが悪いことこの上ないな本当に。


「ここで会ったのは偶然なの?」


さすがに怪しく思った先輩が俺に問いかけてきた。

まあ、ここは別に嘘をつく必要もないだろうし、正直に言うか。


「まあその、少なくともスイーツバイキングにはいたんで、ずっと尾けてたんでしょうね」


今日の先輩との待ち合わせ時間を会話の流れで教えた気がするし、尾行するのは容易だっただろう。


「本当にすみません。先輩を怖がらせてしまって」


俺が謝ると先輩は優しい笑顔で「大丈夫だよ」と言った。


「きっと友達のことが心配でしょうがなかったんだよ。だって、私と二人きりで遊びに行くんだから…………」


急激に悲しそうな表情になった先輩。

しまった。


いらない気遣いをさせてしまっている。


「いやいやそういうんじゃないんですよ稲葉先輩」


静かに切り出した景。

お、なんだ、こいつの口から人を気遣う言葉が出てくるのか?


「単純に面白そうだったんです。だって考えてみてください。友達が異性と二人で遊びに行くとか尾行もしたくなるでしょ?」


なんていうふうにおちゃらけたことを言って神妙な雰囲気を打ち破りに行く景の姿に


俺は涙が出そうになった。

こんな気遣いができるやつだとは思っていなかった。


「あ、そうなの?私、友達がいないから………、わかんなくて……。ごめんね」


全員が凍りついた。


気遣うどころか傷つけてしまった張本人である景も珍しく固まって動けない。


女性陣二人がジト目を送る。

送られた景はどうしようと考えた末。


「………すみません」


と謝った。





と、いうわけで、気を取り直すことに成功した稲葉先輩はまた天使のような笑顔である。


そして本題に戻ろう。


「で、お前が紹介してくれるデっ、遊び場はどこだ?」

「ズバリ紹介するぜ。俺がお前と先輩に紹介するおすすめするの場所をな」


『デート』を強調して言ったことに腹が立ったが何も言わずに我慢することにしよう。


ここを深掘りすると墓穴を掘る結果になりそうだ。

それに、俺の隣に立つ先輩はキラキラした目、興味津々だ。

邪魔するのは悪い。


「ズバリ、その場所はショッピングモールだ!」


景がそう言うとなぜか左右に立つ巴と美濃が拍手をしていた。

なるほどこの案は三人で考えたのか。


「ショッピングモールならお店もたくさんあってネタが尽きないし、なんならゲーセンで遊ぶこともできる。これなら夜まで時間を潰せる!」

「う〜ん」


たしかにその通りなのだが、ショッピングモールはわざと避けていたのであまり行きたくはないな。


だって、あんなところに男女ペアで行った場合、周りから見たら完全にカップルだ。


いやまあ見ず知らずの人間にどう見られようが微塵も気にならないが、あそこは知り合いに遭遇する可能性がとんでもなく高い。

やはりできれば避けたい。


「いや、でも」


と、話を切り出そうとすると。


「お〜〜〜」


稲葉先輩が目を輝かせていることに気づいた。

気づいてしまった。


まさか、稲葉先輩はショッピングモールという考えが全く浮かんでいなかったのか?


「あ、あの、先輩?もしかしてですけど、行く気ですか?」

「え、行かないの?すっごく楽しそうだよ、ショッピングモール」


やばい完全に行く気だ。


「いやでも先輩、あそこに行くのはリスクが高すぎますよ。男女二人組で行くにはかなりの勇気が必要です!」


と言うと。


「二人じゃなければ行ってくれるの?」

「はい?」





悪い予感ほどよく的中してしまうのは本当に悲しい。

まさかの稲葉先輩と二人で遊ぶという大前提をよりによって先輩に崩されるとは。


「わあ〜ここがショッピングモールなんだ。初めて来た」


目を輝かせている先輩は本当に楽しそうだ。


一方巻き添えを食らった景、巴、美濃の三人も全然楽しそうだ。


「まさかこんなに間近でデートする二人を見られるなんてな」

「景、その気持ちわかる。私も気分が上がってる」

「信くんがどうやって先輩をエスコートするのか見物……!」


お前らが同行させられてる時点でもはやデートではなくなっている。


「ねえ信くん!どこから行く!?お店が多すぎて私には決められないよ!」


興奮しっぱなしの先輩は俺の手を掴んで腕を千切る勢いでブンブン振り回す。


「えっと、そうですね。行く店ですか」


とはいえそんなことを俺に言われても困ると言うものだ。


俺だってここには詳しいわけではないし、そもそも行きたいと思う店はない。

そんな状態で行く店を決めろと言われても。


「決められないなら、こういうところならではのゲームをしませんか?」


俺が困っていると美濃が横から顔を出して提案を促してきた。


「ゲーム?」

「うん。こういうお店がたくさんあるところでやることと言えばやっぱり、プレゼント大会でしょ!」

「そんな常識は知らねえよ」


プレゼント大会って、まあ名前からやることは大体予想できるけど。


「ルールは簡単だよ。二つのチームに分かれて、みんなでプレゼントを選んで買って、交換し合うだけ」


本当に簡単ですごくわかりやすいんだけど、それが面白そうな印象を受けづらい。


「それって面白いか?」


景が俺の疑問を代弁した。


「これが意外に面白いんだって。騙されたと思ってさ、一回やってみようよ」


いまいち信用できない雰囲気の景だがそれ以上は何も言わなかった。

俺も特に口は出さないでいいか。

実際美濃の案以外にいいものは思いつかない。


「でも今回はちょっと趣向を凝らしてルールをアレンジしようと思うの」


得意気な様子から察するにかなりの自信があるらしい。

これは少しは期待していいかもしれない。


「今回の遊びの主役は信くんと稲葉先輩だから、プレゼントを交換し合うのは二人だけ。他の私を含む三人は、二人のプレゼント選びの助っ人をする。これどう?」


ふふん、と得意気に胸を張る美濃に対して稲葉先輩は勢いよく拍手を送った。


「何それ面白そう!私はそれするの賛成!」


どうやらお気に召したらしい。

俺はまだいまいち面白さが感じられないが。


「まあ、先輩が言うなら、俺もそれをするのに文句はない」

「決まりだね」


指を鳴らしながら言うななんか腹たつ。


「じゃあ組み合わせは、楽だし男女で別れよっか。私と巴は先輩のサポート。景くんは信くんのサポートね。それじゃあゲームスタート!」





「分かれたな」


二人から五人に増えた少年少女を観察していたシュウジはつぶやいた。


『そろそろ突入どきか?』


電話の向こうのラルがそう言う。


「そうだな。ここはこっちも二手に分かれた方が良さそうだな。前みたいに何かのアクシデントで邪魔されたくないしな。もう全員こっちには来てるのか?」

『全員揃ってる。指示をくれりゃ動ける』

「それじゃ指示だ。俺とコルボで男どもの足止めだ。他三人は稲葉凛を攫え」

『稲葉凛の方はお前が行かなくてもいいのか?そっちのが確実だろ』


もっともな意見にシュウジは頷くが、同時に笑みが溢れた。

この先の展開がどのようになるのか興奮が抑えられない。


確証はない。

しかし男どもの方に行けば、何か面白いことが起こる予感がする。


『ああ、なるほどな。面白そうなんだな』

「わかってるじゃねえか。稲葉凛の誘拐ぐらい俺がいなくてもできるだろ?」

『見くびるなよ。別に俺たちの組織はお前一人の実力で回ってるわけじゃないんだからな』

「じゃあそっちは任せたぞ、ラル」

『こっちこそ任せた』


そういうとラルは電話を切った。


「さてと」


もう我慢する必要はない。


あとはただ、欲望に忠実になればいい。


檻から解放され、自由になった飢えた肉食動物のように。


「ひたすら餌を貪り尽くそうか」





ピーピー。


突然なった音に反応して俺は腕時計を見る。

俺の腕時計はデジタル式なのだが、時折突然音が鳴って数字が表示される。


「お、また音か。今度の数字はいくつだ?」


もうすっかり慣れてしまった景も動揺は見せなくなった。

俺は時計を見て表示されている数字を見る。


「今回は940だな。本当になんなんだろうなこの数字は」

「お前の母さんの手作り時計なんだろ?お前も知らなかったらもうお手上げだっつの」


景はそう言うと時計からは意識を外した。


俺もそこまで気にしてはいないし、先輩に渡すプレゼントの選抜に意識を向けよう。

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