第2話 『日常と決意』

そして、そんなこんなでいつも通り授業を受け、現在昼食時間の昼休み。


コンビニで昼食として購入したのはパンだ。

弁当と少し迷ったりしたが、新商品のメロンキムチパンとか言うよくわからなすぎるパンが気になりすぎたのが決め手だった。


他にも納豆酢ココアという製作者の頭がイカれてるとしか思えないパンもあったりした。


「俺はメロンキムチだけでもだいぶ頭がイカれてると思うけどな」


納豆酢ココアパンの感想を口にすると景が横からツッコミを入れてきた。


「いや、俺は美味しいことに賭ける」

「ほぼ負けが確定してる賭けだけどね」

「味付けというイカサマをしても絶対勝てないね。むしろさらに負ける確率を増やして勝率をゼロにしかねない」


巴と美濃も景と同じ意見らしい。


「お前ら俺の冒険心を舐めるなよ。俺はこの賭けに勝ってみせる。いざとなれば大航海時代の真似をしてやるからな」


賭けに負けないようにちゃんとカレー味がする香辛料を持ってきたのだ。

大航海時代の人たちは腐った食べ物の味を誤魔化すために香辛料を用いて食したらしい。


これがどれほど効果があるのかは知らないが、まあ効果が出てくれることを信じる。


「バカだね信」

「おい巴聞き捨てならないな。勝負が始まる前から諦めたりしたら意味ない」

「「「アホ」」」


俺の精一杯の反論に対して呆れたような顔で返す三人に対して俺は一歩も退かない。


「見てろよお前ら!俺は勝つから!」

「そんなこと言って、この前のクリームオイスターソースサンドパンでは惨敗したの忘れたの?」


苦い記憶だ。


あれは先週の木曜日のこと。

一日丸ごと文化祭の準備の日として設けられたあの日、俺はクリームオイスターソースサンドパンという名前がもう怪しすぎるパンを食べた。

結果はひどいものだった。


「いやあれは勝ちだから。負けてねえから!負けじゃねえから!お前らの負けだから!」

「お前何言ってんだよ」


自分でもわかんない。

俺はあんなパンに百二十円もお金を出した事実を受け入れきれないのだ。


俺からしたら百二十円をトイレに流したようなものなのだから。


「とにかく!今回のメロンキムチは勝てるから。見てろよ」


絶対に勝つ、いや勝ちたい、お願いだから勝たせて欲しいという思いを乗せて袋を開け、中から問題のパンを取り出す。


見た目はメロンパンだが、中に色々詰まってるらしい。

色々が何かは知らん。

袋には、『中に詰まってる色々なものが美味しい!』と書いてある。

なぜ詳しい具材を教えてくれないのかは気にしないようにした。


まあこれがどれだけまずいとしても、前回のクリームオイスターソースサンドパンは超えないと確信している。


認めるがあれはゲロマズだった。

どっかのアイスのナポリタン味ばりの不味さだった。


「………………」


唾を飲み込んで恐怖を押し殺す。


いや無理だわ。

だって匂いが、無理無理無理。


「匂いがやばいんだけど」

「私なら食べない」

「お願いだ巴。吐きそうな顔でパンを見つめるのをやめろ。気持ちはわかるけれども」


よーし行くぞ。

行くからな?

後悔するなよ羽宮信!!


決心した俺は口を大きく上げてかなりの量を一度に頬張る。

それを見た他の三人はドン引きしていた。


「もぐもぐ」


よく噛んで味を確認してみる。


おお、メロンの味だ。

これはメロンの味がするクリームだな。


うんうん。

なかなかに美味しい。


これは意外といけるかもしれない。


「これ、意外といけるかも」

「「「味覚イカれてんじゃない?」」」


ひどい奴らだ。


まあ気にしないでおこう。


三人は無視して二口目を頂こうではないか。


ジョリッ。


「………………………。ん?」


今、なんか変な感じがした。


しかもジョリって、何?

これはあれだ、野菜を食べている時のような。

いやこれなんだ?


考えてみるがよくわからず、俺はパンの中の具を覗いてみると。


「おいまじか」


その中に見えたのは信じ難い光景だった。


メロン味のクリームはいい。

だが、なぜ赤い液体が纏わり付いた野菜が見える?

答えは簡単だろう。


これ、ガチのキムチやんけ。


「これは香辛料をかけても無意味どころか悪化させそうだ」


これはひどい。


クリームオイスターソースサンドパンとは違った酷さだ。


あれは味が史上最低だったがこれは味付けの仕方が史上最低だ。

クリームとガチのキムチを包んでごっちゃごちゃに混ぜた結果。


味もまずいし見た目は最悪。


「これ負けたわ」


絶対勝てない。


「負けたんだな」


苦しむ俺の表情を嘲笑う景。

ちくしょう。


「お前も食うか?」


最後の悪あがきで景を巻き込もうとするが。


「食うわけないだろ」


と即答された。

あー悲しい。


今日は百四十円をトイレに流すのか。


まじでもったいねえ。

もうこれから冒険するのやめよ。


「あ………」


昼食をとりながらスマホの画面を眺めていた美濃が何かに反応した。


ちょうど沈黙の空気ができたところだったので美濃以外の俺を含めた三人全員が反応した。


「何か気になるものでも見つけたの?」


気になっている巴が横から美濃のスマホを覗き込む。


すると巴も何かに反応した。


「へえ、『ブラックマーケット』が広めた薬が流行ってるらしいね。怖いなあ薬物」


なんだ、また『ブラックマーケット』のニュースか。

正直あの組織のニュースは多すぎて情報が出てもあまり興味をそそられなくなってきた。


「売り手が『ブラックマーケット』ってバレてるところが、『ブラックマーケット』らしいな」

「ま、バレたところで困ることはないわけだしな」


それもそうか。


「さすがは強力な組織だよな。まさに少数精鋭だ」


わかっている範囲では『ブラックマーケット』は総勢五人という少数精鋭。


しかし肝心の商売には雇った使い捨てのチンピラを利用しているらしい。


バイトとして雇って商売させ、手に入れた利益の一部を報酬としているようだ。


ちなみにこの情報は警察が公表した情報だ。

薬を売りつけられそうになった場合の注意喚起として公表したのだ。


今では売買されている薬の売り手はほとんどが『ブラックマーケット』のものと言われるほどに、『ブラックマーケット』は活動が活発だ。


「こういうのには気をつけたいね。本当に」


美濃がスマホの画面を消して机に置きながらそう言った。


「十分気をつけてるだろ。『自警団ごっこ』はただの趣味でやってることだけど、当然危険も伴うからな。お前らもルールは忘れてないだろ?」

「「「裏組織には関わらない!」」」

「うん。薬の売買現場に首を突っ込むなんて絶対ダメ。俺たちが関わるのは、あくまでひったくりとか、そういうレベルだからな」


そう、俺たちは趣味で自警団ごっこをしている。


二次元の世界に当たり前にある裏社会。


そんな世界に憧れた俺たちだが、実際にその世界に入るのは危険が大きすぎるしやはり怖い。

俺たちは、仮想と現実の区別はつけているのだ。


だから裏社会に首を突っ込もうとはしない。


『ブラックマーケット』のような犯罪に手を染めるような真似はしないし、そんな危険な組織を相手に戦うなんてこともしない。

いくら特殊能力が当たり前になっている現代社会だとしても俺たちはただの高校一年生。


子供が首を突っ込んでいい世界ではない。

大人でもダメだが。


「じゃあこの話の流れで聞くけど、お前ら今日は一緒に行けるよな」





実は、前々から俺以外にも趣味で自警団ごっこをしている奴がいることは知っていた。

しかしそれが、たまたま文化祭がきっかけで仲良くなった三人だとは誰も思わない。


俺たちは互いの秘密を知り、それを共有して、一緒に趣味を楽しむ選択をした。


俺たちは集団で自警団ごっこをはじめ、早々に名前をつけた。

二次元に憧れる俺たちが集団で動くのに名前をつけないはずがない。


俺たちが自分たちの集団を指す名前として決めたのは、『二次元サークル』だ。


別にこの名前に意味はない。

ただ二次元が好きっていうだけで、適当に言葉を並べて繋げただけ。


センスのかけらもない幼稚な名前だが、それでも俺たちとしては嬉しいことだ。

たかがごっこ遊びではあるが、チームができたことに喜びを感じずにはいられない。


早速俺たちは活動を開始することにした。

顔はバレないように覆面を被り、学校が特定されないように私服に着替える。

もちろん、指紋を残さないための手袋も忘れずに。

歩道とかされる可能性もあるが、街中をパトロールしているのは『能力機動隊』ではないし、容易に逃げられる。


活動を開始するために、俺たち四人は人が通らない路地裏で着替えていた。


「今日はどれくらい活動するの?」


巴が手作りの覆面を被り、物陰で服を着替えながら声を上げた。


確かに時間に関しては細かいことを決めてはいなかったな。


「七時あたりまででいいんじゃないか?あんまり夜遅くまで外にいるのはな。明日も学校だし」


妥当だろう。

七時なら部活動生が寮に帰るくらいの時間だし。


「それくらいがちょうどいいかもね」

「私も異議なーし」


と、巴と美濃が同意を示した。


景も特に異議はないらしいのでこれで決定でいいだろう。


よし、動きやすい靴に履き替えた俺は調子を確認する。


おお、いい。

やはり革靴とは大違いだ。

動きやすい。


服はかなり適当に選んだので動きやすさは少し欠けるかもしれないがあまり問題はないだろう。


「よし」


最後の仕上げに、覆面を被り、準備完了だ。


あとは出発するだけなので他の三人の様子を確認する。


景は準備が終わっていたようで、座ってスマホをいじっている。


女性陣はまだかかっていたようだが、すぐに物陰から出てきた。


「みんな準備いいか?」


そう聞くと、三人は静かに頷いた。

が、その雰囲気からはワクワク感を感じる。


「よし、じゃあ行くか。ごっこ遊びへ出発だ!」


掛け声と同時に、俺たちは上空へを飛び上がる。


まずは建物の屋根の上に行く。

俺たちは小さな柵や換気口を足場にしてズンズン屋根の上へと駆け上がっていく。


一番楽で素早いのはやはり景だ。


景の能力は怪力。

文字通りとんでもないパワーを発揮できるゴリラだ。


景は怪力を利用して壁に足をめり込ませて引っ掛けながら壁を登っている。


対して、俺や巴と美濃にはそんな芸当はできないので、足場に気を遣いながら素早く慎重に壁を登るのだ。


一番着はやはり景だった。


それに俺と巴と美濃が続くような形になる。


俺たちは屋根の上を駆け抜け、端っこに至ったところで隣の建物の屋根へと飛び移る。

この街は高い建物が多いので街を一望できる。


屋根を駆け抜けながら見る景色はやはりいい。

俺たちは大声を出しながら走り、屋根から屋根へと飛び移っていく。

途中今いる屋根よりも高い位置に屋根がある建物に直面した。


この場合は同じように登る。


さらに高い位置に移動した俺たちは強い風を感じた。

風の気持ちよさを噛み締めながらまた走る。


「お……」


次の屋根は少し距離が離れてるな。

おそらく景は届くが、景以外は普通に飛び移ろうとしても届かないだろう。


とか考えていると、景が巴と美濃を抱えて飛び移る準備を始めた。


まあ俺には必要ないけど心配の声をかけるくらいはしないのか。

景は能力を使って人間離れした跳躍を成し、次の屋根へ巴と美濃を送り届けた。


取り残された俺は迷わず跳んで次の屋根へ飛び移ろうとする。


しかしやはり距離が離れている。


普通に跳ぶのでは届かない。


しかし二段ジャンプができたのなら話は別だ。


俺は空中で素早く能力を発動した。


それは分身。

俺は一度に一体だけ、自分の分身を出現させることができる。


俺の足元に出現した分身を足場に二段ジャンプを可能にし、俺は次の屋根へとなんなく跳び移った。


俺の分身は景ほどではないが力が強い。

だから分身にオリジナルを投げてもらうという選択もあったが、二段ジャンプの方が楽しいからしなかった。


「ねえあそこ!」


続けて屋根の上を走っていると巴が屋根の斜め下を指差して叫んだ。

その指がさす先に目を向けると、そこには人ごみをかき分けながら走る男性がいた。


「あの人、今女の人のバッグ盗んでた!」


ひったくりか。

今どき本当にいるんだひったくり。


「行くか?」


景がどうするか俺に判断を委ねた。

委ねられた俺の判断はもちろんこうだ。


「行くに決まってんだろ」

「了解」


返事をした景は迷わず屋根の上から飛び降りた。

ここからでは俺たちが出る隙はないし、必要もないだろう。


怪力を利用し高い位置からの落下もそつなくこなす。

ひったくりの目の前に着地した景は素早くバッグを掴む。


それに抵抗しようとしたひったくりが反撃として拳を振るうがそれよりも早く景の頭突きが炸裂。


ひったくりは顔面に直撃を受け、鼻血を出しながら気絶してしまった。


するとその場にひったくりとバッグを残して景は素早くその場を離れた。


壁を登り、俺たちの元に戻ってきた景は覆面をとって俺たちにドヤ顔を向けてきた。


「俺ヒーロー」

「ま、例によって例の如く、周りの人は困惑しながらお前を変人を見る目で見てたけどな」

「覆面を被った何者かがひったくりに暴力振るって逃げたらそりゃあ怖いだろうよ」


もっともな意見である。

しかし俺たちにとって覆面は欠かせない必需品だ。


「しょうがねえだろ?こんなことしてるのが学校にバレたら、どんな面倒くさいことになるかわかったもんじゃねえんだから」


俺たちは決して悪いことをしているわけではないが、こんなことをしているのがバレたら学校側はいい顔はしないだろう。


なんなら何かしらの処罰が待っているかもしれない。


「感謝してくれる人もいるから、あんまり気にならないところもあるけどね」


美濃の言う通りだと思う。


怖がる人もいるが、あれで助かったと笑顔になってくれる人がいることがとても嬉しい。


「よし、この調子でどんどん行くか」


その後もいくつかの小さな事件を解決していった。


ひったくりをはじめとし、迷子の子供のお家探しを手伝ったり、交通事故に遭いそうになった子供を救ったり、襲われている女の人を救ったり。

とにかく手当たり次第に見つけた小さな事件に首を突っ込んだ。


それから、屋根から屋根へ跳び移るのは何回やっても飽きない。


分身の操作の練習にもなっているから一石二鳥。

最高だ。





そんなこんなで時間は六時半。

あと三十分の間はビルの屋上で過ごすことになった。


俺たちはコンビニで買い物をした後にビルの屋上に登り、お菓子を食べたりジュースを飲んだりしながら談笑していた。


「信は随分と分身の扱いに慣れてきてるな」


俺の大好物であるコーラを飲んでいると景が話をふってきた。


「そうだな。最近はあんまり意識しなくても分身を連携が取れるようになってきたしな」


最初の頃はひどかった。

なんなら俺の命令がなければ立ち上がることすらできない程に使い物にならなかった。


しかし今では命令がなくても立ってくれるし、命令を口にしなくても動いてくれるようになった。

俺と分身の間での思考の共有がうまく行くようになってきた証拠だ。


「分身がいると、生活とか楽になりそうだな」

「それ俺も考えたことある」


分身がいれば俺が動かなくても家事をおこなうことができる。


さすがに学校生活を代行させるほど分身の維持時間が長くないのでそこは自分でし開ければならないが、家事は別だ。

全ては無理でも、一部だけ代行してくれるならかなり生活が楽になる。


しかし、俺はそんなことを分身にさせたりはしない。


「でもそれやるといよいよダメになる気がしてさ。必要な時以外は普段分身は出さないようにしてるんだよ」


それに、俺は家事は割と好きな方だ。

家事がないと生活が物足りなく感じてしまう。


「うわ、今どきそういう人いるんだね」


美濃が心底驚きというような顔でそう言った。


「美濃は家事嫌いなのか?」

「嫌いじゃないけど、好きではないかな。もし私が分身とか使えたら、家事全部任せるかも」


うわ、分身に家事を全て任せてくつろぐ美濃の姿が目に浮かぶようだ。


「ちょっと、失礼なこと考えてない?」


本当にこいつは俺の表情を読むのが上手いな。


「どうせあれでしょ?美濃ちゃんがぐうたらな生活を送ってるところでも想像してたんでしょ」


巴もお見通しかよ。


「ちなみに俺もお前の表情読んだぞ」


景も得意げな顔だ。

全員に読まれたのはちょっと悔しいな。


これからは無表情キャラで売っていこうかな。

なんて少しだけ考えたが、その少しの間で無理だと確信した。

心の中で一瞬被った無表情のお面を外してゴミ箱に捨てた。

俺には合わない。


「あ、もう七時だ」


スマホをいじっていた美濃が時間を伝えてくれた。


「もうそんな時間か?短く感じるな」


学校の二時間授業の方が長く感じる。

楽しい時間ほど早く過ぎてしまうように感じるのは本当に残念だ。


「そろそろ帰らないとな」


ゴミをレジ袋に詰め込みながら景が言った。


俺も自分が買ったお菓子とジュースのゴミを袋の中に入れて口を縛った。


「明日も学校だし、各々部屋に戻るか」

「そうだね。家事もあるし」


ゴミを片付けた俺たちは屋根から跳び降りる。

今日の自警団ごっこも楽しかった。


団体で動いたのは初めてのことだったが、そこそこ活動が上手くいった。

気が会う友達がいるというのは心の安らぎにもなる。


「そういえば、明日はなんかあったっけ?」


俺は明日の学校のことが気になり三人に聞いてみる。


「いや、何もなかったと思うよ」


景に抱えられている巴が答えてくれた。

となれば、明日もいつも通りの面倒臭い一日か。

だるいこっちゃ。





六月十四日 水曜日

その日、『能力機動隊』の第三部隊は、自分たちが担当していた件の引き継ぎ作業を行なっていた。


先日失敗した『ブラックマーケット』の逮捕作戦。


作戦も全て無意味になり、『ブラックマーケット』のメンバーを誰一人として逮捕できなかったばかりか、隊長が大怪我を負い意識不明の重体。


ここまでの惨敗を喫した彼ら第三部隊には、ついに『ブラックマーケット』の捜査を第一部隊に引き継ぐように命令が下された。


「本当にすみません。俺たちが不甲斐ないばかりに」


部下の一人が副隊長に対して頭を下げた。

それを見た副隊長は顔色ひとつ変えずに引き継ぎ作業を続けながら言葉を返す。


「別にお前らのせいじゃない。『ブラックマーケット』は強大。二年前から全員がわかってたことだ」

「でも俺たちがもっと上手く立ち回れていれば、隊長が負傷することなんかなかったかもしれません。今頃メンバーのうちの一人や二人捕まえて、捜査が進んでいたかもしれない!」


どこまでも自分を責め続ける部下の姿を見てさすがに作業を止めた副隊長は部下の肩に手を置いた。


「頭を上げろ」


そういうと、しばらくの間ののちに部下は頭を上げた。


「そう思う気持ちはわかる。でもいつまでもそうやって自分を卑下してたら、前には進めない」


部下の目からこぼれ落ちる涙を見て、本当に悔しがっているのだなと理解ができる。


しかし、理解はできても共感することができない。


そのことに悲しみを感じながらも、それでも部下のために何かしなければいけないという気持ちが副隊長を突き動かす。


「今回の件は第一に引き継がれるが、俺たちのやったことが無駄になるわけじゃない。隊長が積み上げてきたものも無駄にはならない」


結果的に、第三部隊が二年かけて調べ上げた情報は、第一部隊が『ブラックマーケット』を捜査するための手掛かりになる。


だから無駄にはならない。

しかしこれでは足りないのだろうなと副隊長は思う。

きっと理屈じゃないのだろう。


どれだけ正論を並べ立てても、部下の気が休まることはない。

それでも、副隊長なりの精一杯の励ましのつもりだった。


「励まして、くれてるんですか?」


副隊長は目を見開いた。

まさかこんな言い方で、自分の意図が伝わるとは微塵も思っていなかったからだ。


「ま、まあ、励ましのつもりだったけど……」


こんなことで元気は出ないだろうと思う頭を掻く。


しかし部下は涙を拭うと少し笑顔になった。


「そうですよね。俺たちがやったことは、無駄にはなりませんよね」

なんだかよくわからないが元気が出ている、ということでいいのかと予想する副隊長。


「ありがとうございます。副隊長」


頭を下げてお礼を言うと、部下は引き継ぎの作業を再開しに行った。


あんな励まし方で良かったのかと少し考え込む副隊長だが、部下のある言葉を思い出して思考が一瞬停止する。


『俺たちがもっと上手く立ち回れていれば』


「俺たちがもっと…………か」

もしも。

もしも、俺がもっと上手く立ち回れていれば。

隊長の命令に背いてでも、二人で同じ影を追っていたなら、何かが変わっていたのだろうか。


そうしていれば、この場に隊長がいて、『ブラックマーケット』の捜査を続行することができたのだろうか。


そう思うと、悔しさと共に涙が溢れてくる。


「隊長、すみません。すみません…………」


少し遅れて、部下の気持ちを理解した副隊長。


第三部隊の『ブラックマーケット』との戦いは、後悔を残して幕を閉じた。





「隊長、たった今データが届きました。上からの報告にあった『ブラックマーケット』に関する情報です」


『能力機動隊 第一部隊』


全部で第五部隊まで存在する『能力機動隊』の中でも最も有力な人材が集められ、最も多くの実績を残しているエリート部隊。


『ブラックマーケット』の強大さが警察の間で認知され、第一部隊以外では対処が不可能と判断されたことで、捜査は第一部隊に引き継がれた。


第三部隊が二年前から捜査し、蓄えた『ブラックマーケット』の情報。

それを無駄にしないために、必ず『ブラックマーケット』のメンバー全員を逮捕する、と第一部隊の人間全員が気を引き締めていた。

中でも隊長と副隊長はその気持ちが一際大きい。


「ありがとう、真辺くん。この資料のコピー、すぐに他の人にも渡して情報を頭に叩き込んで」


資料を最初に受け取ったのは『能力機動隊』第一部隊隊長、古矢蜜ふるやみつ


多くの人間をまとめ上げるリーダーシップに長けている彼女は仕事一筋な性格。


能力は瞬間移動。

最大で十メートルまで移動することができる。


「了解です」


そんな古矢のキリッとした表情で出された指示に従うのは、副隊長の真辺蓮生まなべれんせい


こちらは社畜を絵に描いたような存在と部下に言われるほどの社畜っぷりを発揮する。


念動力を使うことができるが、持ち上げられるものの重さには限りがある。


「それにしても、『ブラックマーケット』か」


独り言を呟きながら難しそうな顔をする蜜。

蓮生はすでにコピーしている自分用の資料に目を通す。


「厄介な相手ですね。第三が捕えられなかったのも無理はないでしょう」

「そうね。相手は私たちと正面からぶつかることなんてなんとも思ってない。それで逃げられるという絶対的な自信がある。舐められたものだわ」


第三の資料に目を通した蓮生は不安になった。


『ブラックマーケット』の厄介なところはとにかく勢力として大きな力を持っているところだ。


そんな組織を相手にして、自分たちは勝つことができるのか、と。


「捕まえられるでしょうか」


そう弱音を吐き出すと、蓮生は資料の紙で軽く頭を叩かれた。


「第一の副隊長ともあろう者が弱気になったらだめ。私たちはいわば最後の砦よ。私たちが捕まえないで、他の誰が捕まえるの?」


副隊長はその言葉に気持ちを入れ替えられる。

第一部隊である自分たちが『ブラックマーケット』を捕らえることができなければ、それはいよいよ脅威になる。


これ以上、闇商売による犠牲者を増やしてはならないのだ。


「そうですね。絶対に捕まえましょう。古矢隊長」


ついさっきまでとは違った気合の入り用を見た蜜は笑顔で頷いた。


「それじゃあ、捜査を開始するよ」

「はい!」

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