第1話 『文化祭明けの登校』

六月十三日 火曜日


うるさいアラームが俺を襲った。

その音が、俺を完全に夢の世界から現実の世界へと引き戻した。


天井を見上げ、窓から差し込む陽の光を見て頭が冴えてきた。


「ああ、そういや今日は火曜日か」


先週は金曜日と土曜日にかけて学校で文化祭が行われた。

ということで月曜日が振替休日になり、今週の学校は火曜日からの開始となったのだった。


大きなイベント明けの普通の登校というのはとんでもなく嫌なものだ。


文化祭はめちゃくちゃ楽しかった。

あんなに堂々と先生をネタにできるイベントは他に存在しない。

他の奴らも笑っていたし。


土曜日のバザーはもっと最高だった。

やはり個人的にはたい焼がよかった。


「はあ」


と、文化祭のことを振り返っていると不意にため息が溢れた。

あの楽しかった記憶を想起させるほど今日からの授業が嫌になる。


気が重いな。

行きたくないな。


いっそサボろうかとも思うが、さすがにそれはダメだと自制をかけてベッドから立ち上がる。


背伸びをしてまだ少し寝ぼけた頭を覚まさせ。


「今日からも頑張るか」


気合を入れたら朝ごはんの準備だ。

キッチンに移動して冷凍庫の中からキッチンペーパーで包んで冷凍しておいた米を出し、電子レンジで解凍。

今度は冷蔵庫の中から納豆を取り出して、この二つを持って食卓につく。


これが毎朝の食事メニューだ。


最初は食パンを焼いて食べたりしていたが、中々喉を通らず食べるのに時間がかかるという問題を発見してからパンはやめた。


そして色々考えた結果、手軽でそこそこ栄養が取れそうなお米と納豆ということで決着がついた。

これだけなら五分で完食することが可能。

それに納豆は俺の大好物なので一石二鳥である。


食事を終えたら素早く制服に着替える。


まだ時間に余裕がありすぎるくらいだが、俺は登校の途中で昼食用の食料をコンビニで調達していくのでその時間を考慮すればちょうどいい時間だ。


夏服の制服に身を包み、高校入学前に母さんがプレゼントしてくれた腕時計をつけて、荷物確認のためにリュックの中を覗き込む。

筆箱にクリアファイル、それから。


「あれ?」


肝心なあれがない。

あれがないと放課後のいつもの楽しみを堪能できなくなる。


「どこにやったっけ?」


一番怪しい寝室を調査するがない。


ベッドの中かと思って毛布をどかしたがそれでもなかった。


「もしかして」


と思い風呂場を調査。

そして。


「やっぱりあった」


思った通りである。


昨日洗濯をしようと思ったが結局せずにそのまま風呂場に置きっぱなしにしてしまっていた。


そうして、俺は目と口の部分に穴が開けられた真っ黒の覆面と私服をリュックの中に押し込み、チャックを閉じた。


「準備オッケーだし、行くか」


今の時間に出ればのんびり買い物をしてもギリギリ朝のホームルームに間に合うか。


俺は部屋の電気を消し、きっちりと戸締りをしてから部屋を出て行った。


「お前出てくんの遅くない?」


部屋を出ると景が待ち構えていた。


彼の名前は有田景ありたけい


俺と同じクラスの男子で、多分一番仲がいい友達だ。

と言っても先週の文化祭準備の日に仲良くなったばっかだが。


こうして誰かに部屋の前で待たれるというのは初めての出来事で少し戸惑っている。


「そういうお前はなんでここにいるんだよ」

「何となくな。たまたまそういう気分になったから」


どうやら他の女子二名はいないらしい。

さすがに女子寮に行くのは気が引けたか。


俺が通う楠木高校は全寮制だ。

男子寮と女子寮で完全に分断されており、プライベートで用がある時は女子寮に足を踏み入れるか寮の外で待ち合わせるかのどちらかしかない。


しかしまあ、女子寮に足を踏み入れるなんて気軽にできることではないし。


「じゃあたまたまそういう気分になったって設定で女子寮に迎えに行くか?」


試しに俺の方から提案してみると、今度は俺が変な目で見られた。

「冗談はよせや」


いや本当に悪い冗談である。


女子寮に入るのは禁止されているわけではないがダンス部みたいな男子禁制感


があってすごく入りづらい。

前に巴が学校に忘れたものを届けなければならない状況に陥った時、巴は面白がって部屋まで持ってきてなんてふざけたことを言いやがった。

まあ普通に女子寮入ったんだけど。


たまたますれ違った女子三人組に変な目で見られた。


いいじゃん別に。

禁止ってわけじゃないじゃんか。


まあそんな過去の話はどうでもいい。


俺と景は二人で寮から出て外で待つことにした。


今日は雲一つない晴れの日、いわゆる快晴である。

気持ちがいいが、だんだんと夏に近づいていると感じさせる暑さがある。

これが七月後半あたりになると我慢できない猛暑になるんだろう。


「信、ちゃんとあれ持ってきてるよな?」


あれ、というのはあれのことだろうな。


「ちゃんと持ってきたよ」

「それはよかった。頼むから忘れないでくれよ?急ピッチで作るのもタダじゃないんだからな」


何も言い返せない。

俺は過去に、というか一昨日の話なんだけれども、俺が覆面を忘れたことによりいつもの遊びに参加することができなくなってしまった。


そこで俺は急いで新しい覆面を作ったのだ。


結局部屋に忘れたはずの覆面がどこに消えたのかわかっていない。


「あの覆面、中学の頃から使ってたから思い入れあったんだけどな」


まさか壊れるとかではなく普通に紛失するとは思わなかった。


「まあ、そこはお前の管理不足だろ。と、来たぞ」


俺はその言葉に反応して顔を上げた。


そこにはこちらに向かって歩いてくる女子二人がいた。


藍葉美濃あいばみの秋巴あきともえだ。

二人とも同じクラスで俺の友達だ。


「おはよ、二人とも」

「おはようございます」


かなり気楽な調子で挨拶をしてくる美濃に相反して背が低い巴は他人行儀に挨拶をしてくる。


しかし別に動揺したりはしない。


巴はいつもこうなのだ。

巴は背が低いのが特徴のおっとり系女子で周りからはかなり可愛がられている。


俺も見た目や仕草などが可愛い方だと思うが、俺からしたらこの女は怖い。


ちょっとサイコパス気質があり、いつもの爽やかで可愛らしい笑顔を向けられると、その表情のまま顔面をぶん殴られそうな気がする。


「ちょっと一歩退いて会話するのやめてよ」


あはは、なんて笑いながら近づいてくる。

怖い怖い。


「またサイコパスとか思ってるんでしょ」


美濃は的確な観察で俺の考えを読み取った。

美濃は元ヤン、と噂されている由緒正しいお家柄のお嬢様である。


しかし家での生活によってストレスが溜まりまくり、かなりブチギレやすい性格に育った。


中学の頃、チンピラにしつこくナンパされていた巴を助ける際にキレすぎてチンピラ全員をフルボッコにしたことがあるらしい。

それがきっかけでヤンキー界で有名になり、今でも数々のチンピラを返り討ちにしている。


「思ってるに決まってるだろ。巴結構腹黒だし」

「うわひど〜い」


だからそのニコニコ顔怖いって。


「おい、のんびり話してないで移動しようぜ。まだ余裕はあるけど、このままじゃホームルームに遅刻だぞ」


そう言われ、俺は腕時計で時間を確認する。

時刻は七時半。


ホームルームは八時半からだから、あと一時間以内に投稿しないといけない。

とはいえ途中でコンビニに行くので、それほど時間はない。


「確かにこれ以上のんびりしてるとちょいギリだな。そんじゃ行くか」


俺たちは学校への登校を開始させた。





「そういえば、今朝はニュース見た?」


美濃がスマホをいじり、ネットニュースの画面を見せてきた。

ニュースの内容は『ブラックマーケット』に関するものだった。


ブラックマーケットは昔から有名な裏社会に存在する闇商売を生業とする組織だ。

売っているものはさまざまで、薬物や人身売買なども請け負う凶悪犯罪集団。


そんな彼らは何度も見つかっているのにも関わらず、本格的に操作が開始された二年前から一度も、誰一人として捕まっていない。


そんな事態に世間は騒いだ。


特殊能力が当たり前となったこの社会の治安をとりまとめている警察の中に存在する、能力犯罪を取り締まる組織、『能力機動隊』、通称『能機隊』。


今朝のネットニュースでは、『能機隊』に対して責任を問われている現状、『能機隊』としては失敗できないにも関わらずまた失敗したということが書かれていた。


「『ブラックマーケット』は捕まらずか」

「仕方ないよ。彼らは何度居場所を見つけられても堂々と逃走して見せてる。簡単には捕まらないわ」


美濃が目を輝かせながら分析している横で、巴は首を縦に振って同意していた。


「裏社会の組織ってやっぱりすごいわね。本当にアニメや漫画の世界みたい」

「ラノベもあるけどな」


景が別にいらない修正を加えてきた。


「『二次元サークル』としては注目しちゃうよな」

「「「それなー」」」


俺の発言に他の三人が同意を示してきた。


「『ブラックマーケット』以外には?『カラーズ』とか」


個人的に気になることを聞いてみると美濃は再びスマホを操作してニュースを調べ始めた。


「うーん、『ブラックマーケット』以外には情報ないね」

「やっぱそうだよな」


『ブラックマーケット』程堂々と行動して拠点の居場所がバレることに抵抗を感じない組織はないしな。


「『カラーズ』って色がテーマの組織だよね。割と何でも屋みたいな感じだった気がするけど」


巴が記憶から『カラーズ』の情報を絞り出していくが、あまり情報量は多くないらしい。


「『カラーズ』は色の種類を幹部の座にしてる大きな勢力を持つ組織だな。て言っても、情報はそれくらいだけど」


俺が解説をすると、景ががっかりしたような表情で肩を落とした。


「裏組織オタクのお前でもその程度しか知らないのか」

「なんだよ裏組織オタクって。そんなジャンル初めて聞いたよ。てか、そういうのが好きなのはお前らも同じだろうが」


俺たち四人は全員いわゆるオタクである。

漫画やアニメ、ライトノベルが大好きで、なんならそれがきっかけで仲良くなったまである。


巴や美濃とは中学の頃から知り合いなので元々ちょいちょい話していた。

景と仲良くなったのは先週実施された高校生になって初めての文化祭の時だ。


そこで雑談に花を咲かせていた時に俺が机の中に入れていたラノベを落としたのがきっかけだった。


それから一気に会話が弾み、仲が良くなった。


「それでもやっぱり羽宮くんの方が知ってるでしょ」

巴が敵わないというような顔でそう言うが、俺でも知らないことくらいはある。


それに、『カラーズ』は少し特殊な組織なのだ。


「『カラーズ』は別だよ。世間的には謎に包まれてて、存在してるかすら本当かどうか怪しいって話だぞ?」

「隠れるのがうまいのかな?」

「さあ?」


俺でも所詮はこの程度の知識だ。


警察がどれくらいの情報を開示してるのかもわからないし。

それからちょっと考え込んでしまって沈黙の時間が流れると。


「ねえみんな、割と時間がギリなの忘れてない?」


沈黙を破って美濃が声をかけた。

そういえばと思い出した俺は腕時計をみる。


「あやっべ!急がないと!!」


時刻は七時五十分だった。


今の時間だと、少し走らないとまずい時間だ。


まったく、コンビニで買い物をしないといけないのにのんびりしすぎた。

今度からもう少し集合時間を早めるべきかもしれない。





学校に到着すると俺たちは胸を撫で下ろした。


時間は七時十三分。

思ったよりも余裕だったな。


まあこれでも全力で走ったのだが。


「危なかったな。のんびり歩いてたら遅刻だったぜ」


景が息を切らし、汗を拭きながら安心したように言う。


「さすがに遅刻は嫌だよね。みんなが席に座って先生の話を聞いてる静かな空間に乱入するのって、結構きついし」


過去にそんな経験がある巴は気分悪そうな表情だ。

おそらく疲れているのではなくトラウマを思い出したことによって気分が落ちているのだろう。


まだ高校に入学して二ヶ月ほどしか経ってないって言うのに、もうそんな経験があるとは驚きだ。


そんな感じで俺たちはゆっくり歩いて校舎に向かっていると、何やら周りがざわつき始めていることに気づいた。


「なんだ?」


周りを確認すると全員同じ方向を向いているようで、俺もそちらに目を向けると、景が俺の肩に肘を置いてもたれかかってきた。


「なんだようぜえな」

「つれないこと言うなよ信。それよりお前、稲葉先輩を見るのは初めてか?」

「稲葉先輩?誰だそれ」


一体誰のことを言っているのか分からず聞き返すと、景は驚きの表情で二、三歩ほど後ろに後ずさった。

なんだと思い困惑していると美濃が俺に距離を詰めながら肩を掴んできた。


「も、もしかして羽宮、稲葉先輩の存在も知らないの!?」

「え、羽宮くん本当に言ってる?」


女性陣もこれにはドン引きの様子。

俺は困惑しながらももう一度周りのみんなが見ている方向に目を向けると、そこには女子高生がいた。


眼鏡をかけ、髪型はポニーテール。

制服からして楠木高校の生徒のようだが、やはり知らない人だ。


「あれが稲葉先輩?」

「そうだよ!!成績も優秀で運動もできる、性格はまるで天使のようだけど恋には全くの無頓着!そして何よりもあの美貌!有名になるのも無理はないよ!だって言うのに羽宮、なんで知らないの!?」


そんなこと言われても困るというものだ。


有名とはいえ学年が違うのであれば知らないのも無理はないだろうに。


「確かにめちゃくちゃ美人だな」


感想を言うと美濃がキラキラした目で同意を示してきたがとりあえず無視しておこう。


にしても、あの人身長デカいな。

見た感じ俺よりも五センチくらいは高いのではないだろうか。


周りの人は皆彼女に道をあけ、近づこうとする人は一人もいない。

ひょっとして友達いないのかな。

とか思っていると、道を開けている人混みの中から一人の男子生徒が出てきた。


「稲葉さん、おはよう。今日もいい天気だな」


うわなんだあの挨拶。


『今日もいい天気だな』とか、特に用はないけど話しかけたやつの挨拶じゃないか。


「おはよう」


稲葉先輩は話しかけてきた男子生徒に対して短く挨拶を返した。

友達かと思ったが見た感じそういうわけではないようだ。


「稲葉は相変わらず冷たいな」


ヘラヘラしながらそのまま会話が開始される。


しかしほとんど男の方が一方的に話してるだけで稲葉先輩の方はほぼ聞き手に回っている。


「誰だあの人」


あの男子生徒のことは知っているかと思い、未だに俺の肩を掴んでいる美濃に聞いてみる。


「あの人のことも知らなっ、いやそっか。稲葉先輩のことも知らなかったら当然か」


なぜか頭を抱えて呆れ出した美濃の後ろから巴が姿を現した。


身長差がありすぎて一瞬巴に気づかなかったことは言わないでおこう。


「あの男子の名前は姫乃怜ひめのれい。稲葉先輩の彼氏だよ」


姫乃怜って、なんだか女子みたいな名前だ。

ていうかあれ本当に付き合ってるのか?


稲葉先輩はずっと俯いたままで姫乃先輩の顔を見ようとしないが。


照れ隠し、ていう風にも見えない。


「行こうみんな。外は暑い」


三人にそう呼びかけて俺は校舎に向かって歩き出した。

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