ダチュラの口付け 第7話

「レンジア……いや、曇の魔女よ。俺はどうしたらいい」

「……申し訳ございません。全能力を用いておりますが……」


 貼り付けた、申し訳なさそうな表情をリンドに向ける。

 リンドは憔悴していた。婚姻間近だった弟が、突如姿を消したのだ。隣国にはきちんと訳を説明して、待ってもらっている状態。これも、いつまで待ってもらえるかわからない。


「なぜだ、タンジ……どこに、今、どこに……」


 顔を覆って声を振るわせるリンドを見つめる。

 きっと、リンドは理解できない。タンジが国を出るのを嫌がっていたことを。彼は、心の底から、王になれば幸せになれると思っている。


「……あと、三日、猶予をください」

「三日……? 三日で、タンジが見つかると言うのか?」

「いいえ。それは確約できません。しかし、……もう、見つからずに一週間を過ぎました。あと三日、この国を探して、見つからなければ。……申し訳ありませんが、私には手に負えません」

「そんな……っ、じゃあ、俺は誰に頼ればいいのだ!」

「この一週間でひと一人見つけられない魔女など、能無しにも程があります。後任の魔女探しに入られた方が、よろしいかと」

「そんなこと言わないでくれ、レンジア……きみしかいないんだ。頼む、どうか、タンジを……俺の弟を、見つけてくれ……!」


 レンジアはそっとため息をついた。

 もっともらしい理由をつけて、さっさと王室専属の契約を解くつもりだった。タンジは今、レンジアの手元にいる。それが明らかにならないうちに、王宮から消える必要がある。

 しかし、リンドは何度もそれを突っぱねる。


 きみしかいないと。

 きみだけが頼りだと。

 タンジを、見つけてくれと。


「……」


 そもそも、誰のせいでこんなにことになっていると思っているのだろうか。この王は。


「……善処は、いたします。しかし、後任の魔女探しは、された方がよろしいかと」


 リンドは返事をしなかった。

 レンジアは謁見の間を出る。廊下を歩きながら手のひらを広げると、手元に地図が浮かび上がった。

 辿るのは、タンジに渡したネックレスの魔力。紫の光が点滅する場所は、確か装飾屋だったはずだ。


「……何をしているのかしら」


 光は動かない。何かを見ているのだろうか。

 首を傾げながら拡大しようと魔力を込めたところで、背後に気配を感じた。


「こんにちは、曇の魔女」

「ああ……ローリエさん。気配を消さないでください」

「消して近づいたはずなんですけどね。気づいたじゃないですか」


 背後にゆらりと立った金髪の男、ローリエは肩をすくめた。纏っている甲冑が小さく音を立てる。


「王弟さまは見つかりましたか?」

「いえ……」

「魔女でも見つけられないとは……タンジはかくれんぼが苦手だったはずなのですけれどね」


 まあ、隠しているから見つからなくて当然なのだけれど。そうひっそり思いながら、表面上は申し訳なさそうな顔を取り繕った。


「ところで、魔女は今何を? 見たところ……何か魔法を使っていたように見えたのですが。王弟さまの場所ですか?」

「いいえ。これは家族の場所です」

「家族? 家族がいらっしゃったとは……」

「ええ。最近迎え入れたので」

「では、公私共に大変でしょう」


 ローリエが笑みを向ける。


「ですが、私生活が大変と言うのは言い訳になりませんよ」

「……わかっております」

「今は王室の一大事。ご家族を迎えられて忙しいのはよく分かりますが、王弟さまの無事はそれを上回ります」

「……ええ。ですので、王には次代の魔女を探すようにご提案をいたしました」


 その言葉に、ローリエは虚を突かれたようだった。見下すように見つめていた瞳が、大きく見開かれる。


「まさか……っタンジの捜索を打ち切る気か⁉︎」

「この一週間と少し。この国を駆けずり回るように探しました。しかし、ええ、家族を迎えたと言うこともあるでしょう。私では、見つからないのですよ」

「そんな無責任なことがあるか!」

「わかっております。無責任なことというのは、百も承知です。ですが、もう力不足なのでしょう。私も歳をとりました。昔のようには、どうしても、行かない」

「タンジは、今不幸な目にあっているかもしれないんだぞ⁉︎ それを見捨てるというのか⁉︎」


 ローリエはわなわなと震えた。レンジアは冷たい瞳でローリエを見つめる。


「そんなの、わからないですよね」

「……何?」

「幸とか不幸とか、他人が決めるものじゃないんです」


 まるで、興味がないとでもいうかのように、レンジアは踵を返す。


「王弟さまは、この一週間、あなたたちの前に現れない。……それが、全てなんじゃないですか?」

「悪人に攫われたかもしれないだろう! 帰ろうと思っても帰れないのかも……!」


 ローリエの怒号が飛ぶ。レンジアは足を止めた。


「私が護る、この国で?」


 冷たい瞳に睨まれて、彼は縮こまった。怯えるように、足が竦んでしまっている。

 何百年もこの国を護ってきたのは、他の誰でもないレンジアだ。彼女の目があるおかげで、悪人は裏から出てくることができない。それを、表の代名詞でもある王宮で、事が起こせるはずがない。起こそうと思うことすらしないはずだ。


 だって、レンジアはそうなるようにしてきた。


 だから、心外だった。自分の数百年を馬鹿にされたようで。

 震えるローリエから視線を外す。

 レンジアは、今度こそ、興味を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る