ダチュラの口付け 第6話
タンジとレンジアの二人暮らしは、早くに馴染んだ。
最初の一週間、タンジは外に出ず、様子見。レンジアは隠れ家から王宮へ通い、タンジを探すふりをする。
王宮は予想通り、てんてこ舞いだった。
レンジアは一切の痕跡を残さなかった上に、調査をしているのがタンジを連れ出した本人なのだ。この一週間で、レンジアは申し訳なさそうな表情が板についた。
一週間を少し過ぎた今日。タンジはレンジアに、外出を打診した。
レンジアは王宮での仕事で、夕方にならないと帰ってこない。その間、タンジは一人だった。正直、つまらない。この隠れ家には、たくさんの本があった。暇にはならないだろうというレンジアの予想だったが、タンジは早々に家に引き篭もるのが嫌になっていた。誤算である。
「外、ねえ……」
「長時間の外出じゃなくていい。散歩くらいでいいんだ。このままだと精神を病む」
「遊び盛りだものねえ……」
レンジアは少し考えた後、暖炉の上にあった箱に手をかけた。
「これ、ちょっと持ってみて」
「なんだこれ」
「いいから。持てばわかるわ」
レンジアの掌に乗せられた、四枚の花弁を模されたネックレス。レンジアが魔法を使うときに出現する花に、よく似ている。
タンジがそれに触れると、ピリと電流が走った。咄嗟に、手を引っ込める。
「大丈夫。怖くないわ」
レンジアに宥められ、タンジは再びネックレスに手を伸ばす。
今度こそちゃんと持った時、ピリピリとした痺れが、全身を駆け巡った。
「おいこれ大丈夫なんかよ⁉︎」
「大丈夫よ」
「何が起きてんだよ!」
「あとちょっとで終わるわ」
レンジアの言葉通り、痺れはすぐに治った。
体に特に変化はないように感じる。タンジは首を傾げた。
「うん。綺麗にできてるわ」
「何が……?」
首を動かした時、視界の端に映る髪の色が違うことに気づいた。
「顔のつくりを変えなくてもね、髪の毛の色と肌の色、瞳の色を変えると、印象はだいぶ変わるのよ」
レンジアに差し出された鏡を見る。
その中にいるタンジは、レンジアと同じ色をしていた。
薄紫の髪、新緑の瞳。肌も、元のタンジと比べるとだいぶ白い。
「一応、このネックレスも持って行きなさい。何かあったら、私が飛んでいけるわ」
「……わかった」
タンジがおとなしく、ネックレスをつける。
首元に光る花を見て、レンジアは満足そうに頷いた。
「ところで、街に出て何かしたいことがあったの?」
「……散歩だよ」
「散歩なら、庭を歩くのでもいいんじゃないかしら? 庭なら、魔法がかかってるから、外から見えないわよ」
「うるっせーな! いいだろ別に、何がしたくったって!」
「いいけど、なんでそんなに怒ってるの?」
納得のいっていないレンジアだが、タンジはそれをスルーした。
「出かける」
「早速?」
「悪いかよ」
「悪くはないけど……、私が出てからにしてくれない?」
「なんで。鍵はあるんだろ」
今度はタンジが胡乱げな顔をする。
レンジアは少し唸った後、蚊の鳴くような声をこぼした。
「いってらっしゃい、って、言って欲しいの」
「……はあ?」
「だって! 生まれてこの方ずっとひとりぼっちの家に住んでて、誰かと住んだこともなくて、」
レンジアは真っ赤な顔で言い連ねる。
「……誰かが言ってたわ。『いってらっしゃい』は魔法の言葉だって。私もね、最近、本当にそう思うの」
「……おれは、魔法なんか使えねーぞ」
「違うわ。これは、誰でも使える魔法。東の国では、言霊とも言われるらしいわね」
言霊、と反芻する。
誰でも使える、言葉の魔法。
「あなたが『いってらっしゃい』って言ってくれるとね、無事に帰ってこなきゃって思うの。絶対に帰るって、決意ができるの」
「……」
「だから、できれば、『いってらっしゃい』が欲しいの」
タンジは大きく息を吐いた。
「わーったよ。お前の後に出ればいいんだろ」
「ごめんね、ありがとう」
ふいとそっぽを向く。レンジアは照れたように笑った。
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