ダチュラの口付け 第2話

「王弟さま」

「……」

「聞いていますか、王弟さま。まだ教科書を開いてすらいませんよ」

「……うるせーな」

「教科書を開いてください」

「誰がこんなクソ分厚い鈍器を読みたがるんだよ! いらねーわ!」


 ダンッとタンジが教科書を殴る。しかし、タンジにダメージが入った。拳の側面が赤くなる。


「まあ。物に当たったらダメですよ」

「教科書じゃなくて鈍器だろこれ……!」

「魔法がかかった教科書ですよ」

「どうりで一撃でこっちが怪我するわけだよ!」


 タンジがテーブルから距離を取ると、レンジアはまたくすくすと笑う。


「……お前まさか、おれで遊んでんのか……?」

「まさか。王弟さまで遊ぶなんて罰当たりなことしませんよ」

「どうだか。おちょくってるようにしか見えねーけどな」

「それはあなたもでしょう」


 レンジアは美しく微笑んでいる。


「王からは、王弟さまは歴史が苦手だと聞き及んでおります。でもそれ、嘘ですよね?」

「……何が言いたい」

「私は、見ていましたから」

「……」


 タンジが黙り込んだ。レンジアは微笑みを崩さない。


「町外れの図書館に、お忍びで通っていらっしゃいますね。読んでいるのはどれも、この国の歴史に関する本ばかり。司書の方も、大層感心していましたよ」

「……魔法ってのは、人のプライバシーに踏み込むためのものか?」


 タンジが非難するように鼻で笑う。

 それでも、レンジアは笑んでいた。


「いいえ。魔法は、王族を守ためのものです」


 そして、そう、はっきり告げる。

 タンジは目を見開いた。


「この国の治安は、他国に比べたらかなり良いものです。しかし、町外れともなれば、ならず者も少なからずおります。そんななか、多少の変装をしただけの王族がいたらどうなると思いますか? 優先的に格好の餌となるのは、想像しなくてもわかりますよね」

「……」


 黙り込むタンジ。レンジアは目を伏せた。


「私の使命は、王族を守ることです。だから私は、仕事をしたまでですよ」


 分厚い教科書の表紙を撫でる。その優しい仕草に、小さく心臓が鳴る。


「なんと言われても構いません。私は私の使命を遂行する。王族を守るのが、古くからの約束。使命。約定。私が守るべきものに、あなたも入っているのですよ」

「……じゃあ、この歴史の授業は? 王族を守ることには関係ねーだろ」

「ふふ、これはあなたへの特別ですよ」


 レンジアが教科書を一ページ捲った。


「歴史がお好きだということなので、歴史書には載らない出来事、載せられない事件、消し去られた過去を、まとめました」


 途端に、タンジの顔が輝く。食い入るように開かれた教科書のページを覗き込むのを見て、レンジアは頷いた。計画通り。


「ちょっとは興味が湧きました?」

「……まあ、そういうことなら、受けてやってもいい」


 不遜な態度でそう言い放つタンジに、レンジアは笑顔で頷いた。

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