準備

 自分が転生した世界はゲーム、黒の箱庭の世界だった。

 その黒の箱庭の舞台となるのがニンス王国のポタモス剣魔学園である。

 ニンス王国内における王侯貴族に、海外からの留学生、そして、市井の方から才能を見出された者が通うポタモス剣魔学園に市井から才能を見いだされた枠でゲームの主人公、リアンが入学するところからゲームの本編がは始まる。

 そんなポタモス剣魔学園へと僕はゲーム同様、リアンと同じクラスの悪役貴族として学園へと入学することが決まっている。

 まぁ、僕はニンス王国の辺境伯家の嫡男なので、学園に通うのは至極当然の話ではあるのだけどね。


「何も終わっていない」


 十五歳から十八歳まで通うことになるポタモス剣魔学園は原則寮生活である。

 そのため、入学前にしっかりと寮生活さえも行えよう準備しなければならないのだが、僕はそれを一切やっていなかった。

 

「だから、僕はお前に構っている暇はないのっ!」


 というわけで、僕には自分の隣で独占欲を爆発させているアルマに構っているような暇はまるでないのだ。


「……そんなの昨日の夜、道行く女の子をナンパして一緒にご飯を食べていたティランが悪い」


「飯を食うなら、かわいい女子のいる方が楽しいだろ」


 ちゃんとご飯を食べるに留めて居るんだぞ、昨日の僕は最後まで行かなかった。

 この段階で僕が責められるのはおかしい。


「私ならいつどこでも行くのに」


「お前と飯には散々言っているだろ。飽きる」


「あ、あまりにも、酷い……」


 えっと……まず、用意しなきゃいけないのは何だ?

 ちゃんと学園指定の制服と運動着は用意してもらったでしょ。それで、あとは……あー、もう最悪全部魔法で何とかなるか?

 服とかも作ろうと思えば魔力だけで作れる。

 何もなくとも別に……。


「ティエラ」


 用意しなきゃいけないものは何か。

 それを考えることすら面倒になり、もう雑に何も用意していなくとも何とかなるんじゃないかと思ってきた僕の肩をアルマが叩いてくる。


「何?」


「ちなみにティエラの分の用意は既に私がしているわ」


「えっ……?」

 

「春服を何着か、部屋着、下着のセット、タオル、スリッパ、お風呂道具セット、洗面用具セット。後、爪切りとか、雨具、アイマスクや耳栓も一応入れて置いたわ。ティエラなら既にアメニティとして寮で用意されているものも自前で用意しておくべきよ。良いものに使い慣れている上級貴族は寮にある設備じゃ満足できないはずよ」


「何で……?」


 何でか知らんけど、勝手に自分の用意を完ぺきに終わらせていたアルマを前に僕は困惑の声を上げる。


「助かるでしょう?」


「いや、まぁ……そうだけど」


 僕が準備してもせいぜい用意するのは下着くらいだろう。

 多分、寮の中をパンツ一丁で徘徊している。


「だからよ。私はティエラが欲すると思ったことなら何でもやるわ。やろうとすれば大体出来てしまうティエラだけど、肝心のやろうとする気をほとんど持たないのが貴方だもの。やる気の出なかった雑事を私がこなしてあげるわ」


「おー」


 そういえば、アルマはこんなやつだったな。


「うん、助かる、ありがとう」


 アルマの平常運転に納得した僕は彼女へと素直に感謝の言葉を口にする。


「えへへ……じゃ、じゃあ、他の女に手を伸ばすのは……?」


「それは無理」


「はぐっ」


 僕の一刀両断するような言葉にアルマは崩れ落ちていく。


「いやー、助かった。助かった」


 そんな彼女を横目に僕はアルマの用意した自分の寮生活用のセットを受け取って中身を確認し、その出来を見て満足げに頷く。

 うん、めっちゃ綺麗に整えられているし、自分がよく使っているものが揃えられた実に良いラインナップになっている。


「うぅ……じゃあ、さ」

 

 僕が満足げにしている中、一度は崩れ落ちたアルマがゆらりと、その身に着ていた服をすべて地面へと置き去りにしたまま立ち上がる。


「また、私を愛して……?」


 そして、自分が滞在していたホテルの部屋のベッドに腰掛けて座っていた僕のほうへとその姿のままアルマは近づいてくる。


「おっと」


 そんなアルマの体を抱き寄せる形となった僕はそのままベッドへと体を倒す。


「貴方の体にしみこんだ……別の女の影を消させて?」


 僕へと跨るような形となったアルマが自分の耳元へと口を近づけて囁き声を一つ。


「ん?最後に僕がヤッたのはお前が最後だけど?」


 それに対して、僕はムードなんてへったくれもなくただただ事実のみの返答を返す。


「アハッ……なら、もっと私を楽しんで」


 その言葉を聞いて嬉しそうに破顔させたアルマは僕へとしな垂れながら甘えるような声を上げる。


「遠慮なくそうさせてもらうよ……愛しているよ、アルマ」


「んんっ……」

 

 それを受け、僕は自分へと縋ってくるアルマをめいっぱい愛してあげるのだった……んっ。あれかも、ベッドで一緒になるときだけはムードとかも楽しさに直結すると思って、彼女に僕が甘い言葉を囁いているせいでクズムーブをされてもアルマは沼っているのかもしれない。

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