独占欲強めの負けヒロイン

 齢十歳にして、勝手に家から世界へと飛び出していった僕は十五歳となった時に自分が生まれた国、ニンス王国へと戻ってきていた。

 その五年のうち、最初の四年はとある場所で自分を磨いた。

 そして、残りの一年を僕はとある少女を助けるために費やしていた。


「何で、私がいるのに、他の女の子に手を出そうとするの?」


 そんな僕の前にいる少女。

 肩の長さで揃えられた紫の髪に血のように真っ赤に染まった瞳を持ったずいぶんと上背の大きな少女がぐいっと自分の方に顔を寄せながら、口を開く。


「いや、お前ひとりじゃ僕は満足できないから」


 それに対して、僕は言葉を吐き捨てる。


「何が不満なの?私は何だって叶えてあげるよ?家事は得意だし、当然、貴族の娘だから金もある。たった一つを除いてどんな我儘も聞いてあげるし、一生ダラダラ過ごしていたとしても甲斐甲斐しくお世話だって見てあげる。  がやりたいっていうことなら私も全力で応援するし、私の手助けが必要ならしっかりと叶えるよ?見た目もいいし、スタイルもいい。一体、何が不満なの?」


「お前、胸ないじゃん」


 何が不満なのか。

 そんなの簡単だった。胸がない。これがすべてだった。


「あるよ?」


 そんな僕の言葉に対し、少女は自分の胸についている豊かな乳房を抱えるように持って揺らし、それを全力で主張してくる。

 だが、わかっていない。こいつは何もわかっていなかった。


「違うよ。貧乳がないって言っているんだよ」


 お前にないのは貧乳だ。


「要らない?これ。なら、斬り落とすけど」


「そしたら巨乳が足らなくなるじゃん」


「はい?」


「後、お前の肌は白いな?」


「うん」


「褐色が足りない」


「日焼けしてくるわ」


「だから、駄目なんだよ。そしたら白が足りなくなるじゃないか。いい?僕はすべてが欲しいんだ」


「……」


「肌が白い人も、日焼けしている人も、黒い人も。髪が長い子に短い子。ガリガリな人も、細身な人も、むっちりも、デブも。背が高い人に低い人だってほしい。当然っ!巨乳も、貧乳も、どちらもいるし、何ならその間も欲しい」


「何人集めるのよ……」


「まだまだ足りないよ?インドアな女の子。アウトドアな女の子。年下の少女。年上の女性。ドMな子。ドSな子。露出癖のある子。ア〇ルプレイが好きな子。ま〇この代わりにち〇ちんの生えた女の子。エルフ。獣人。いや、もう普通にこの世界にいる全種族の女の子。甘やかしたい女の子。甘やかされたい女の子。頭の良い子、悪い子。運動神経の良い子、悪い子。この場で上げるにはキリがないほど。とりあえず、僕はこの世界にあるありとあらゆる女の子が欲しい」


「……本当に何人集めるの?」


「小国が出来るくらい」


「馬鹿じゃないの?」

 

 大真面目に己の構想を語る僕に対して、少女は直球の言葉をぶつけて来る。


「はぁー、自分の欲に素直とならず、うだうだと出来ない理由ばかり述べて……生きていて楽しいのかい?」


 だが、そんな少女の態度に対して、僕はため息で返す。


「なら、私がこのまま自身の欲のままに貴方を監禁してもいいかしら?」


「あぁ、その気ならいいよ?」


「……すぅ」


「ハッ」


 僕を監禁する。

 そんなことを宣う少女に対して、軽く圧をかけただけで息を飲んでそっと視線を逸らした彼女を僕は鼻で笑う。


「……にしてもねぇ」


 こんな風に色々と会話を交わす少女。

 その名をアルマと言い、ノイモートン伯爵家の一人娘である。

 この女こそが、僕が一年くらい懸けて救ってあげた女の子である。

 というのも、僕は精通するのが信じられないくらいに遅く、精通したのがつい最近という始末。

 精通もまともにしていない身で女の子をどうこうなんて出来ないと思った僕はこの五年間をただ本当に気ままな感じで生きていた。


「……」


「……何よ、い、何時かは貴方のことだって監禁してみせるわよ」


 そんな僕の気まぐれで助けてやった少女、アルマは作中に登場する負けヒロインだ。

 このアルマは実に悲惨な運命を持った少女だった。

 父が遊びで手を出した奴隷の娘から生まれたアルマは、家の中で最も不遇の立場へと追いやられていた。

 父からの興味なく、実の母は己を産んだところで亡くなり、義母は忌々しい娘だと蔑んでくる中で、ずっと誰からも愛されずに育ったアルムはその後もずっと悲惨な姿を見せることになる。

 家に居場所がないながらも藻掻きながら成長して迎えた十四歳の頃に犯罪組織から攫われ、ありとあらゆる暴行を受けた中で心を摩耗させて廃人に近いような状態へと。

 そんな状態となってようやく、偶然に近い形で救われることになったアルマはゲーム本編の舞台である学園へと入学。

 そこでアルマは主人公と出会って紆余曲折あって恋心を抱き、自分の中で殻に閉じこもっていた心を取り戻すわけだが、既に愛しの彼の隣にはメインヒロインが。

 それに嫉妬するアルマは主人公を監禁するような計画を立てる……のだが、それよりも前に起こったイベントで主人公をかばって死亡。

 最後は嫉妬心で主人公を監禁しようとした自分に罰が当たったのだと己そのものを呪いながら眠る───。


「お前、本当に哀れだよなぁ……」


「ちょっ!?いきなり何よっ!……わ、私の人生は既に貴方のでぇ……」


 ───と、まぁ、こんな感じでアルマは信じられないくらい不遇の人生を送るわけである。

 僕もゲームをプレイしながら、最初から最後まで救いのない、作中に登場するキャラの中で最も悲惨な彼女を前にして、同情を隠せなくなったわけだ。

 だからこそ、そんなアルマを助けたわけだが……。


「何で、お前が惚れたんだが……」


 別に僕はアルマを惚れさせるつもりはなかった。

 主人公を監禁しようとするほどに独占欲の強い彼女だ。ハーレムを作ろうとしている僕との相性がすこぶる悪いのは最初から分かっている。

 あまりにも可哀想なキャラだったからこそ、犯罪組織にさらわれて暴行を受ける前に助けへと入り、その上で家での立場も改善されるように立ち回っただけなのだ。

 ここに惚れてもらおうとした考えは一切ない。

 だからこそ、僕はちゃんとアルマから自分のことはバレないように動いていたのだ。


「んなっ!?あ、あれだけのことをしておいて……っ!惚れないわけじゃないっ!というか、貴方も貴方よっ!」


「あん?」


 僕は悪くない。

 僕は自分がやったことを完全に隠し通すつもりだった。バレないように動いていた。

 アルマの前に姿を現した時はしっかりと変装をしていたし、自分の暗躍は慎重に慎重を重ねた。

 そんな中で、執念で僕を探り当ててきたアルマが悪いのだ。


「釣ったくせに餌もくれないっ!それで嫌いになろうとしても、ところどころでカッコいいところを見せて、沼らせて来るっ!そんな態度、許せないわっ!」


「あっそ、勝手に言っていろ」


 どれだけ、誰から何を言われようとも、僕はハーレムを作るという自身の夢を捨てるつもりはない。

 ここだけは絶対に変わらない。


「そんなことより学園だよ、学園。そのための準備があるんだよ。これっぽちもしていないんだから、お前に構っている暇はないのっ!」

 

 というか、僕はこんなところでくだらない会話をしている暇はない。やらなきゃいけないことは大量に溜まっていた。


「何でよっ!毎日24時間構いなさいっ!おはようからおやすみまでっ!ベッドの中まで一緒に!」


「うるせぇっ!」


 独占欲を発揮する負けヒロインたるアルマへと僕は怒りの声を返し、やらなければならない作業を進めていくのだった。

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