9.
カチャン、カチャン、カチャン、カチャン!
手足を激しく動かしながら、青年たちを追いかけるマネキンの騒々しい音。彼らは振り返ることなく、2階の廊下を走り続ける。
青年は、ルミを背負ったまま走るミノルの前にいる。左手に持つ懐中電灯で前を照らしながら進んで行くと、玄関ホールが見えてきた。
「階段を降りれば、もうすぐだな」
ミノルが息を荒くしながら、正面の階段を見つめる。
青年たちが向かうのは、1階にある食堂。階段の側にあるそこに入って、窓に打ち付けられた数枚の木板をバールで剥がす。そうして全て剥がし、窓の蓋を開けて脱出する。
青年たちは、そんな未来を思い描いていた。そして、足を進める度に、それが近づいてきてのを実感し期待感が増していく。
青年を前にし、彼らは階段を降り始める。そうして踊り場に着いた時、青年は何気なく後ろを向いた。
「っ!」
青年は驚き、その場で足を止める。階上にいたマネキンが、彼らのいる踊り場に向かって飛び移ってきたのだ。
「なっ…」
ミノルが青年より少し遅れて気づく。予想外の動きに怯んでいる中、マネキンの両足が彼の隣へ着地しようとしていた。
「うおお!?」
我に返ったミノルが動揺しながらも、咄嗟に数歩下がる。その直後、彼の目の前にマネキンが降り立った。
マネキンは少しよろめきながらも、バランスを立て直した。そして、唖然とする青年たちに身体を向けるなり、開いた右手を彼らに向かって突き出した。
「おおっ!?」
ミノルが半歩引き、間一髪避けてみせる。眼前の手に恐怖を抱いていると、背中が浮く感覚に襲われる。
「あっ」
ミノルの口から情けない声が漏れる。その直後、彼は階段を背中から転げ落ち始めた。背負っているルミと共に。
ドドドドドドンッ…。
鈍くも大きな音が続いた後、ミノルたちの転落は止まった。彼らは、うつ伏せたまま、ぴくりとも動かない。
「…」
青年が唖然としながら見下ろす。すると、マネキンが手摺に手を付いて、ミノルたちを見下ろし始める。
青年をよそに、マネキンはミノルたちに夢中になっている。肩を小さく震わせながら見下ろしている様は、目の前の現実を受け入れられずにいるように見える。
「…」
--あいつらに気を取られているうちに、行くしかない。
思い立った青年は、足早に階段を降りていく。そうして降り切った彼は、倒れたままのミノルの左腰に手を伸ばす。
そこには、差したままのバールがある。青年は、それを手に取ると、ミノルたちの元を去り、食堂へと向かって行った…。
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