あなた
1.
夜空に浮かぶ満月が、山中にある洋館を照らす。
それは、だいぶ前に廃墟と化し、今では心霊スポットとなっている館。埃が積もり、至る所に蜘蛛の巣が張られ、灯りもない暗く寂れた館内だが、そこには一人の青年がいた。
青年は左手の懐中電灯で前を照らしながら、廊下を進んで行く。
「…」
黙々と歩を進めて行く。もう少し進めば、玄関ホールに出られる。淀みなく進んで行く最中、前方から別の光が突然現れた。
「…っ」
青年は立ち止まり、眩しさに顔を顰める。
「…タケル?タケルか?」
光の向こうから呼びかけてくる男の声。その男は見開いた目で青年をしばし見つめると、安心したように表情を和らげた。
「ふぅ、良かったぁ」
「…ミノル?」
「…何だよ、その反応。恐怖で俺のこと忘れちまったのか?」
ミノルの顔が怪訝な表情へと変わる。彼の反応を見た青年は、困り顔で笑みを作る。
「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ」
「あ?」
「動揺してたもんだから、パッと名前が出てこなくて…」
「…まあ、いいや。そんなことより、まずいことになったぜ」
「まずいって何が?」
青年が尋ね返すと、ミノルが背後にある玄関ドアに目を向ける。そして、眉間に皺を寄せながら答える。
「開かなくなってんだよ」
「え?」
「鍵かけられたみてぇに、びくともしねぇ。来た時は、すんなり開いたのによ。くそっ、どうなってやがる!」
ミノルが苛立たしげに歯を食いしばる。顔は怒りに染まっているように見えるも、怯えからか手は小刻みに震えている。
一方の青年は、平然とした様子でドアに近づいて行く。ドアの前で足を止め、ドアノブを掴んで捻ろうとする。しかし、ミノルの言ったように、びくともしなかった。
ミノルに対する疑いが消えた。それに対し青年は、顔を顰めながらこう呟く。
「面倒なことになったな…」
————————
※修正箇所(2024.8.22)
「健」→「タケル」
「実」→「ミノル」
登場人物の名前を漢字からカタカナ表記にしました。
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