2.

 突然現れた老人に案内されたのは、“サカイ”という名の喫茶店。彼の言った通り、麓に一つだけ建っていたんだ。自然が広がる景色の中、こんな目立つものを見逃していたなんてと、僕は少し驚いた。

 店の大きさは、有名チェーン店には及ばない。街中でたまに見かける、客はおろか店員の姿も外から見えない古い喫茶店くらいである。

 入って早々、僕はカウンター席に案内された。しかし、気分はどうにも落ち着かないでいる。

「…」

--まさか、こんなことになるとは。このおじいちゃんと何話せばいいか分かんないし。かといって、あの人と話す勇気はな…。

 僕は、後ろ斜め右にあるテーブル席をチラッと見る。その席には、新聞紙を読んでいる誰かが座っているのだ。上半身が新聞紙で隠れているが、持つ手から見て女性に違いない。

「お待たせしました。ダージリンティーです」

 老人がカウンター越しに紅茶を置いた。僕は正面に向きなおると、老人と目を合わせながら呟く。

「どうも…」

「さあ、召し上がれ」

 老人に促され、ハンドルをつまむようにして持ち上げる。そして、紅茶に数回息を吹いてから、一口含む。

「…美味い」

「それは良かった」

 ぼそっと呟いた感想に、老人は嬉しそうに笑みを浮かべる。

--久しぶりだな。こんなに美味い紅茶なんて。

「はあ…」

 紅茶の香りと美味さの余韻に浸る。

「早速ですが、お聞かせ願いますか」

「え?」

「あなたがどうしてここに来たのか、です」

「…」

 僕は何も返さず、顔を俯かせる。それを話そうとすると気分は暗くなり、躊躇いが生じるのだ。

「…ご存知ですか」

 数秒の間を置いて、僕は俯いたまま尋ねる。

「何をでしょう」

「半年前、この山で起きた自動車事故のことです」

「自動車事故…。ああ、あの事故ですか」

 老人は数秒の間を置いて思い出したようだ。

「確か、とある男女が運転する車が壁に激突したという…」

「そうです。その男女というのが、僕なんです」

 僕はそう答えると、老人の反応を窺うように顔を上げる。すると、彼は僕の想像してた通り、驚きで目を丸くしていた。

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